空の旅
ポンポンたちの背に揺られながら、私たちは青い空を進んでいた。
雲の隙間をすり抜け、風が私の髪を軽く揺らした。眼下には、港町がまるで絵画のように小さく遠ざかり、緑の丘や点在する村々が広がっている。
ポンポンたちの体はふわふわと柔らかく、まるで夢の中に浮かんでいるような心地だった。
「なあ、これ、ほんとに大丈夫なのか?」
レオンが少し不安そうに、目の前の黄色いポンポンの背中を軽く叩きながら言った。
「落ちたりしないよな?」
「大丈夫よ。ポンポンたちは私たちをしっかり運んでくれるわ。ほら、こんなに楽しそうなんだから!」
私が笑いながら答えると、私を乗せた黄色いポンポンが「キュイ!」と小さく鳴き、まるで同意するように体を軽く揺らした。
レオンはまだ半信半疑な顔をしていたけれど、広がる景色に目を奪われ、だんだんとリラックスしていくのが見て取れた。本当に素直!
しばらく飛んでいると、遠くに連なる山脈の輪郭がぼんやりと見えてきた。
鋭く切り立った峰々と、その間を縫うように流れる霧の奥深く、ドラゴンの谷はあるはずだ。
虹苔を手に入れるためには、険しい道のりを進まなければならないはずだった。
ポンポンたちのおかげで、少なくともここまでは楽にたどり着けている。
「ねえ、レオン。虹苔のこと、ちゃんと説明してなかったわよね」
私がふと思い出したように言うと、レオンはポンポンの背に寝そべりながら答えた。
「そうだな。さっき言ってた『勇気の粉』ってなんだ? またなんか変な効能か?」
「ふふ、変だなんて失礼ね。虹苔はね、ドラゴンの谷の特定の岩場にしか生えない七色に輝く苔なのよ。それを乾燥させて粉にすると、飲んだ人に一時的に恐れを知らない心を授けてくれるの。勇気の粉って呼ばれてるけど、実際は心の枷を外してくれる、みたいな感じかしら。」
「へえ…それって、ドラゴンに立ち向かう時とかに使うのか?」
レオンの声に、ちょっとした好奇心が混じっていた。
「そうね。ドラゴンの谷には、いろんな危険が潜んでるから。ドラゴンは縄張り意識も強いのよ。足場だって良くないわ。」
私はこの先の旅路を考えてブルっと身を震わせる。
「そこで、勇気の粉があればどんな恐怖にも動じず、冷静に進めるってわけ。まぁ、私にはそんなのなくても大丈夫だけど?」
本当はそんな事思ってはない。
が、私は自分を鼓舞するために少し得意げに笑ってみせた。
「ほほう、強気だな。じゃあ、俺がビビったらその粉を分けてくれよ」
レオンも笑いながら、軽口を叩いてくる。
ポンポンたちの背中でのんびりとした会話。
この軽口が私達の旅の醍醐味になってきているのを感じた。
そうこうしているうちに、ポンポンたちが少し高度を下げ始めた。
山脈の入り口に近づき、眼下には深い緑の森とごつごつした岩場が広がっている。
遠く、谷の奥からは低い唸り声のような音が聞こえてきた。
それはドラゴンの咆哮だろうか、それとも風が岩の隙間を抜ける音だろうか。
「…なんか、急に空気が重くなってきたな」
レオンが身を起こし、鋭い目で谷の奥を見つめた。
「ええ。ドラゴンの谷は、ただの山じゃないわ。古い魔法が残っている場所なの。ポンポンたちも、少し緊張しているみたい」
私がそう言うと、ポンポンたちの動きがわずかにぎこちなくなっていることに気づいた。
さっきまでは軽快に弾むような動きだったのに、今は慎重に進んでいる。
「ポンポンたち、こんなところまで来てくれるなんて、本当にありがたいわね」
私が黄色いポンポンの背を優しく撫でると、それは「キュワン」と小さく鳴き、まるで「任せて!」と言わんばかりに少しだけ体を膨らませた。
やがて、ポンポンたちは森の開けた場所にゆっくりと降り立った。
そこは谷の入り口に続く岩だらけの平地で、空気はひんやりと冷たく、どこか湿った苔の匂いが漂っている。
遠くの霧の向こうには、虹苔が生えているはずの岩場が見える。
「さて、ここからは歩きね。ポンポンたちには、ちょっとこの先は厳しいかもしれないわ」
私がポンポンたちに感謝の笑みを向けると、彼らはふわふわと体を揺らし、まるで見送るように私たちの周りを一周した。
そして、最後に黄色いポンポンが私の頬に軽く触れると、仲間たちと一緒に空へと戻っていき、虹色の泡がキラキラと残っている。
別れの挨拶だ。
「…ほんと、変なやつらだったな」
レオンが苦笑しながらポンポンたちの去った空を見上げた。
「変だけど、もう私たちの最高の仲間ね。さあ、レオン。虹苔を手に入れるために、ドラゴンの谷に踏み入れるわよ。準備はいい?」
私が気合を入れるように言うと、レオンは少し緊張した顔で、でもいつもの楽しそうな顔で頷く。
「あぁ、相棒。また俺をワクワクさせてくれよ」
こうして私達はドラゴンの谷の奥へと足を踏み入れた。




