最初の素材 星涙花
リナ(主人公)視点に戻ります。
朝露が降りた森はしっとりしている。
崖に立つと、薄明るい空から朝日が木々の隙間を抜けてチラチラ落ちているようだ。
私はランタンを手に持つ。
もう火は消えていて歩きながらカバンに突っ込んだ。
そして隣ではレオンがだらだら歩いていた。
夜の間に洗濯したのか、泥は落ちてるけど服はボロボロで、カサカサ擦れる音がした。
チラッと横を見ると、眠そうな金色の目が地面を見つめてるけど、泥が落ちた分、すこし顔は少しマシになってる。まだ少し落ちきれていない、くるくるの栗毛がカピカピに固まっていた。
崖の方は、朝露に濡れた星涙花が昨日の光を蓄えた上に朝日を反射している。
宝石みたいに蓄えた水の粒が光を弾いていた。
あの優しい光が朝露になっても輝いてるなんて、なんだかちょっと感動的だ。
昨夜の輝きが頭に残って、心が浮き立ってきた。
「夜の間に光の粒を吸い込んで、朝露になって零れる。その輝きを地上に渡すと言われているの。
その様子が星が泣いてるみたいに見えるから、この名前なんだって。
星の欠片が地上に落ちた時、寂しくて泣いた涙が花になったって言う人もいるらしい。
朝露と一緒に採るからホントは自分で採りたいんだけど……」
喉が少し乾いて、声が小さくなる。
崖の縁が目の前にそびえて、心臓がドクンと跳ねた。
「お前、やっぱビビってるんだな。でも大丈夫だ、俺がなんとかするからさ」
ニヤッと笑って肩をポンと叩いてくる。
夜の泥は落ちてるけど、湿った服の感触が肩に残る。
「叩かないでよ。服濡れてるよ」
軽く払う。昨日よりマシだけどさ。
「崖の側面に降りて採ってくれる?助けてくれると嬉しいんだけど」
「お前がそんなビビってるなら、だりぃけど俺が降りる」
肩をすぼめて笑い、ボロボロの革ベルトを腰から外した。
どうやら命綱にするらしい。
「だるいって言い過ぎじゃないの?降りてくれるなら嬉しいけどさあ。」
服の湿った匂いが鼻を突いて、呆れがこみ上げるけど、優しさにちょっと胸が温かくなる。
「命のお礼だ。」
軽く笑う。
寂しそうな影が目の端に映って、心に小さな波が立った。
崖の側面を見上げる。
星涙花が揺れてる。
「これ採らないと……怖いけど、私が支えるよ。
瓶で採ってね、2つあるから」
薬草袋から小瓶を2つ取り出した。
指が少し震えて、心臓が締め付けられる。
「お前はベルト持っててくれればいいさ。瓶で採るよ、2つだな」
ベルトを渡してくる。
「ちゃんと採ってよね、水滴1つ落とさないように!」
ベルトを握る。
冷たい革が手に染みて、心臓がドクドクうるさい。
レオンが崖の側面に降り始めた。
私はベルトを両手で握って、崖の上で支える。
足が震えるが、ぐっと足に力を込める。
案外軽いのは崖に体重をかけ、ベルトを弛ませながら降りるレオンのおかげだった。
「落ちんなよ、リナ! 俺、頑張るからさ!」
笑みが浮かぶ。
「頑張ってるのは私! しっかり頼むよ!!」
朝の風がビュッと吹いて、髪が汗をかいてきた額に張り付いてきた。
レオンが手を伸ばして
崖の側面に生える星涙花を瓶で覆う。慎重な手つきで瓶の中でその花を手折り、蓋をした。2つ目も卒なくこなす。
「採れたよ、リナ! これでいいだろ?」
笑顔がこぼれる。
「採れた! 採れたね! すごいよ、レオン!」
思わず飛び跳ねたくなるがそうもいかない。はやる気持ちを足に込め、より一層踏ん張った。
そして、レオンが崖を登りきった。
「ベルトが汗で滑りそうで怖かった……。」
「これで落ちるならべつにいい。命助けてくれたやつがわざと落とすわけねぇし。」
その投げやりな言葉に胸が締め付けられた。
昨日泥沼で溺れてた姿が浮かぶ。昨日もまさかあのまま死んでもいいって思ってたってこと?
でも、かみつく気にはなれなくて。
「そんなこと言わないでよ……優しいのに。」とつぶやいた声は彼には届かなかった。
「ん! きちんと採れてるね! エリクサーにも使える。」
目の前のキラキラした花が、夢を照らす光みたいで、心が浮き立つ。
「『にも』って、こいつはなんにでも使えるのか?」
「希望の雫って薬がつくれるの。ねえ、この革ベルト……ドラゴンの革だよね?」
レオンのベルトを見ながら微笑む。
「ちょうどいいや、希望の雫作ってみない? あんたの無気力、なんとかしてあげるよ」
目を丸くして驚くレオンに私は思わず笑顔がこぼれた。
「何!? お前、マジか!?」
「マジ。実験台になってよ。薬のお礼に面白い顔見せてよね。」
頼りなさそうな背中に目を細める。
この優しい剣士、無気力だけどいい奴だもん。
めんどくさいって言葉や、やたら怠そうにする様子は少し病的だ。薬が役に立つならそれが一番いいだろう。
朝のしっとりした空気が日差しとともに暖かくなり、崖の側面ではもうすっかり朝露が落ちた花が、一般人のような顔をして揺れていた。