希望の雫と星の魔法
「新鮮なうちに、速攻調合!エリクサーと希望の雫、両方作るから、ちょっと忙しいよ!」
崖の麓にある小さな洞窟に足を踏み入れた私は、背負っていた薬草袋を地面に下ろした。
洞窟の奥から差し込む朝日の光が、ひんやりとした空気を柔らかく照らしている。
「……なんだよ、朝っぱらから騒がしいな」
寝ぼけ眼を擦りながら、レオンが私をじっと見つめている。
「楽しいんだもん!さあ、始めるよ!」
私は薬草袋から古びた魔導書を取り出した。
「これで工房を作っちゃうから、ちゃんと見ててよね!」
革の表紙が擦り切れた魔導書は、手に取ると埃っぽい匂いが鼻をくすぐる。
私は目を閉じ、魔女の、星のエネルギーを魔導書に注ぎ込んだ。
次の瞬間、魔導書が眩い光を放ち、ページがひとりでに開いた。
「うわっ、なんだこれ!?」
レオンが目を丸くしている。
「魔法で工房を作ってるの。この魔法、結構自信作なんだから、ちゃんと見ててよね!」
私は光の筋を操り、洞窟の空気を震わせる。
光が渦巻き、石の作業台や蒸留器、様々な形の瓶などの道具が次々と出現した。
「すげぇな、お前……。」
「古い魔導書に魔法が仕込んであるの。調合に集中できるように、旅に出る前に頑張って作ったのよ」
朝日の光が道具を照らし、キラキラと輝いている。
レオンの驚いた顔を見て、私はしてやったりと心の中でほくそ笑んだ。
「星涙花は、気力を癒し、祈りを灯す。さあ、お待ちかねのエリクサーのための素材保存よ!」
星涙花の瓶を開けると、朝露が蒸発し、光の粒がシュワシュワと舞い上がる。
「星の欠片の意志が宿ってる……」
私は独り言を呟きながら、小さな蒸留器に朝露を注いだ。
「光が逃げないように蒸留して……濃縮の計算がちょっと面倒なのよね……蒸留器の角度も微妙に調整しないと……」
蒸留器に火をかけ、角度を調整する。
光の粒が虹色の雫に凝縮し、瓶の中にポトリと落ちた。
「できた、エリクサー用」
蓋を閉めると、虹色がキラリと揺れ、達成感で胸がいっぱいになる。
「さあ、レオン君、お楽しみのボーナスタイム!希望の雫を作るよ!」
私はもう一つの星涙花の瓶を開けた。
「おい、一体何をする気だ!?」
「ボーナスは、ボーナスだよ!元気にしてあげる」
石の作業台に朝露を注ぐと、光の粒がシュワシュワと泡立つ。
「それが俺を元気にするのか?」
「そうだよ、ルンルンルーン♪」
私は独り言を呟きながら、ドラゴンの革ベルトを手に取った。
「ドラゴンの皮は、内に秘めた力を呼び覚ますの。ドラゴンの生命力が、眠っていた力を起こしてくれるんだ」
「力を呼び覚ます?俺が荒っぽくなるってことか?」
「違う違う、いわば起爆剤みたいなものよ。ドラゴンの力を借りて、眠っていた気持ちを起こしたり、邪気を払うの。面白いでしょう?」
「……なんか、すげぇな」
私は革を小さく切り、火にかざした。
「切り方を均等にしないと煙が偏るし、火加減も難しいんだから……」
革が燻ると、紫色の魔法の煙が立ち上り、甘い香りが洞窟に漂う。
「うわっ!失敗したか!?」
「これがドラゴンの力。うまくいったみたい」
煙が朝露に触れると、光の水滴が弾け、キーンと音が響く。
「これで希望が動き出す……いい感じ……」
私はゴブリンの鼻毛を摘み上げた。
「頭をスッキリさせるの。ゴブリンの鼻毛が鼻までスースーさせてくれるんだから」
「鼻毛!?それを俺に飲ませる気か!?」
「スースーして頭が軽くなるよ。笑えるけど、効果は抜群なんだから!」
私は鼻毛を加え、光の粒が柔らかく揺らめくのを見つめた。
薬草袋から井戸水を出す。
「そして……心を落ち着かせるための、特別な水。十年間誰も使わなかった村の井戸から汲んできた澄んだ水だよ」
「それってただの水じゃねぇのか?」
「静かな環境に置かれた水は、調和剤として心を落ち着かせる効果があるの」
井戸水を垂らすと、カチンと音がして、光の粒が青紫に染まった。
「混ぜるのが難しいんだ……比率を間違えると、効きすぎちゃうし……」
朝日が石の作業台と私を優しく包み込み、水面がキラキラと輝いている。
青紫の液体は、光の角度によって緑や白にも見える。
「できた……できた!」
私は息をつき、レオンに瓶を渡そうとしたが、自己紹介をしていないことに気がついた。
「はい、どうぞ!これを飲めることを光栄に思うがいいわ!星の魔女リナが、初めて人間に飲ませる特別な薬よ!」
レオンは、期待と不安が入り混じったような顔で瓶を受け取った。
「……光栄だよ、リナ。ってか、俺、今から鼻毛飲むのか……」
彼は覚悟を決め、瓶を傾けた。
雫が口に触れた瞬間、紫の光がキラリと輝き、レオンの体に吸い込まれていく。
「うわっ、甘っ!なんか、体が熱くなってきたぞ!?」
レオンは目を見開き、体が跳ね上がった。
「体が軽い!頭がスースーしてスッキリする!鼻まで気持ちいい……って!うぉ!鼻毛生えてきたぞ!?すげぇ!ハハハハハ!」
彼がはしゃいでいると、伸びた鼻毛が抜け始め、鼻から黒い煙がモクモクと溢れ出す。
「やばい、やばくないか!?煙出てきたぞ!?これ、本当に大丈夫なのか!?」
「大丈夫。あなたの無気力は、完全に魔法のせいだったみたいね。悪いものが今、体から抜けてるのよ」
煙が抜けきると、レオンの体から光の粒が弾け、雄叫びが聞こえてきた。
「うおおおおおお!すごい!無気力がなくなった!やる気がみなぎってくる!こんな気分、いつぶりだ!」
「なあ!これからもエリクサーとかを作るために、材料の採取を続けるのか?」
「うん、そうだよ。長い旅になるけど……」
「じゃあ、俺もついていく。命を助けてくれた上に、こんなに元気にしてくれたんだ。力に、ならせてくれ。それに、今、すげえ気分がいいんだ」
彼の目が輝き、心が前を向いているのがわかる。薬は成功したようだ。
「一緒に旅するなんて、頼もしくなっちゃって」
「勘違いするなよ。勝手についていくだけだからな!」
「いいよ。私も薬を飲んでくれる人が同行するなら、作りがいがあるし」
レオンの顔が明るくなった。
最初に見た、泥だらけの無気力な男は、もうどこにもいない。