ポンポンとの再会
翌朝、潮騒亭をチェックアウトした私たちは港の見える丘の上に立っていた。
眼下には青い海が広がり、白い帆を張った船がゆっくりと行き交っている。
「そろそろ、次の目的地へ出発しようか」
私がそう言うと、レオンは少し寂しそうな表情で海を見つめていた。
「どこにいくんだ?」
「ふふ、次は山よ」
レオンは私の言葉に少し驚いたようだ。
「山か。またずいぶんと遠い場所だな」
「ええ。どうしても手に入れたいものがあるの。山に生えている、特別な苔よ」
「特別な苔?今度はどんな効果なんだ?」
「勇気の粉になるの。『虹苔』っていうんだけど、ドラゴンの谷にあるのよ。また説明してあげるわ」
そうして私たちはしばらくの間、静かに海を眺めていた。
潮の香りが鼻をくすぐり、遠くでカモメの鳴き声が聞こえる。
石が穿ち、苔が生すような長く、穏やかな時間が流れていた。
「どうやって山まで行こうか、船で山には行けないだろ」
レオンがそう言葉を投げかけてきた。
「そうね…。馬車を頼むこともできるけれど、少し時間がかかるかもしれないわ」
私がそう考えていると、ふと、丘の草むらの方から、何やら楽しげな音が聞こえてきた。
(パン!キュイ!キュワーン!)
「あれ…?」
レオンが訝しげな表情で音のする方を見る。
草むらの向こうには、色とりどりの、まるで大きな綿あめのような生き物たちが数匹、楽しそうに飛び跳ねているのが見えた。
虹色の泡を吐き出しながら、ふわふわと空中で戯れている。
泡が弾けてはパン!という音がなっていた。
「ポンポン…!あんな声で鳴くのね」
思わず、私は声を上げた。
エルフの里を後にする時、野原で出会い、私たちと一緒に遊んでくれた、あの不思議な生き物たちだ。
まさか、こんな港町で再会できるなんて。
ポンポンたちは、私たちの声に気づいたのか、一斉にこちらを向いた。
そして、嬉しそうに体を揺らしながら、ふわふわと私たちのいる丘の上まで飛んでくる。
「あいつら本当にあの時の…!」
レオンも目を丸くして、近づいてくるポンポンたちを見つめている。
ポンポンたちは、私たちの周りを楽しそうに飛び回り、虹色の泡をたくさん吐き出した。
その泡は、朝日を浴びてキラキラと輝き、まるで歓迎の舞のようだ。
「どうして、ここに…?」
私が不思議に思って首を傾げると、レオンも同じように首をかしげた。
「まさか、追いかけてきたわけじゃないわよね…?」
私が冗談めかして言うと、レオンはクスクスと笑う。
その時、一匹の黄色いポンポンが、私の肩にちょこんととまった。
ふわふわとした、優しい感触が蘇る。
あ、そうだ。
この子たちといっしょに行けたらすてきかも。
「ねぇ、ポンポンたち。私たち、これから遠い山まで行きたいんだけど…何か、手伝ってくれるかな?」
私がそう優しく話しかけると、黄色いポンポンは体を少し膨らませ、嬉しそうに鳴いたような気がした。
すると、他のポンポンたちも、同じように体を膨らませ始めた。
みるみるうちに、ポンポンたちの体は、私たち一人を乗せるのにちょうどいいくらいの大きさに膨らんでいく。
「え…?」
レオンと私は、目の前で起こっている不思議な光景に、目を丸くした。信じられないような、でもどこかワクワクするような気持ちが湧き上がってきた。
黄色いポンポンが、まるで「さあ、乗って」と言わんばかりに、私たちの目の前にフワフワと降りてきた。
「こいつら…もしかして、私たちを運んでくれるつもりなのか…?」
レオンは信じられないといった表情で、巨大化したポンポンを見つめている。
その目は、驚きと、ほんの少しの期待に揺れていた。
私もまだ半信半疑だったけれど、ポンポンたちの優しい眼差しと、私たちを誘うような動きに、心が惹かれた。
「…言ってみるものね。乗ってみましょうか」
私がそう言うと、レオンは一瞬ためらったものの、意を決したように頷いた。
私たちは、予想外の助けに導かれるまま、巨大になったポンポンの背中に、そっと腰を下ろした。
ふわふわとした、まるで雲の上に座っているような不思議な感触が、私たちを優しく包み込む。
ポンポンたちは、私たちが乗り込んだのを確認すると、ゆっくりと空へと舞い上がり始めた。
足元から離れていく地面。眼下の港の景色が、みるみるうちに小さくなっていく。
潮騒の音も、とおく、遠くに沈んでいく。
「ヒュウ!すげー景色だぜ。」
レオンは驚きと興奮が入り混じった声を上げた。
風が頬を撫で、今まで見たことのない高さからの景色が広がっていく。
まさか、ポンポンたちが空を飛ぶ能力を持っているなんて、私たちは想像もしていなかった。
こうして、私たちは、思いがけない再会と、不思議なポンポンたちの力によって、虹苔の生える山へと向かうことになったのだった。
空の上を、ふわふわと揺られながらの、不思議な旅の始まりだ。