暴れる虹苔
虹苔の光る瓶を手に、私たちとレオンはドラゴンの谷を出て、小さな洞穴にたどり着いた。
辺りはもう暗くなっていて洞穴の隙間から星の光が差し込む。
洞穴は苔と蔓に覆われてひんやりと静かで、調薬の拠点にはちょうど良い様子だ。
「ここにしましょう、レオン。勇気の粉作るには、いつもの準備がいるのよ。さっそく始めたいわ。」
私は水晶の瓶を掲げて、虹苔の微かな脈動を確認した。
レオンは洞穴の入り口に腰を下ろし、剣を磨きながら私を見ている。
「特別な準備ねぇ…またなんか詩人……?みたいなことすんのかよ? さっきの苔採り、すげー魔法使いって感じだったぞ!」
「ふふ、今回は地味かもだけどね。虹苔を粉にするのは、ただ潰すだけじゃダメなんだ。」
私は腰から、古びた革表紙の本を取り出した。
それは私が生まれたときから持っている、起源不明の古書だ。
ページには星図や調薬の秘術が書かれていて、触れると微かに温かい。私は本を岩の上に広げ、調薬のページを開いた。
「さてと、虹苔を勇気の粉にするには…生命エネルギーを引き出して、星の力で安定させる必要があるんだ。失敗したらもったいないし…」
私は独り言を呟きながら、作業に取りかかる。
洞穴の床に小さな石の台を据え、薬鞄から銀の臼と月光石の杵を取り出す。
虹苔を臼に移し、慎重に叩き始めた。
苔は光って、微かな鈴みたいな音——しゃん、しゃん——を響かせた。
「うーん、この脈動、マジで強いな…さすがドラゴンの力。ちょっと抑えないと、エネルギーが暴走しちゃうなあ…」
私は小さなガラス瓶から調和の水——子守唄貝の周辺の水——を数滴垂らし、苔の輝きを落ち着かせた。
次に、子守唄貝の真珠の粉末を砂粒ほど振りかけ、木の攪拌棒でゆっくり混ぜる。
苔はまるで生き物のように反応し、七色の光が渦を巻いて臼の中で踊った。
「ふふ、いい感じ。でも、ここからが難しいんだ…星の力を借りて、勇気のエッセンスを抽出しないと。」
私は洞穴の天井を見上げ、星の光がわずかに差し込む隙間を確認した。
古書の指示通り、臼をその光の下に移動させ、星の輝きが苔に当たるようにした。
光が虹苔に触れると、混合物が微かに震え、金色の粒子が浮かび上がった。
「くっ…このエネルギー、マジで暴れん坊ね! 落ち着け、虹苔! ちゃんと粉になってもらわないと!」
私は苔に話しかけるように独り言を言いながら、攪拌を続けた。
星の光が混合物を照らし続ける中、苔は徐々に金色の粉末へと変化していっている。
洞穴に甘く清らかな香りが広がり、星光に照らされた粉がキラキラと輝いた。
やがて、臼の中には小さな瓶いっぱいの金色の粉が残った。
勇気の粉だ。
私は瓶に粉を移し、蓋を閉めてほっと息をついた。
粉は微かに光って、触れると心臓の鼓動みたいな温かさがあった。
「うん!完璧ね」
私は思わず自画自賛し、瓶を手に洞穴の入り口へ駆け寄った。
「レオン! 見て! 勇気の粉よ!」
私が瓶を振ると、レオンが剣を置いて近づいてきて、目を輝かせて覗き込んだ。
「おお、 あのギラギラ苔。こんなきれいな粉になっちまうんだな。すげえな、リナは。」
「でしょ? これで、どんな恐怖も吹き飛ばせるんだ。…ま、レオンにはいらないかもだけど?」
私が冗談めかして言うと、彼はニヤリと笑った。
「ハハ、もう言わねえぞ。俺に二言はねぇんだ」
その言葉に、私はまた頬が熱くなるのを感じた。
その熱を冷ますように洞穴の外に広がる星空を見上げる。
勇気の粉がドクドクとかすかに鼓動を打ち、私の心臓が共鳴してるようだった。




