表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/81

詩的ないきもの

潮風が頬を優しく撫で、海遠くの水平線に、黒い岩の影がぼんやりと見えてきた。そこから、あの心を掴む歌声が、まるで潮騒に紛れるように、微かに聞こえてくる。


近づくにつれて、歌は次第にその輪郭をはっきりとしてくる。

先程と同じ、優しく、どこか懐かしい旋律。けれど今は、まるで耳元で囁かれているかのように近く、その振動が、直接心臓に響いてくるような感覚だった。


!!あれは……!


「レオン、あそこだよ……!」

私の指が震えた。指差す方向、岩と岩の狭間から、朝日に照らされて水面がキラキラと宝石のように輝いている。その中心に、ゆらゆらと長い髪を揺らす影が浮かんでいた。


人魚だ。


陽の光を浴びて、鱗はまるで七色の虹のように眩く輝き、燃えるような赤い髪は、水面に溶け込むように、優雅に広がっている。


遠くから見ても、その美しさは息を呑むほどだった。吸い込まれそうなほど強い輝きを放つ瞳、すっと通った鼻筋、そして、艶やかで淡いピンク色の唇が、美しい旋律を紡ぎ出している。


「人魚だ……!」


思わず叫ぶと、隣のレオンが、どこか安心したように笑った。


「剣は、いらなそうだな」


人魚は私たちの存在に気づき、ゆっくりとこちらを見た。

その瞳は、まるで夜空に瞬く金色の星のように輝き、奥深く、まるで私の中を見透かしているようだった。

人魚がゆっくりと口を開くと、再びあの歌が流れ出した。


けれど、それはただの心地よい子守唄ではなかった。もっと深く、私たちに何かを語りかけ、魂に直接訴えかけてくるような、そんな響きを持っていた。


耳を澄ますと、言葉が、まるでそっと心に語りかけられるように、鮮明に浮かび上がってくる。

これが、人魚が歌で会話するという意味なのだろうか。


彼女は、そっと水面に浮かぶ、小さな、まるで真珠のような光沢を放つ貝殻を指差し、慈しむように歌い始めた。


♪〜


星影宿る 子守唄貝

夜毎に歌う わが愛し子

わが歌こそが 命の源

共に紡がん 永遠の夢を

この貝こそは わが心なり

夜を呼び寄せ 安らぎ与う


〜♪


人魚の歌声は、まるで古の言葉で紡がれた詩のようだった。



「『星影宿る子守唄貝』か……星の光が宿ってるってことかな?」


「夜毎に歌う、わが愛し子、ねぇ。相当大事にしてるんだな」

「で、『わが歌こそが命の源』ってことは、人魚の歌がないと生きていけないってことか?」


とレオンが少し驚いたように言った。

人魚は、その言葉に同意するように、さらに切なげな表情を浮かべる。


「『共に紡がん永遠の夢を』……なんだかロマンチックだね。ずっと一緒にいたいって気持ちが伝わってくる」


私がうっとりとした表情で言うと、レオンは少し呆れたように言った。


「夢か……まぁ、人魚の考えることはよくわからねぇけどな」

「『この貝こそはわが心なり』……自分の心だって言いきっちゃうなんて、本当に特別な存在なんだね」


私の言葉に、レオンも少し考え込むように頷いた。そして、最後の部分。


「『夜を呼び寄せ安らぎ与う』……この貝が光ることで、夜が来るのかな? そして、その光が安らぎを与える、ってこと?」


私がそう問いかけると、人魚はゆっくりと頷き、再び歌を続けた。

彼女の歌声が水面に繊細な波紋を描き出し、指先で示した貝殻が、まるで人魚の歌に応えるように、微かに、けれど確かに光を増した。



レオンが「マジで歌で喋るのか……変な奴だな」と小さく呟いたけれど、その声には驚きと、ほんの少しの感嘆が混じっているようだった。

私には、その歌声が温かく、深い愛情に満ちているように聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ