表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/81

花のうた

森の木々は高くそびえ、葉の間から差し込む陽光が地面に斑模様を描いている。

木々はただの深い緑に沈み、森全体を覆う霧は濃い。


「ったく。どうやって進むんだこりゃ」

レオンが剣の柄に手をかけ、目を細めて森を睨んだ。


彼の栗毛が風に揺れ、革鎧の傷跡が朝日を浴びて鈍く光る。

ドラゴンの谷での戦いの痕が、まだ生々しく残っていた。

私は古書を胸に抱き、霧の向こうを覗き込んだ。

カバンにはマリナさんからのおまけの海藻パンや、港町の市場で買った干し魚が詰まっている。


エルフの里の人たちに渡したかったのに、この霧では一歩も進めそうにない。

以前はマルクが星涙花を使って案内してくれたけどあの時のように歌は聞こえてこなかった。


森はしずかに閉ざされている。



そんな時、私の肩に乗っていたナイト——黄色いポンポン——が、ふわふわと体を揺らした。


「キュイ?」と小さな鼻を鳴らし、私の頰にそっと触れてくる。


その感触が温かく、なんだか心を落ち着かせてくれる。

レオンはそんなナイトを見て、いつもの不敵な笑みを見せた。


「ナイトがいるから心強いけどよぉ。」


レオンがナイトを指差しながら言った。

私はナイトの体を優しく撫でてみた。


ふわふわの感触が心地よく、撫でる強さによって、ナイトの体から小さな虹色の泡が出て、シュワン!と割れる音がした。

弱く撫でると柔らかい「シャラン…」、

強く押すと明るい「キュワン!」という音が響く。


泡が割れるたび、キラキラした光が飛び散り、周りの霧が少しずつ薄くなっていく。


「え…? ナイトが出す音が…道を開いてる……?」


私が驚いてもう一度試すと、ナイトは嬉しそうに体を膨らませ、虹色の泡をいくつか吐き出した。


泡が割れる音は小さな鈴だ。



レオンも興味津々に近づき、ナイトの体を軽く叩いてみた。

「へえ、乗れるだけじゃなくて楽器にもなるんだな。叩くとリズムが出るぜ」


レオンが叩くたび、ナイトから「パン! キュイ!」という音が飛び出し、泡がキラキラと舞う。


私はふと思い出した。

エルフの森の入り口は、「踊り」で開いたけど…。

ほんとうは星涙花の歌が、鍵になってたのかもしれない。



「あのリズミカルな踊りは『旋律』なんだ…!」


「ん?どういうことだ?」


「だから、私たち、エルフの里に行くときやけに面倒な踊りを覚えたじゃない?大事なのは踊りじゃなくて、星涙花のメロディーと、踊りから出るリズムだってこと。」



「…………!音で道が開いたってことか!」


霧が深い日は、演奏のようなもので道を開くのかもしれない。

また、ナイトの泡が消え、『シャラン』と音を立てる。


「レオン、これかも! ナイトの音を使って、霧を共鳴させるのよ」




私が興奮して言うと、レオンはニヤリと笑った。



「よし、じゃあ俺が剣舞でリズム取るぜ。お前はあの花の歌を鼻歌で合わせてみろ。ナイト、お前は俺の相棒だ。音出せ!」



レオンは剣を抜き、軽く構えた。


ナイトを肩に乗せ、叩くように触れて音を出す。


私はナイトの体を撫で、柔らかい音を引き出しながら、鼻歌を口ずさんだ。


マルクとレオンと楽しんだあの踊りの旋律を思い浮かべて、優しいメロディーを。


ポン

シュワン

シャラン



ナイトの体から出る音が、虹色の泡と一緒に広がる。


パン!

シュン!

きゅい

シュワン


レオンは剣を振るい、剣舞のように体を回転させ、足踏みでリズムを刻んだ。

剣の風切り音とナイトの「キュイ! パン!」が混ざり、私の鼻歌がそれを繋ぐ。


霧が旋律に合わせて渦を巻き始めた。

霧の粒子がキラキラと輝き、かすかに葉が光を灯しながら地面から浮かび上がる。


星の光が上空から降り注ぎ、天の音楽会のように森が反応していく。


道がゆっくり開き、霧が道に沿って晴れていった。


「すげえ…! 開いたぜ!」


レオンが息を弾ませ、剣を収めた。



ナイトはレオンの肩で体を揺らし、「キュワン!」と満足げに鳴く。

レオンはナイトを肩に乗せたまま、優しく撫でた。



「やるな、ナイト。おまえも相棒だ、これからは」



レオンはナイトの体を軽く叩き、絆を深めるように笑った。

ナイトはレオンの頰にふわふわと触れ、「キュイ!」と応じる。


レオンは普段の荒くれ者ぶりとは違い、優しい目でナイトを見つめていた。

あのドラゴンの谷でレオンが戦った時のような、強い信頼の絆が、二人から感じる。


私はそれを微笑ましく見ていたけど、心のどこかが微かにチクリと刺さる。

「……レオンに相棒って呼ばれてるの、なんか複雑。」



「ん?なんか言ったか?」「キュイ?」



「んーん。なんでもないわ!」


そう誤魔化していると 森の道が完全に開いたようだ。


次の瞬間、緊張したようにレオンが私を抱きよせた。

霧の残り香が漂う中、彼の温もりがしっとりと伝わってくる。


「リナはいつも俺の心を動かすよ。歌も、笑顔も…全部」



レオンの声はさりげなく、でも少し照れくさそうだった。

私は突然のことに彼の顔を見上げ固まる。


互いの視線が絡み、栗毛の髪が風に揺れる彼の目が、いつもより優しい。


心臓が早鐘のように鳴り、頰が熱くなる。

この瞬間、ただの相棒以上の何かを感じてしまった気がした。



私は照れを隠すように視線を逸らし、慌てて古書を抱きしめた。


「え、えっと…早く入りましょう! 花畑、きっと待ってるわ」


レオンはクスクス笑い、私の肩を軽く叩いて先を歩いた。

ナイトは私の肩に戻り、「キュイ?」と心配そうに鳴く。



私はナイトを撫で、「大丈夫よ」とつぶやいた。


レオンの言葉が、頭から離れない。

森の奥へ進む足取りは軽やかだったけど、私の胸は新しい感情で満ち始めていた。



森の中は、霧が晴れた後も神秘的だった。木々の葉がささやくように揺れ、遠くから微かな鈴の音が聞こえてくる。


やがて、森の奥に花畑の気配を感じ始めた。

蝶の舞うあの場所——妖精の秘密が、そこに待っている。


レオンの背中を見つめながら、私はそっと胸に手を当てた。

心を動かす、か……。

レオン、あなたも私の心を、こんなに揺らしてるのよ。


でも、私はその感情の名前をまだ知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ