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貝の睡眠薬

「♪どうか、わが子を救ってください♪」

人魚の悲痛な願いが、今も耳に残っている。

燃えるような赤い髪、吸い込まれるような金色の瞳。

海岸の岩場で、彼女のそばに膝をつき、私は薬草を手に持ったままだった。


潤んだ瞳に、かすかな希望の光が灯った瞬間、私は心に誓った。

絶対に、諦めないと。


「レオン、ちょっと手伝って!」


私が声を上げると、彼はいつものように「わかった」と短く頷き、無言で岩場を探し始めた。


私は背負っていたリュックを砂浜に下ろし、中から取り出した薬草を食べて育った虫の干物を丁寧に広げる。

土と海が混ざったような、どこか懐かしい匂いがする。カリカリに乾いており、もはや虫の形は残っていない。


そこに、精神安定の効果がある花を加える。摘みたての瑞々しさを保ち、指先でそっと触れると、優しい湿り気が残った。

一つ一つ香りを確かめ、頭の中でレシピを組み立てていく。


しかし、薬草だけでは足りない気がした。


人魚が「三日前の夜から眠りが浅く」「原因はわからぬ」と、悲しみを滲ませた声で歌った言葉が、何度も頭の中で繰り返される。

何か特別な力が必要なのかもしれない。

その時、ふと古書で読んだ薬のことが頭をよぎった。



「……工房を出して、もっとちゃんとした薬がいる……」


小さく呟いて、私はリュックから大切に包まれた古びた本を取り出した。


いつも大切に持ち歩き、この旅で何度も助けられた、薬師の知恵が詰まった古書だ。

ページをパラパラとめくると、目的の魔法陣がすぐに現れた。工房を呼び出す魔法陣。


その瞬間、砂浜が微かに、まるで夜空の星々のようにキラキラと光り始めた。

様々な薬瓶、蒸留器、石の臼。


この旅の中で、工房は少しずつ姿を変えているようだ。

私が必要だと思った、願いの形に。

さすがにエルフの里の時ほどの変化はないが、この工房が少しずつたくさんのものを蓄えているのを感じていた。


そうしてカチャリと蒸留器が音を鳴らして組み立て終わった。

「……これで、もっと効果的な薬が作れる……!」

私の目は興奮でキラキラと輝いたけれど、レオンは相変わらずといった様子だ。


「いつも思うけどド派手に出てくるよな……普通に出せねぇのか?」

レオンはそう言うと軽く肩をすくめていた。



現れた作業台に、リュックから取り出した薬草を丁寧に並べていく。私は本格的に薬作りに取り掛かる。


「子守唄貝は眠れないから……星の光が弱い。ってことは、星の力を補う何かが必要だよね」


誰もいない海辺で独り言を呟きながら、滋養強壮の虫と、エルフの里で貰った星実の種をそっと手に取る。

それを固い臼に入れ、力を込めて杵で潰していく。

ゴリゴリという音が静かな砂浜に響き、潰された虫からは、少し気持ち悪い緑色の汁が滲み出てきた。


「うっ、見た目は悪いけど、きっと効果はあるはず……」

そう自分に言い聞かせながら、次に精神安定効果のある花びらをちぎる。

指先には優しい湿り気が残り、微かに甘い香りが鼻をくすぐった。


「これで心を落ち着けて、深い眠りに誘う効果を……」

私は小さく呟き、ちぎった花びらをそっと掌で包み込んだ。

潮風に混ざって、ほのかに甘く、どこか懐かしい香りが広がっていく。


人魚が歌の中で「静かな潮溜まりを好む」と言っていたのを思い出し、レオンに声をかけた。

「ねえ、潮溜まり、見つかった?」


彼は視線を岩場に向け、「ああ、あの大きな岩の裏に、小さくて静かなのがあったぜ。水も驚くほど澄んでる」と、指で場所を示してくれた。


「完璧!そこに貝を置くから、私が薬を完成させたら教えてね!」

私は彼にそう頼むと、レオンは少し呆れたような表情。



「ったく、お前が薬師で本当に良かったな。人魚も運がいいぜ」と苦笑いを浮かべた。

私は彼の言葉にクスッと笑う。

「運じゃないよ、私の努力!」

と胸を張って言い返し、再び作業に戻った。



古書をもう一度開き、ポーションのレシピを丁寧に確認する。


「星の力を補うには……星実の実がベストだけど、今は手に入らないから、代わりに種とこれで……」


そう呟きながら、先ほど潰した滋養強壮の虫の汁に、近くの海から汲んできた海水を少しずつ加えていく。

ここの星の魔女歌声ーー人魚の歌声が染み渡った水だ。効果がないはずがない。


星の力がきちんと働いていて、海水がまるで小さな星屑のようにキラキラと光りながら、薬瓶の中でゆっくりと混ざり合っていく。 


「よし、あとは火で煮詰めて……」

作業台に備え付けられた小さな火口に、そっと火を灯した。

薬瓶を慎重に火にかけ、グツグツと煮詰めていく。

最初は濁っていた緑色が徐々に薄れていき、やがて透明に近い、淡い青色の液体へと変化した。

私は思わず息を呑んだ。



「綺麗にできた……!海の反射を閉じ込めたみたいね。これならきっと効いてくれる。」


興奮した私は、隣に立つレオンに薬瓶を掲げて見せた。

「見て見て、ポーションっぽくなってきたよ!」



彼は不思議そうな顔で首をかしげ、「そんなに薬作りが面白いのか?」と問いかけてきた。


「面白いよ!だって、これで子守唄貝が元気になって、人魚さんがまた美しい歌声を響かせてくれるかもしれないんだから!」


私がそう答えると、レオンはなぜか少し照れたように目を逸らす。

「なんかその純粋さにあてられちまうぜ、お前らしいよ。」

と、そう珍しく優しい声で応援してくれた。


私は薬瓶をしっかりと握りしめる。


「よし、完成までもう少し……」


最後に、レオンが見つけてくれた潮溜まりの水を、ほんの一滴だけポーションに加えた。

その瞬間、ポーション全体が内側から発光するように、微かに、しかし確かに輝きを増した。


夜空の星々が小さな瓶の中に溶け込んだみたいだった。


「できた……!これならきっと、子守唄貝は安らかに眠れるはず!」

私は確信を胸に、人魚が待つ岩場へと近づいた。

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