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焚き火の夜と星の魔女


「はあ、疲れたな、リナ。やっと落ち着ける。」

レオンがどっかりと腰を下ろした隣で、私も伸びをしながら寛ぐ。

迷いに迷って、ようやく辿り着いた開けた場所。焚き火を囲み、私たちは束の間の休息を取っていた。

レオンは焚き火に手をかざして暖を取っている。その頬が赤らんでいるのは、焚火のせいか、それとも酔いのせいか。


「ねえ、迷った甲斐があったわ。ここは開けているのに、風が直接当たらなくていい感じ。」

しばらく寛いでいると、レオンが退屈そうに尋ねてきた。


「エリクサーって、一体何なんだ?俺の旅の目標にもなりそうだし、色々教えてくれよ。」

「エリクサーは、完全な再生薬よ。どんな状態も、完全に元に戻せるって言われているの。」


私は、薬の話ができるのが嬉しくて、つい早口になってしまう。レオンは、そんな私の話を興味深そうに聞いてくれた。


「星涙花で気力を癒し、エルフの血で生命力を補い、ゴブリンの睾丸も使うらしいわ。他にも色々必要なものがあるんだけど、完成させた人の話は誰も知らないの。」


「うわ、なんか、飲みたくないものが色々入ってるんだな。それで、どんな状態も元に戻すって、どういうことだ?」


「どんな状態も、っていうのは、傷も病気も、心の疲れも、欠損や生まれつきの不具合も、全て元の状態に戻すってこと。星のカケラから生まれた魔女である私も、完全にできれば、空にいた頃の輝きを取り戻せるらしいのよ。それが何を意味するかはわからないんだけどね。」


その情報源である魔法陣が掘り込んである古書を撫でながら話す。


「でも、材料を集めるのも大変だし、材料はまだ完全に解明されていないみたい。大体はいつも持ってるこの本に書いてあるんだけど。『これが全てではない』ってかいてあるのよ。材料を集めるだけで、何年もかかりそうなのに。」


「そんな大変なもん、なんで作ろうと思ったんだ?」


「それはね……。」

私の脳裏に、遠い日の記憶が蘇る。



遥か昔、夜空で星の欠片がキラキラと輝いていた頃、私はそこから生まれた。

星の欠片が地上に落ち、進化した姿。 


それが魔女らしい。


らしい、というのは、私自身も生まれる前のことはよく知らないからだ。


覚えているのは、私が小さな光の粒だったことだけ。

森の奥にポトリと落ち、気が付くと私は二本の足で地面に立っていた。


初めて見る植物や土に戸惑い、目を白黒させていると、空から声が聞こえた。


「きみは星の魔女だよ」と。


すると、自分が空から落ちてきたことや、魔法の知識を持っていることが分かった。

いや、知っていたことを、理解したのだ。


「星の魔女か……。なんだかよく分からないわ。」

最初はそう思った。

森を彷徨ってみたけれど、誰もいない静けさが、私を少し卑屈な気分にさせた。



「私って、一体何なんだろう……。誰もいないし、星の魔女って何なんだろう。」


そう呟きながら、木の実を摘んでみたり、川の水を飲んでみたりした。

時間はたっぷりあったし、初めて使う魔法も一通り試してみたりもした。

でも、別に楽しいわけではなく、ただ毎日を消費しているだけだった。


そんなある日、私の目の前に急に古い工房が現れた。

埃っぽい棚に、ボロボロの本が並んでいる、静かで薄暗い雰囲気が、妙に落ち着くそんな古民家のような出で立ち。

恐る恐る中に入ると頭の中で声がした。


「あげる」


 それが私を地上に渡した星たちの声だとなんとなくわかった。


「ここを、私の場所にしてもいいってことよね。」


工房の中、一番目立つテーブルにぽつんと古い本が置いてある。


本を開くと、魔法の文字が浮かび上がり、薬の作り方が頭の中に流れ込んできた。

と、同時に、薬作りが私の使命のように感じた。


「薬作り……?これ、楽しそうね。」


最初は、簡単な薬から始めた。

爆発するキノコで冷え性を改善する薬を作ったり、ゴブリンを狩ったあとの鼻毛でスースーする薬。


「スースーってこの感覚、なんだか笑えるわ。いい感じね。」

私は一人で笑っていた。

今思えば、少し不気味だったかもしれない。



工房に引きこもり、薬作りに没頭する日々。

この工房にいれば空腹も感じない。

誰も来ないのが楽だった。


面倒くさがり屋だから、外に出るのも最小限にしていた。

採集も、できるだけ一度で大量に済ませるようにしていた。おなかが空いたら、食べられる薬草がちかくに大量にあったから。


そんな中、薬作りに日ごとに夢中になっていった。


近くに村ができたことにも気付かず、気が付いたら消えていたことを知ったのは、井戸を発見して水の記憶を見た時だった。

そこで取れた水は、良い調合の材料になった。



「え?村があったの?まあ、いいか。誰も来ない方が楽だし。」


時間の流れも気にせず、実験の日々を過ごしていた。

しかしある日、毎日眺めていた工房の本の中に、突然エリクサーのページが現れたのだ。


「なにこれ……。完全な再生薬……。どんな状態も、完全に元に戻せる……。『星の欠片を完全にすることもできる』……。すごいわ!!」


それを見た瞬間、私の心は高鳴った。

材料は、この森だけでは手に入らないものばかりで、旅に出なければ作れないものだった。

重度の引きこもりの私が、外に出ることを億劫に思わないほどの衝撃だった。


「これがあれば、星の欠片を完全にできるなら、私もこの心の何処かに空いた穴から解放されるのかもしれない。」


そこから、私はエリクサーのために動き出した。

持ち歩ける薬辞典に、工房の魔法を組み込む研究を始めた。


「本に魔法を仕込むなんて、難しすぎるわ……。魔法陣が精密すぎて、無理ぃ……。でも、これがないと旅ができないし……。」


そう呟きながら、なんとか工房の道具を魔法で小さく閉じ込めた。

「長い旅になるけど……きっと、楽しいはず。」

そうして、私は旅に出た。




「って、わけ。」

「お前、本当に星から来たのか!?すげえな!」

「星の魔女なんだから、当たり前でしょ?子供でも知ってる常識よ。」

「言い伝えなんて、何が本当で作り話かわかんねぇよ。」


「ちょっと待てよ、ということは、俺も英雄ってことでいいよな?」

レオンが口の端を持ち上げ、腕と足を組んで少し得意げな表情で煽る。


「また英雄って言い出した!あははは!」

「俺は本当に英雄なんだぜ!引きこもりのリナが知らなくても、仕方がないけどな!」


「はいはい、英雄レオン様。おっかしいわアハハ!」

「おっ!今、馬鹿にしただろ!」

「引きこもりって言ったもん!」

お互いを小馬鹿にしながらも私達は満面の笑みだ。

キャイキャイと騒ぎながら、夜は更けていく。 


かつて孤独だったリナと、英雄を自称するレオン。

焚き火だけが、二人の楽しそうな会話を見守っていた。



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