谷の出口にて
レオンは数歩先に立ち、腰に差した剣の鞘を軽く叩きながら、黙々と歩いていた。
彼の背中はいつもより少し硬く、どこか遠くを見ているような気がした。
私はその沈黙に耐えきれず、軽い口調で声を掛けた。
「レオン、なんか静かね。考え事?」
彼はピタリと足を止め、剣の柄に手を置いて振り返った。
金色の瞳に一瞬、複雑な光が宿った。
「ん…まぁ、ちょっと昔のこと思い出しただけだ」
レオンはそう言うと、近くの平たい岩に腰を下ろし、剣を鞘から抜いた。
刃が朝日を浴び、キラリと鋭く光る。
彼は布を取り出し、まるで時間を刻むように、ゆっくりと丁寧に剣を磨き始めた。
私は彼の隣に腰を下ろし、膝を抱えてその動作を見つめる。
「昔はさ、剣を振ってりゃそれでいいと思ってた。自分のため、強くなるためだけに戦ってた。…でも、今はなんか、違うんだよな」
彼の声は低く、どこか遠い記憶をたどるようだった。
風が一瞬強くなり、谷の奥から運ばれてきた虹苔の微かな輝きが、私たちの足元でキラキラと瞬いた。
私は彼の言葉を噛み締め、軽く笑って応えた。
「私のためって約束したじゃない。」
彼は一瞬驚いたように私を見た。
鋭い視線が私の顔を捉え、すぐに柔らかな苦笑に変わった。
「お前、ほんと、ハハハ!自分でそういう事言うのかよ!図太いよなあ、ハハハ!」
彼は剣を膝に置き、朝日を浴びた刃をじっと見つめた。
「昔の俺はさ、ただ強ければそれでいいと思ってた。敵を倒して、名を上げて…それだけだった。でも、お前と旅して、いろんなやつらと会って…なんか、守りたいもんがお前に変わって……大事なものがさあ、どんどん増えてくんだ。」
彼の言葉は、まるで谷の風のように静かで、でも力強く私の胸に響いた。
彼の顔はなんとなく不安そうだ。
私はレオンの足元を見ながらおずおずと聞く。
「……怖いの?」
レオンは一瞬口ごもったが、すぐに小さく笑って目を細めた。
「ドラゴンとの戦い、覚えてるだろ? お前があの粉作って、虹苔投げて、命がけで動いてたの見て…すげえって思ったんだ。俺の剣だけじゃ、アイツを救えなかった。あの時、初めて思ったよ。…俺の剣は、お前と共にあるんだって」
その言葉に、私の胸が熱くなった。
「そんで、その後見た景色がたまらなく綺麗でさ。そん時だけじゃねぇ、リナと見てきた景色ぜんぶ俺の宝物なんだ。そういうのも含めて俺は守りたいって……。おこがましいだろ」
レオンハルト、鍛冶師ジェームズさんに見せて以来すごく丁寧に手入れしているその剣を取り出して見つめている。
「強く…強くなんなきゃいけねぇな。もっと、剣とかだけじゃねぇ強さがいる気がする。何すればいいか分からねえよ。こんな、、こんな宝物みてぇな旅を目の前にしたらさ、」
レオンの目は真剣で、剣を握る手には確かな決意が宿っていた。
私は少し照れながら、笑顔で答えた。
「ふふ、宝物って。ありがとう、レオン。でもさ、私たち相棒でしょ?」
「どういうことだ?」
「エリクサーを作るなんて、素晴らしい偉業を成す魔女の相棒なんだもん。世界を守れる力くらいあるに決まってるじゃん。」
レオンは一瞬目を丸くし、すぐに大きな笑みを浮かべた。
まるで子供のようにはしゃぐ笑顔が、朝日の光に映えて輝いた。
「ハハ、そりゃ心強いな! じゃ、どっちが先に目標達成するか、競争だな!」
「ふん、負けないよ! 私の調薬技術、なめないでよね!」
私たちは笑い合い、立ち上がって谷の出口へ向かった。
朝日の光が道を照らし、遠くで虹苔の輝きが微かに瞬く。
谷の出口はまるで新しい世界への門のように、広く、力強く私たちを迎え入れた。
「なぁ、お前、何でそんなにエリクサーにこだわるんだ?」
レオンが突然、軽い口調で尋ねてきた。私は少し考えて、古書を取り出す。
「んー、だって、ほらここ。『完全なる再生薬。星の輝きを取り戻す。』って一文。なんか…希望そのものみたいじゃない? 完成させたら、どんな暗闇でも照らせる気がするんだよね」
レオンは私の言葉を聞いて、珍しく真剣な顔で頷いた。
「希望、か。いいな、それ。…俺の剣も、そういうもんになれたらいいな」
彼の声には、どこか新たな決意が滲んでいた。
私はその言葉に心を動かされ、ふと立ち止まって彼を見た。
「レオン、剣だけが武器じゃないよ。ほら、ドラゴンの時だって、私の粉と虹苔が効いたでしょ? 武器ってさ、つよい心とか、仲間とか…。そういう目に見えないものだったりするんだよ。」
レオンは私の言葉に一瞬驚いたように目を見開き、すぐにふっと笑った。
「お前、ほんと…すげえこと言うな。確かに、仲間って武器は最強だ」
彼は剣を鞘に収め、大きく伸びをした。朝日の光が彼の背中に降り注ぎ、まるで彼自身が光をまとっているように見えた。
「なぁ、次にどんな試練が待っててもさ、俺とお前なら乗り越えられるよな?」
レオンの声は、まるで誓いのように力強かった。私は胸を張って、にやりと笑った。
「当たり前! 私たちの冒険、まだまだ終わらないんだからね。次は妖精の翅だよ!」
「またすげーもん集めるんだな!ワクワクしてきたぜ!」
私たちは再び歩き始めた。
谷の出口を抜けると、広大な平原が広がっていた。
遠くの山が霞み、空はどこまでも青く澄んでいた。
風が運ぶ草の香りが、私たちの行く手を優しく照らしている。
「ねぇ、レオン。もし妖精がドラゴンより強くて厄介だったらどうする?」
私がふざけた口調で尋ねると、レオンはニヤリと笑って剣の柄を叩いた。
「そん時は、俺の剣とお前の薬で、そいつをぶっ飛ばす! 簡単だろ?」
「ハハ、シンプル! 採用、その作戦!」
私たちの笑い声が平原に響き合い、朝日の光に溶けていった。
レオンの決意と私の目標が、旅に新たな力を与えてくれる。
次の試練が待つ未知の地へ、私たちの冒険は続くのだった。