長老の家
マルクが実家に帰ってしまい、私とレオンは少し寂しい気持ちを抱えながら、エルフの里の中心へと向かった。
光る樹の家々がキラキラと輝く中、プリンプリンのエルフたちに囲まれ、なんだか不思議な気分になる。
マルクがいない初めての場面だが、しっかりしないと。
里の広場に着くと、大きな光る樹の下に長老が待っていた。
長老は白い髭をふさふさと蓄え、丸いお腹が服から溢れそうにプリンプリンだ。
エルフなのに、その佇まいは貫禄のあるおじいちゃんで、優しそうな雰囲気を醸し出している。
「ねえ、レオン、私のことを長老に紹介していいよね?」
私はレオンに小声で確認する。
「お前が自分で魔女だって言えばいいだろ。俺はこういう挨拶が苦手なんだよ……」
レオンがボソッと返す。
「長老さん、初めまして。私、リナ、星の魔女です。こっちは剣士のレオン!」
私は笑顔で自己紹介をする。
その挨拶に、長老は目を丸くし、コテコテのエルフ訛りでゆっくりと話し始めた。
「おおお!星の魔女はんやて!?こりゃ驚きやなぁ!わしらエルフは星を信仰しとるさかい、星の魔女はんはまるで神の子や!いやぁ、嬉しいわぁ、ほんまに嬉しいわぁ!」
長老がプリンプリンの手を震わせて喜んでくれるので、私もテンションが上がってしまう。
「そんなに喜んでくれるなんて嬉しいわ」
「長老がそんなに喜ぶなら、お前、もっとドヤ顔してもいいんじゃないか?」
レオンがクスクス笑いながら背中をポンと叩く。
「ドヤ顔なんてしないよ。でも……星の魔女ってすごいんだね」
神の子扱いなんて、少し照れるけれど嬉しい。
「そやそや、リナはん、レオンはん、今日はわしの家でゆっくりしていってや!歓待したるさかい!」
長老がにっこりと笑い、私たちを里の奥へと案内してくれた。
夜になると、里の広場でエルフたちの前夜祭が始まっていた。
光る樹の家々が青白い光を放つ中、プリンプリンのエルフたちが集まってきて、みんなで踊り出す。
私とレオンは木のベンチに座り、目をキラキラと輝かせながらその様子を見ていた。
エルフの踊りは、前に見た魚の踊りとは全く異なるが、どこか共通点があるように感じる。
まず、ムチムチの手を高く上げ、まるで空に星を掴むように優雅に揺らす。
足は軽やかにステップを踏み、プリンプリンのお腹が揺れるたびに笑顔が弾ける。
くるくると回るときは、長い耳がピョコピョコと動き、魚の踊りの波を切る動きに似ているが、もっとゆったりとしている。
そして最後に、両手を広げてフワッと跳ねると、光る髪がキラキラと輝き、まるで星が舞っているようだ。
「わあ……!すごい綺麗!エルフの踊りってこんなに素敵なのね!」
私は感動して手を叩く。
「お前、魚の踊りの時も感動してたよな。情緒大丈夫かよ」
レオンが呆れた顔で言うが、口元は少し笑っている。
「だって全部違っておもしろいわよ。見てて、レオン、この踊り、癒されるから」
私はレオンの肩をつつき、踊りの真似を軽くしてみる。
レオンはその様子を見てまたもクスリと笑った。
「リナはん、この踊りは星実の木に感謝するもんなんよ」
長老が私たちのやり取りを見て頷きながら、笑み、隣で教えてくれる。
すると、踊りに反応するように、里に生えている光る星実がフワッと浮き上がった。
白い光を放つ実が、木の枝からゆっくりと離れ、宙に浮かぶ星屑までもが踊っているように見える。
実が夜空に溶け込むように漂い、そっと地面に落ちてくる。
光る樹の家々がその光に照らされ、里全体が幻想的な輝きに包まれる。
私は息を呑んで、その光景に見入った。
「うわあ……。夢……みたいだわ」
私は立ったまま、恍惚と風景に見とれていた。
「おい、リナ、座れよ。落ちてくる実が頭に当たるぞ」
レオンが笑いながら私を引き戻し、肩を寄せた。
「星実はこの里特有の星の恵みやさかい、食べてみてくだせえ。ごっつ美味いでっせ!」
長老がプリンプリンの手で星実を渡してくれる。
私は落ちてきた星実を受け取る。
丸くて光る実は、手の中でほのかに温かく湿っており、少し柔らかい。
「うーん、どんな味かな?」
私は一口かじってみる。
すると、甘くてジューシーな味が口いっぱいに広がり、スパイシーな香りが鼻をくすぐる。
「!!めっちゃ美味しいわよ!」
私は目を輝かせて叫んだ。
「そんなに美味いのか?」
レオンが興味津々で手を伸ばす。
「ほら、食べてみて」
私はもう一個拾ってレオンに渡した。レオンが一口かじると、少し驚いた顔になる。
「……甘い……けどなんか辛い……?香りがすげえ。結構美味いじゃねぇか」
「星実は里の宝や。たくさん食べて元気になってな!」
長老もにっこりと笑う。
そうして星実が落ちてくるのを食べながら観察し、祭りが一段落した。
長老が、そろそろですね、と言いこちらを見る。
「さあ、夜も更けてきたさかい、今日は我が家に泊まってくださいな」
どうやらおうちに案内してくれるらしい。
私は内心、光る樹の家に泊まるのか、明るすぎて眠れないのではないかとドキドキしていた。
「リナは眠れるか心配そうな顔してるな?」
レオンが私の顔を見てクスクス笑う。
「ごめんなさい、少し気になっただけなので気にしないでください」
私は正直に長老に言った。
「リナはん、心配せんでもええで。こっちや」
長老が笑いながら案内してくれたのは、意外にも普通の木でできたコテージだった。
光る樹ではなく、素朴な木の壁と屋根で、窓から柔らかい明かりが漏れている。
「え、普通の木だ。これなら眠れそう」
「俺はどこでも眠れるからどっちでもよかったけどな」
私はホッとして胸を撫で、レオンは頭のうえで手を組んだ。
「このコテージはお客さん用や。光る樹は慣れんと眠れん人もおるさかいな。ゆっくり休んでくださいね」
長老が優しく言い、コテージの鍵を渡してくれた。
中に入ると、木の香りが漂い、ベッドにはふかふかの毛布が敷いてある。私はベッドに飛び込んだ。
「わあ、気持ちいい〜!すっごく眠れそう」
「おい、リナ、子供みたいにはしゃぐなよ。俺も眠りたいんだから静かにしろ」
レオンが隣のベッドにゴロンと寝転がる。
「レオンだって楽しそうじゃん!」
私は毛布にくるまって目を閉じた。
レオンも布団をかぶったのか布が擦れる音が聞こえる。
「……。実のおかげなのか、すげぇ心地いい気分だな」
レオンがボソッと呟くのが聞こえてきた。
レオンのリラックスした声を久しぶりに聞いた気がする。
久しぶりのベッドは快適すぎて、天にも昇る心地だった。
コテージの中は静かで穏やかだ。
祭りの賑わいが遠くに聞こえる中、私とレオンは泥のように眠りについた。