鍛冶師ジェームズ
「鍛冶師さんの家って、この道で合ってる?」
私はレオンに尋ねた。レオンはいつもの穏やかな笑顔で頷いた。
「ジェームズさんっていう、ちょっと変わったおじいさんらしい。村長さんが、腕は確かって言ってた」
私たちは、緑豊かな小道をゆっくりと進んだ。
村の復興が進み、以前の荒廃が嘘のように、新しい家々が立ち並び始めていた。
「村、ずいぶん綺麗になったね」
レオンと村の人たちが力を合わせた結果だ。
「ああ」
レオンも感慨深げに村の風景を見つめていた。
瓦礫の山だった場所が、人々の生活の息吹を取り戻しつつある。驚くべき速さだ。
その光景は、彼のこれまでの努力が報われた証だった。
「ジェームズさんの家、無事だと良いんだけど」
私は少し心配そうに言った。
「釜は頑丈だから、きっと大丈夫だろう」
レオンはそう言いながら、足早にジェームズさんの工房へと向かった。
村の奥深く、煤と鉄の匂いが立ち込めるジェームズさんの工房。幸い、工房は無事に残っていた。
私たちは安堵の息をつき、工房の扉を叩いた。
「ジェームズさん、いらっしゃいますか?」
私の呼びかけに応えて、工房の奥から現れたのは、煤けた作業着に身を包み、長い白い髭を蓄えた小柄な老人、ジェームズさんだった。
「おお、お客さんか。村を救ってくれた人たちじゃな。話は聞いとるぞ」
ジェームズさんは私たちをじっと見つめた。
「おっさんも無事でよかった」
レオンが言うと、ジェームズさんは頷き、飄々とした口調で言った。
「わしは早めに避難したからな。しかし、村は酷いことになってしまった。まあ、過ぎたことを嘆いても仕方がない。これからどうするかじゃ」
ジェームズさんはそう言いながら、村の惨状を見つめた。
しかし、その視線は過去ではなく、未来を見据えていた。
「なんじゃ、その剣は。それに靴も。手入れのなっとらん。」
ジェームズさんはレオンの剣と私達の靴を一瞥すると、眉をひそめて呆れたように言った。
しかし、その目は剣の質の高さを見抜き、どこか興味深そうな光を宿していた。
「そう言われても、剣は自分で手入れしても全然ダメなんだよ」
レオンは困ったように笑い、剣をと靴をジェームズさんに手渡した。私も慌てて渡す。
ジェームズさんは剣を手に取ると、様々な角度から眺めたり、柄を外して叩いたりして、丁寧に刃を調べ始めた。
「一体、何と戦ったんだ?」
ジェームズさんの問いに、レオンは少し気まずそうに頬を掻く。
「昔、ちょっと英雄やっててね」
レオンは冗談めかして言ったが、その言葉には過去の戦いを振り返るような、感慨深いものが込められていた。
素直に話せばいいのに。
レオンの過去を知る人が少ない現状を思うと、少し胸が痛む。
ジェームズさんはレオンの言葉を軽く受け流し、遠くを見ながら呟いた。
「英雄ねえ。わしは、大根の英雄なら知っとるが」
「そういえば、昨日裏の畑で採れた大根がな、それはもう見事な出来で…」
「おっさん、ボケてるのか?今は剣の話だよ」
レオンが呆れて言うと、ジェームズさんは悪びれる様子もなく言った。
「そうじゃった、そうじゃった。剣の話じゃったな。しかし、この剣の刃こぼれは、ただの刃こぼれではないようじゃな。まるで、星の欠片が…」
「あ、いやそれはたいした…」
「魔物の入り口を塞いだ時の傷だよ!」
またも、ごまかそうとするレオンに痺れを切らした私が割って入った。
レオンの冒険について詳しくは知らない。
でも、人から忘れ去られるのは辛いだろう。
私が今できることは、レオンのことを覚えていてもらうことだ。
「なぜか、誰も覚えてないんだ。魔物の入り口を塞ぎに行った時にこうなっちまった」
レオンは少し照れくさそうに、しかし誇らしげに語り始めた。
「ほほう、魔物の入り口を塞いだとな。それはそれは。しかし、魔物の入り口といえば、昔わしが旅をしていた頃にもだな…」
ジェームズさんは目を輝かせ、昔話を始めようとしたが、「庭の大根の花が…」などと話がすぐに逸れてしまう。
「…」
私たち二人は時々大根の話で笑いつつ、どうして良いか分からずについには黙り込んだ。
ジェームズさんは剣をじっくりと眺めると、靴と一緒に工房の奥へと消えて行った。
「まあ、心配するな。わしの腕にかかれば、どんなものでも蘇らせてみせる」
レオンは、ジェームズさんの腕を信じて待つことにしたようだ。布を水筒の水でぬらし、きれいにふき取っていた。
私も、同じようにしたあと、工房に置かれた様々な道具や材料に興味を惹かれ、時間を忘れて見入っていた。
しばらくして、ジェームズさんが工房の奥から戻ってきた。
その手には、先ほどとは見違えるほど美しく輝くレオンの剣があった。
「どうじゃ、見事に蘇ったじゃろう?」
ジェームズさんが誇らしげに言うと、レオンは剣を受け取り、その美しさに目を奪われた。
「あの時よりも…買った時よりもずっと綺麗だ」
「本当にありがとう……ございます」
レオンが頭を下げると、ジェームズさんは満足そうに頷いた。
「この剣はただの剣ではないようじゃな。何か、特別な力が宿っているように感じる。お前さんの経験が、剣をより輝かせたのだろう」
「特別な力、ですか?」
レオンが聞き返すと、ジェームズさんは再び話を逸らした。
「そういえば、昨日裏の畑で採れた大根がな、それはもう見事な出来で…」
「だから、大根の話はもう良いって!剣の話だよ、剣!」
レオンが呆れてツッコミを入れる。
「大根も剣も、磨けば光るという点では同じじゃからのう。わっはっは!」
ジェームズさんは得意げに笑った。
レオンはジェームズさんの言葉に呆れつつも、どこか憎めない気持ちになっていた。
この老人の飄々とした態度こそが、彼が村の人たちから愛される理由なのだろう。
「分かりました、分かりました。もう良いです。とにかく、剣を柄に付けてください」
レオンは半ば諦め気味に言った。
ジェームズさんは剣をあっという間に柄に付け、持ちやすいように調整した。
私は魔法を使わない技術の極致を見た気がして、その光景に見惚れていた。
剣はカタカタと音を立てることなく、しっかりと柄に収まった。
「ほれ、受け取れ。これでもう心配はいらんじゃろう」
レオンは剣を受け取り、ジェームズさんに深く頭を下げた。
「本当に…ありがとうございました。ジェームズさん」
「ああ、気にすることはない。また何かあったら、いつでも来い」
ジェームズさんはそう言い残して工房の奥へと消えていった。
そうして、私とレオンはジェームズさんに別れを告げ工房を後にした。
工房を出る前に、レオンと私は相談して、多めの金貨をジェームズさんに置いていった。
金額を確認しないジェームズさん、ちゃんと儲かっているのだろうか。
あんな腕の良い鍛冶師さんの工房が早く復興するように、少しでも役に立てれば良いと思う。
「本当に凄い技術だよな。ボケてるなんて思えない」
レオンはジェームズさんの言葉を思い出しながら、村への道を歩き出した。
「面白いおじいさんだったね。どんな大根か、ちょっと気になっちゃった」
「もう大根の話は聞きたくない…」
レオンは頭を抱えた。私はその様子を見て、思わず笑ってしまった。
村に戻ると、私たちは村長さんに「紹介してくれてありがとうございます。ちょっとボケてるけど、面白い腕の良い人でした」と報告した。
「またか、あの人は。ジェームズさんはボケてなんかないよ。君たちは、あの人に遊ばれたんだ」
まさか、あの飄々としたジェームズさんにからかわれていたとは。
私たちは顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。