長老の優しさ
清らかな泉のほとりで、湯気がゆっくりと立ち上っている。
温かい水が私たちの身体を包み込み、旅の疲れを癒してくれていた。
「本当に気持ち良いね、レオン」
私は目を閉じ、泉の心地よさを全身で感じていた。
「ああ、最高だな」
レオンも目を閉じ、リラックスしている。
しかし、その表情には、どこか物憂げな影が落ちていた。
泉から上がると、長老がレオンの背中をじっと見ていた。
そこには、昔の戦いの傷がいくつも残っている。
ギザギザとした古い傷跡が、英雄だった過去を物語っていた。
「レオンはん……その傷、お前さんが魔の入口を塞いだ時のもんか?」
長老がプリンプリンな顔に、しわが微かに入った目を開き聞く。
「それってさっきの話?」
私はレオンを見つめる。
「たいした話じゃねぇ」
「たいした話でしょ。話したくないならもう……。いいんだけど」
彼の身体にこんな生々しい傷があることを、今の今まで知らなかった。
知らない彼の姿に、無理に聞くのは憚られて口をつぐむ。
「せやで……レオンはん、昔のことは辛いかもしれんけど、その傷は誇りやで。その傷はその証や。里のエルフはみな、その話を知っとるし、感謝しとるんやで」
長老が深々と頭を下げる。
「おい、長老、そんな大袈裟な話じゃ……!俺はただ、やるしかなかっただけだ」
レオンが慌てて、照れくさそうに目を逸らす。
長老が泉のそばで、小さな瓶を私に手渡してくれた。
星涙花の瓶みたいだが、中は空っぽだ。
私はそれを見てピンとくる。
生命エネルギーの塊である血でエリクサーが作れることを知っているから、ここまで来たのだ。
しかし……。
「リナはん、わしの血を少し分けてあげたいんや。」
長老は、いつになく真剣な顔で私とレオンを見る。
「エルフは長寿やけど、わしは特に長生きしとる。プリンプリンのこの身体は、エルフの生命エネルギーの塊やねん。この血、エリクサーちゅうすごい薬に使えることは、リナはんも知っとるやろ。せやから、多めにあげるさかい、レオンはんの身体を治してやってください」
長老がプリンプリンの手を交差して、祈るように言った。
「……。確かにそれが目的で来たけど、長老がくれるなんて……」
私は瓶を持って恐縮しながら手を取る。
「おい、長老、血って……俺の身体を治すってどういうことだ?」
レオンが眉をひそめて腕を組む。
「レオンはん、わしはリナはんがエリクサーを作るために来たんを知っとる。せやから、わしの血をあげるんや。」
「そんで、多めにっちゅうのは、その傷、記憶混濁の影響で身体にも負担がかかっとるやろ。その身体のよう上手くいかん感じを、リナはんに頼むさかい治してもらってくれんか?」
長老が優しく微笑む。
「今までレオンがどんくさいのって……。私、気づかなかった……ごめん、レオン」
私は瓶を握りながら反省し、俯く。
レオンの傷のこと、もっと考えてあげれば良かった。
「気づかないように俺が振る舞ってたんだから。リナが気づかないのは、当然だよ」
そして立ち上がり、長老の方を向く。
「でも、長老、ありがとうございます!」
レオンが頭を下げる。
「長老、ありがとう!私、エリクサーを作って、レオンの身体を治すよ!」
私も立ち上がって長老に頭を下げた。
「頭を上げてください。リナはん、レオンはん、二人で礼言うてくれるなんて、わしも嬉しいわ。ほな、わしの血、よう使ってくださいな」
長老がにっこりと笑う。
そして長老は自ら指先に傷をつけ、プリンプリンの指から血を瓶にたっぷりと垂らしてくれた。
赤い滴が瓶の中でキラキラと光り、生命力そのものが宿っているようだ。
「これでええかな、リナはん。レオンはんの身体、頼みますで」
長老が笑顔で言う。
「ありがとう、長老!これで薬を作って、レオンを元気にするわ!」
私は目を輝かせて長老に傷薬を渡した。
「こんなに貰ろうてしもうて。おおきになあ」
「血なんて大事なものをもらったんだ。安易に礼を言うのは違うが……。リナの薬はよく効く特別製だぜ!」
そう言って私をつつき、耳打ちしてくる。
「改めて二人で礼を言うぞ、リナ」
うん、と頷き、レオンが私と一緒に頭を下げた。
「「長老、ありがとうございます!」」
私とレオンが声を揃えて言うと、長老がプリンプリンの手を振って笑い、頷いて頭を撫でてくれた。