魚の踊り
湖に着くと、夕暮れの光が水面に映り、キラキラと輝いている。
湖と川の境目には霧が漂い、遠くで魚がピチャピチャと跳ねる音が聞こえる。
星実の木の青い光が水辺に反射し、幻想的で神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「わあ、綺麗……!ここで踊るなんて、なんかテンション上がるね!」
「テンション上がっても踊れなかったら意味ねぇぞ」
「なんや、レオン様は踊らんでもええから、見てて楽しんでや!」
マルクがニヤッと笑う。
「でもさ、どうやって魚に踊りを見せるの?」
私は首を傾げてマルクに尋ねた。
「まあそこはここで踊るって意味やからそんな難しく考えんでもええよ。今までの踊りをくっつけて踊るんや。蝶と魚と草、全部合わせてな!」
「三つ合わせるの!?あんなに難しかったのに?!無理!」
私は頭を抱えて叫ぶ。
「でもやるしかないのよね……」
私は意を決して湖の前で踊り始める。
「蝶はこうで、くるっと……魚は腕振って……草はぴょんって……!」
しかし、動きはぐちゃぐちゃだ。
蝶のステップを踏むと魚の腕振りを忘れ、草の振り付けでぴょんと跳ねるとバランスを崩してよろける。
「おい、リナ、それ何の踊りだよ?カエルとカブトムシのミックスか?」
レオンが笑いながら突っ込んできた。
「もういやよ!踊り無理すぎだわ!」
私は諦めモードで座り込む。もう飽きた……。
もう投げ出してしまいたい気持ちで一杯だ。
「じゃあ、魔女はん、特別やで。頑張ったからな。全部覚えとったし。クリアみたいなもんやろ。仕上げにわてが踊ったるわ!」
マルクが立ち上がって言う。
「え、マルクが!?」
「踊りはエルフの十八番なんや!なかなかのもんやで?」
マルクがニヤッと笑い、湖の前で踊り始めた。
その踊りは圧巻だった。
マルクは長い腕を優雅に広げ、蝶の軽やかな回転を完璧に再現する。
足を滑らかにステップさせ、魚の踊りーーリザードマンの波切りを見事に表現する。
そして最後に、草の球根精霊のぴょんぴょん跳ねを軽快にやってのける。
その動きは流れるようで、湖の水面に映る姿はまるで絵画のようだ。
霧が彼を包み込み、青い光が翅のように揺らめき、私たちは見惚れていた。
「わあ……すごい……!」
私は口を開けたまま、余韻を味わう。
「おい、マルク、かっこよすぎだろ……。サボってた俺、立つ瀬ねぇじゃねぇかよ」
レオンが呆然と呟く。
「ハハハ!どうや、レオン様、魔女はん、感動したやろ?」
マルクが踊り終え、ポーズをしたまま振り返った。
踊っている時とは別人のように親しみやすい顔だ。
「こんな人の前で踊ってたなんて恥ずかしいわ!穴があったら入りたい!」
私は顔を真っ赤にしてうずくまった。
「なんや、魔女はん、そんな気にせんとってや。言ってたやないか。気持ちが大事なんよ」
マルクが優しく慰めてくれる。
「そ、そうよね……気持ち、よね、……」
私は少し立ち直って顔を上げたが、なんだか納得行かない。
これ以上何か言うのも無粋な気がして、散々からかってきた二人に、心の中で正拳突きを食らわせておいた。
「もうそろそろ、ええかな」
同じポーズで固まっていたマルクが、ポーズを解く。
すると、湖の中心からズズズズズ!と音が響き、星実の木が水面からニョキッと生えてきた。
青白い光を放つ幹が伸び、枝が広がる。
枝先がくるくると巻いて鍵のような形になり、ポトリと水辺に落ちた。
「鍵?」
私は駆け寄り、鍵を拾い上げた。
「おお、魔女はん、ワテの踊りが効いたな!これでエルフの里への道が開くで!」
マルクが胸を張る。
「俺、リナの転がり踊り見て笑ってただけなのに、マルクってすげぇんだな。」
レオンが感心した顔で言った。
「ほんとだよね」
私はムッとしてレオンを睨む。心の中で正拳突き二回目だ。
「そやそや、レオン様、魔女はんの転がりも愛嬌あってええやん!」
マルクがフォローしてきたが、フォローになっていない。
「愛嬌って……。まあ、マルクのおかげで助かったよ。次は私が頑張るから!」
私は鍵を握りながら決意表明をする。
しかし、心の中で三回目の正拳突きを食らわせておいた。