里の別れと旅立ち
港町への旅が決まった朝、私とレオンは、名残惜しさを胸に、マルクと別れを告げるために星空広場へと向かった。
マルクは、いつものように商売用の革鞄をガチャガチャと鳴らしながら、手を振っていた。
「お二人さん、次の目的地決まったんやな!お別れは寂しいけど、旅やししゃあないわ」
「マルク、いろいろありがとうね!またどこかで会おうね!」
「お二人さんのおかげで儲けすぎましたわ!魔女の薬なんて貴重なもん、めったに手に入らへんねん。これ、持ってってや!」
そう言うと、マルクは鞄から薬草をドサッと出した。熱を冷ます百葉、根ごとのオールフラワー、傷に効くランタン。ほかにもたくさん。薬作りには最高の素材ばかりだ。
「薬作りが捗るよ。ありがとう。大好き!」
私は目を潤ませて受け取った。
「マルク、世話になったな」
レオンも頭を下げ、マルクと固い握手を交わした。
「旅してるさかい、どっかで偶然会えまっせ!気ぃつけてな!」
マルクは親指を立てて、私たちを送り出してくれた。
すると、いつの間にかそばに来ていた長老が、ぷりんぷりんのお手々で、ずっしりと重いおにぎりを差し出した。
「おなかが空かんように。持ってって」
星実と甘い葉っぱが入っているらしく、香りが食欲をそそる。
「うぉ、デカ!長老、こんなに一杯ありがとう!」
「ドデカおにぎり持って旅立つ魔女って、お前くらいだぞ」
レオンが笑う。
私たちは、ドデカおにぎりを受け取り、エルフの里を後にした。
歩きながら、私は呟いた。
「にしても、エルフの料理、量が多かったね…」
レオンもそれに続けるように呟く。
「そんでありえねぇほどうまかったな…。腹が減らねぇのが逆に困るぜ」
里の温かさが、おにぎりに詰まっているみたいに、背中の革鞄の温度を感じていた。
港町を目指して、私たちは森の道を進んだ。
里を出ると、来たときに案内してくれた光の鳥が待っていて、森を抜けるまで先導してくれるようだ。
「光の鳥だ、また会えた!」
私は手を振った。
「こいつ、律儀だな。迷わねぇようにしてくれるのか」
レオンは感心し、「コイツ飼えねぇかな」とボソリ。
あれは魔法だから多分飼えないよ、と言おうとしたけど、可哀想だから黙っておいた。
森の中は、木々の間を風が抜け、涼しい。
木漏れ日が、緑の葉をキラキラと照らし、鳥たちのさえずりが、心地よいBGMのように響く。
「この光の鳥って、私たちが港町行くの分かってるのかな?」
「さぁな。あいつ懐いて着いてきてるだけかもしれねぇぞ」
そのレオンの言葉に、たまらず私は笑い出した。
「レオン、あれ魔法の幻影だよ」
「げ。リナ分かってて黙ってただろ」
レオンは顔を背けた。少しだけ耳が赤い。
森の道は少し長そうで、疲れてきた。私は旅路の相談をした。
「このまま港町まで行くのもいいけど、ちょっと長くなりそうだね。一旦中間の村に寄って、旅装備整えようか?」
「いい考えだな。薬草とおにぎりだけで行ける気もするけど、靴が死んだら終わりだ。村で補給だな」
とレオンが頷く。
「確かに、このおにぎり持って走ったら足つりそう」
私の真剣な心配に、レオンがデコピンをしてきた。
「お前、おにぎり持って走る気か?転んだら長老に謝れよ。俺は笑うだけだからな」
実際には走る気などなかったが、最近あまりにどんくさい子扱いされている気がする。
最近までポンコツだったくせに、仕返しだろうか。
「失礼しちゃう。私って意外に器用なんだからね」
そう言い返すと、「気をつけろよ」と言いながら、ぽん、と背中をたたいてきた。
「転ばないように気をつける。こんなに沢山だもん。おにぎり持ってるだけでお腹いっぱいな気分だね」
カバンはずっしり重い。責任感も出てくるというものだ。
「お前、それ持ってるだけで腹いっぱいなら、食ったらどうなるんだ?港町で人魚に会う前に丸くなってるぞ」
「そんなにすぐ太ったりしないよ!」
「お前、太らないって…エルフの飯食って『もう一個!』って言ってたよな。人魚が『丸い魔女が来た!』って逃げるぞ」
とレオンはいつものからかいモードに入ったようだ。
「人魚は優しいよ、丸くても可愛いって言ってくれるはず」
「お前、丸くても可愛いって…人魚が『ホォ〜ン、おにぎり魔女か〜』って貝吹いて笑うだけだろ。真珠もらう前に追い出されるな」
「おにぎり魔女じゃないよ!星の魔女だよ!」
レオンの言葉に吹き出し笑う。
そうして笑いながら森を抜ける頃、光の鳥がシャララと楽器のような声で一鳴きして、キラキラ光りながら空に消えた。
それは、私たちに幸運を告げる、美しい別れの挨拶だった。
森を出て、私たちは中間の村へ向かう準備を整える。
「村で靴とか補給したら、港町まで一気だね。港町も楽しみ」
「そうだな。お前が薬草とおにぎりで暴走しなけりゃ、港町まで楽勝だぜ」
「暴走しないよ、私はいつだって冷静なんだから!」
ってメガネをくいっと上げる、冷静っぽいポーズをする。
おにぎりの重さでちょっと肩が凝ってるのは内緒だ。




