沼にハマる前
レオン視点です。
俺はボロボロの剣を腰にぶら下げ、だらだら歩いた。
空っぽの酒瓶を手に持つ。
「うわっ、もうねぇのかよ! はぁぁ……」
喉がカラカラでため息まで、声が掠れる。
昨日まで酒場でグダグダ飲んでたけど、店の休みになって追い出され、腹ごなしに「獣でも狩るか」と森に入った。
「英雄だった俺がこんな目に……ツマミにもならねぇ」
湿った土の匂いが鼻をつき、足元の草が靴に絡まってイラッとする。
「今じゃ誰も知らねぇしな」
酒の残り香が鼻に残り、昔の喧騒が遠くで響く気がした。
酔が覚めてきたようだ。
早く早く、酒を飲まねぇと。
元気出さねぇと。
妙な脂汗が出てくる。
それをごまかすように剣を抜いた。
「昔はみんなレオン様! ってキャーキャー騒いでたんだぞ!」
ドヤ顔で剣を抜きブンブン振る。
錆びた刃がカタカタ揺れる。
「うわっ、俺、ダサっ! こんな剣で戦ってたのかよ…」
魔の入り口を塞いだ頃は魔物をバッサリいけたもんだ。
今じゃ何をするにもだるくてしょうがねぇ。
情けない話だ。
足元がヌチャッと鳴る。
「うっ、沼! 落ちたら最悪だな…」
湿気がズボンに染み、嫌な予感が背中を這った。
昔の誇りが遠くに霞んで、心がざらつく。
目の前に昔の俺が立ってて、今を笑ってる気がした。
ガサガサッ!
葉のこすれる音がした方をみるとガラの悪そうな、いかにもチンピラ風の男2人が出てきた。
恐らく金に困り、慣れない盗みを働こうとしている奴らだろう。
立ち振る舞いは素人そのものだ。
「おい、おっさん。金出せや。」
「おっさんじゃねぇよ。まだ若いっつーの。」
「うるせぇ! その剣よこせよ! 高そうな柄してんだ、いくらかにはなるだろ?」
「錆びててゴミだぞ。酒一杯分も出ねぇ」
「じゃあ殴るしかねぇな!」
足場が悪く殴りかかってきたが応戦するか迷った。
「めんどくせぇ……」
まあ、でも、おれおっさんじゃねーし。
少しくらい戦っときますかね。
足場が悪く、剣をヨロッと振ると重みでナイフが弾かれ、チンピラたちは尻もちをついた。
「うわっ!」
「なんだよおっさんのくせに!」
「クソ野郎め!」
ギャーギャー喚く。
「やめとけよ。落ちたとは言えお前らじゃ俺には勝てねぇよ」
ダルさが声に滲む。
「この野郎!」
「だから…うぜぇ、って!」
軽やかとは言い難い足つきながらもかわし、足を引っかけ、沼にドボンと落とす。
「うぎゃっ、冷てぇ!」
「これ抜けらんねぇぞ!やべえっ!」
喚き声が響く。
泥が跳ねてズボンに飛び、冷たい泥しぶきが顔に当たる。
「覚えてろよ!」
一人が抜け出したようで逃げた。
「ガハハ! 覚えてやるもんか! 二度と来んなよ!」
「おい、おいって! 置いてくな!助けろよ!」
喚く中、酒瓶がパリンと割れる。
「おい! 俺の大事な酒! お前らいい加減にしろ!」
割れた欠片が沼に浮かび、心が萎えて力が抜ける。
酒の香りが消えて、心にぽっかり穴が開いた。
「そんなに中身入ってねーじゃねぇかクソ野郎! 出しやがれ!」
「クソ野郎って言うなよ! 泥野郎が!」
「……助けろよ、……頼むよ!」
チンピラの顔に涙が浮かんできた。
仲間にも置いていかれてかわいそうなやつだ。
「ああもう、仕方ねぇなあ。助けてやるよ」
剣を地面に刺して手を伸ばす。
「掴まれよ!」
「えっ、ほんとに助けてくれるのか!?」
「昔は良い人で有名だったんだぜ俺。人助けぐらいする。」
泥まみれで這い上がろうとする腕を引っ張り上げなんとか地上に出した。
が、むくむくといたずら心が芽生えてくる。
少しからかってやることにした。
「けどここですかさず酒瓶の恨み!」
ドスッ
チョップをチンピラの頭に入れる。
思ったより重く入ってしまった。
「うがぁ?!」
「お前らが蹴ったんだ、弁償しろ。」
「ふざけんなよ! カツアゲしてんだ!金なんてねぇよ!」
「ふざけてんのはお前だ。なんだその泥だらけの顔。顔と一緒に足も洗ってこい。」
「うるせえうるせえ! お前なんかに2度と面見せるもんか!」
助けた男も走り去っていった。
ほんとに弁償してもらおうと思った訳では無い。
が、あいつが罪を重ねないよう一応言っておく。
まあ少しは懲りただろう。
「走る元気あんなら最初から真面目に働けよーー!!」
手を振り、逃げる背中を見ながらつぶやく。
「『真面目に働け』ねぇ。どの口が言ってんだよ、ってね。」
目の前の泥だらけの足跡が、昔の俺を踏み潰してるみたいだ。
あたりは暗く夜が深まってきた。
沼の縁にドカッと座る。
「この俺が……チンピラ相手に泥試合か……」
ボヤく。
酒も金もねぇ、剣も錆びてる。
昔は「レオン様!」なんて騒がれてたのに、今じゃただのダメ人間だ。
立ち上がろうとしたら足元がヌルッと滑る。
「うわっ、これダメだ!」
ドボン。
背中からズブズブ沈む。
頭も、もう時期沈んでしまう。
ああ、もう出られないかも。
体はだるく、沈んでいくのに抵抗する気力も起きない。
「マジでだるい……俺も誰か、全部から俺を助けてくれねぇかなぁ……」
ボヤきが水面に消えそうになったその時。
遠くで光がチラッと見えた。
なけなしの気力を振り絞って声を上げる。
「助けてくれ~!」
寒さが背中に染み、冷たい泥水が足を締め付け、心の中の熱が消えていく。
昔の自分と水面が遠くに霞み、寂しさが胸を埋めた。