貝の楽器
朝日に染まる星空広場は、昼間だというのに、ぷりんぷりんのエルフたちで賑わっていた。
彼らは思い思いの貝の楽器を手に持ち、楽しげに演奏している。
「ホォ〜ン…」と深く響く吹き貝、「カチカチ」と軽やかに鳴る二枚貝、「キィ〜ン」と伸びやかに歌う擦り貝。その音色は、まるで海の中にいるかのように心地よく、私は自然と体が揺れ、リズムに合わせて手を振っていた。
「うわっ、貝の楽器だ!気持ちいい音だね!」
少し離れたところで、レオンが私を微笑ましそうに見ている。
「お前、音に釣られて魚みたいに泳いでんな。落ちんなよ」
「泳いでないよ!気持ちいいから揺れてるだーけ!」
私は笑いながら返す。貝の音が心地よくて、踊るのを止められない。
演奏が一段落すると、私はエルフのお兄さんに近づいて尋ねた。
「ねえ、この貝の楽器ってどこで手に入るの?」
「これか?しばらく先の港町で売っとるよ。貝の魔物で作った名産や」
「港町かぁ、いいね。楽器が有名ってなんだか楽しそう」
「せやろ!その港町のそばの海に『人魚の入り江』って呼ばれとる場所があってな。そこの人魚が歌っとったのを聞いて演奏と歌も覚えたんや。ちょっと披露したるわ!」
お兄さんはそう言うと、吹き貝を手に取り、「ホォ〜ン……」と柔らかく伸びる音を鳴らし始めた。
そして、歌が始まった。
♪〜
抱きしめて
永遠の夢を紡ぐ
繋ぐ手などなくとも
ゆけるところなくとも
永遠に夢を紡ぐ
私の声が
あなたの瞳が
永遠の夢を紡ぐ
〜♪
お兄さんの声は、低く、落ち着いていて、まるで囁かれているようだった。
それは、人魚の子守唄と言われる、切なくも美しい旋律。
「ありがとうお兄さん。人魚の愛の歌かなあ。ロマンチックで聞き入っちゃった」
「兄ちゃんの歌はすげぇけどよ、人魚って伝説みてぇなもんじゃねぇのか?入江の声も人間だろ」
レオンは呆れた顔で言った。
「レオン、人魚知らないの?赤い髪が海風に揺れ、深い海色の鱗が陽光にきらめく、透き通るような肌を持つ美しい美貌と声で歌う、永遠の命を持つ魔法生物よ。珍しいけど普通にいるわ」
私はレオンの無知に呆れ顔で返す。
「百歩譲っても存在はともかく、永遠の命ってのは……おとぎ話じゃねぇのか?歌で会話ってのも面倒そうだな。貝吹かせりゃ黙ってそうだろ?」
「人魚は歌うことは大好きだけど、一緒に歌われると嫌がるの。だからこっちが楽器で盛り立てると喜ぶらしいわ。古書に書いてあるもの」
私は腰にある古書を取り出し、人魚の説明があるページを捲って見せた。
エルフのお兄さんもそれを覗き込み、感心した顔で言った。
「魔女はん、物知りやなあ。じゃあ、この伝説も知っとるか?」
お兄さんは続ける。
「人魚が子守唄を聴かせて育てた魔物の貝から採れる真珠があってな。『人魚の真珠』って言うんやけど、なんや薬にするとすごい効果があるらしいで」
「人魚の真珠!それ、エリクサーの材料!」
私はピンときた。
人魚の真珠は、エリクサーの素材だ。
眠り貝と呼ばれる貝が持つ真珠は、様々な素材を使うエリクサーの調和効果、触媒となる。
しかも、人魚の子守唄を聴いてしか育たないその魔物は、人魚がいるところに必ずしも存在する訳では無いらしい。
要するに、すごく珍しいものということだ。
「次の材料か?」
レオンの目が、キラリと光る。
「うん!港町行きたい!」
「人魚がほんとに出るなら面白ぇ!次は港町だな」
レオンと私は目を合わせ、人魚との出会いに胸を躍らせた。




