貝の睡眠薬2
人魚は、両手で子守唄貝を抱きしめ、私をじっと見つめていた。
その金色の瞳には、不安と期待が入り混じった光が宿っている。私はゆっくりと彼女に近づき、優しい声で語りかけた。
「人魚さん、これを子守唄貝に使うから。少しだけ、待っていて!」
私はそう言って、レオンが以前教えてくれた、岩に囲まれた小さな潮溜まりに、そっと貝を置いた。
陽の光を反射してキラキラと輝く水面は静かで、時折小さな波紋が広がるだけだった。
レオンが「ここでいいか?」と確認してくれたので、「うん、ありがとう」と笑顔で頷いた。
私は、完成したばかりの、淡い光を放つ癒しポーションを慎重に貝に数滴垂らす。
透明な液体は、まるで生き物のようにゆっくりと貝の表面に広がり、真珠のような光沢を帯びていく。
心の中で祈る。
「どうか、この癒しの力が、子守唄貝に届きますように……」
すると、薬効が始まった。
貝の表面が、まるで乾いた砂が水を吸い込むように、ポーションの光をじんわりと吸い込み始めたのだ。
弱々しかったその輝きは、まるで眠っていた生命がゆっくりと目覚めるかのように、少しずつ、しかし確実に強さを増していった。
その変化に、人魚の瞳に宿る不安の色が薄れ、希望の光が強くなっていくのがわかった。
「見て、レオン! 光が戻ってきたよ」
「効いてるのがこんな目に見えて見えるもんなんだな」
レオンは目を丸くして子守唄貝に釘付けだ。
貝の様子を見ていた人魚の表情が、みるみるうちに明るくなっていく。
喜びを抑えきれないように、金色の瞳をキラキラと輝かせ、感謝の気持ちが溢れる美しい歌声を響かせ始めた。
その声は、先日の悲しみに満ちた、かすれたような歌声とは全く異なり、喜びと、私たちへの感謝の思いが、澄んだ音色に乗って響いてくるようだった。
♪〜
癒しの光よ 感謝を込めて
愛しき子に 眠りを還し
汝の才に 心より礼を
永遠の夢が また息づく
〜♪
その歌を聞いて、私は胸が熱くなるのを感じた。
「ありがとうって……! 人魚さんと、薬で、心で通じ合えたんだ」
人魚の燃えるような赤い髪が、潮風に優しく揺れ、ピンク色の唇が、安堵と感謝の気持ちを込めた柔らかな笑みを浮かべている。
その表情には、私たちへの信頼感のようなものさえ感じられた。
「貝の楽器で演奏しなくても、私は薬で、人魚さんと気持ちを通じ合わせることができたんだね」
嬉しくてそう呟くと、隣のレオンが呆れたように言った。
「演奏するつもりだったのか? そっちの方がよっぽど怖ぇよ」
「えー! 私だって、ちょっとくらいなら歌えるよ!」
私はムッとして言い返し、二人で顔を見合わせて大笑いした。
人魚さんもまた、私たちを見て微笑んでいる。
人魚さんは、再び子守唄貝を両手に抱き上げ、私たちの方を向き直って、もう一度歌ってくれた。
今度の歌は、私たち二人の名前を優しく呼びかける、温かい旋律だった。
♪〜
リナ、レオン
癒しの手を 忘れぬ
子守唄貝と共に
新たな夢を 紡ぎゆく
星の絆が ここにあり
〜♪
歌が終わると、人魚は静かに水面へと沈んでいき、穏やかな波が、まるでそっと包み込むように彼女の姿をゆっくりと隠していった。
後に残ったのは、静かな潮騒と、私たちの心に残る温かい余韻だけだった。