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苔のスープ

谷の朝は静かだった。

ドラゴンは脅威が去り、朝日が崖の岩肌を照らす。

虹苔の残滓が微かに七色の光を反射していた。


空気は清涼で、遠くの鳥のさえずりが響き、谷全体がまるで浄化されたように穏やかだった。


私、リナとレオンは、昨夜使った勇気の粉を再調合し、戦いの疲れを癒すため、谷の片隅に小さな焚き火を囲んでいた。


「腹減ったな…何か食えるもん、あるか?」


レオンが剣を膝に置き、焚き火の炎を見つめながら呟いた。

彼の鎧にはドラゴンの血がこびりつき、髪は汗と泥で少し乱れている。

目にはまだ戦いの興奮が宿っていた。


私は背囊を漁り、旅の食料を確認した。

干し肉、硬パン、干した果物…いつも通りの質素なものばかり。港町で買った海藻パンやおいしいものは空の旅の途中で食べ尽くしていた。


だが、ふと、水晶の瓶に詰めた虹苔の欠片が目に入った。

勇気の粉を作った後も、予備で残しておいたものだ。


星のエネルギーを凝縮した虹苔は、ただの薬草じゃない。

ひらめきが頭をよぎった。



「ねえ、レオン。虹苔で…スープ、作ってみない?」

私が瓶を掲げて言うと、レオンは一瞬、目を丸くした。

「は? あのギラギラした苔? うんこから出来た苔食うなんて、変な気分だな」


彼は顔をしかめ、ドラゴンの宝石の排泄物が虹苔の起源だと思い出したらしい。

私はクスクスと笑った。


「もう、レオン! そんな言い方しないの。虹苔はエリクサーに使うくらい、星のエネルギーたっぷりで、栄養だってすごいはずよ。スープにしたら、疲れも吹き飛ぶかも!」


レオンはまだ半信半疑だったけど、腹の虫がグウと鳴り、渋々頷いた。


「まぁ、お前の料理なら…毒にはならねえだろ。やってみろよ」


私は焚き火の上に小さな鍋をかけ、星涙水を注いだ。

虹苔をそっと取り出し、指で軽くほぐす。

苔は触れると微かに脈動し、七色の光がキラキラと踊った。

鍋に苔を入れると、水面が虹色に輝き、甘い花のような香りが立ち上った。


「うわ、なんか…腹立つくらいめっちゃいい匂いじゃん」


レオンが鍋を覗き込み、驚いたように鼻をひくつかせる。

私は満足げに微笑み、背囊から干したハーブと塩を少し加えた。

木のスプーンでかき混ぜると、虹苔が溶け出し、スープはキラキラと光の乱反射をはじめ、パチパチと音を鳴らす。


「虹苔って、ただの苔じゃないのよ。勇気の粉ほどじゃないけど、飲むと体が軽くなるはず…たぶん」


私は独り言のように呟きながら、火加減を調整した。

すると、レオンがふと思いついたように口を開いた。


「なあ、リナ。あのドラゴンさ…進化?してるんだろ?でもあの化け物が変化する様子、ドラゴンって感じでもなかったし、一体何者になるんだろうな?」


彼の声には、昨夜の戦いの記憶がよみがえったような緊張感が混じっていた。私はスプーンを止めて、鍋の輝きを見ながら考え込んだ。


「うーん…私も気になってた。あの子、ただの魔獣じゃないよね。虹苔にエリクサーの星のエネルギーがあるってことは、ドラゴン自体が星と何か関係してるはずだし。」



あ、と思いつく。

人魚の魔女もいたくらいだし。もしかしたら……。


「案外、あの子もこれから星の魔女になるのかも。」 


ふむ、とレオンは顎に手を当て、焚き火の炎を見つめながら唸った。


「星から来た魔女、か…。確かに、アイツの鱗、なんか普通の金属じゃなかった。剣で斬っても刃が欠けるかと思ったくらいだ。俺はさ、ドラゴンってのはこの谷そのものの一部なんじゃないかって思うんだ。」


そうしてレオンは、谷の虹苔が生えている場所を、なぞるように指指す。


「ほら、虹苔が育つ場所って、ドラゴンがいた洞窟の周りだけじゃなく、谷全体に広がってだろ? まるで、ドラゴンが谷に力を与えてたみたいにさ」


私はその考えに目を輝かせた。


「それ、面白い考えね! ドラゴンが谷の守護者で、虹苔はその力の結晶…みたいな? じゃあ、私たちが倒したことで、谷のバランスが変わっちゃったのかな?」


レオンは苦笑いして、首を振った。


「殺したわけじゃないんだ。アイツ気持ちよさそうに寝てるぞ、見るからに大丈夫そうだ。……まだ進化?してんだろ、たぶん。」


私は笑って頷いた。


「そうかもね!虹苔からまた、 星の力を分けてもらってるんだよ。きっと」


「自分のうんこから力をもらうなんて変なやつだよな。」


「あはは!またそんなこといって。さあレオン、できたよ。」


スープが完成し、私は木の椀に注いでレオンに渡した。

彼は慎重に匂いを嗅ぎ、一口啜った。


「…お、マジか。めっちゃうまいじゃん! なんか、体がポカポカするぜ」

レオンの目が見開き、椀を一気に飲み干す。

私は自分の分を味わいながら、ほっと胸を撫で下ろした。

スープは塩味しかつけていないが、ほのかに甘く、口に含むとパチパチと弾ける。

温かいエネルギーが体に広がる。


「でしょ? 薬も味が大事なのよ。いくら効果がすごくても、まずかったら飲む気しないもの」


私が得意げに言うと、レオンは二杯目を注ぎながら笑った。


「確かに。お前、料理も薬作りも天才だな。うんこスープ、うまいぞ!」

「もう! 虹苔スープって呼んでよね!」


私たちは焚き火を囲んで笑い合い、しばらく穏やかな時間を過ごした。

虹苔スープのおかげか、体の疲れが軽くなり、心まで晴れやかになった気がした。


ドラゴンの正体はまだ謎のままだったけど、その力の一部がこのスープを通じて私たちに流れ込んでいるのかもしれない。

そんな不思議な感覚が、谷の静かな朝に溶け込んでいた。



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