焚き火の約束
探検の疲れが、じわりと体に染み渡る。
ちょっと、はしゃぎすぎちゃったかな。
レオンと一緒に森の奥へと足を踏み入れ続けていたけれど、終わりが見えない。
冷たい風が首筋を這う感触に、そろそろ休憩を、と提案した。
幸い、先人が使ったらしい焚き火の跡を見つけ、二人で火を起こすことにした。
レオンが、使い込まれた剣を地面に置く。
ボロボロの刃が、揺らめく種火の光を鈍く反射した。
パチパチと音を立てて燃え始めた焚き火が、温かい光を周囲に広げていく。
冷え切った手を火にかざすと、指先からじわじわと温かさが染み込んでくる。
私は、薬草袋から星涙花の小瓶を取り出した。
崖でレオンが摘んでくれた、小さな青い花。
それが、この中で美しい雫へと姿を変えている。
揺らめく炎に照らされた雫を見つめていると、埃っぽい古い工房の棚が脳裏に浮かんだ。
あの冷たくて、孤独だった部屋で、ひたすら薬を調合していた日々。
あの頃の私に、こんな温かい火を囲む未来なんて、想像もできなかっただろう。
レオンが薪をくべる音で我に返り、焚き火を見つめながら口を開いた。
「ねぇ、星の欠片が地上に『楽しさ』を届けたくて落ちてきたって話、知ってる?」
レオンが手を止め、こちらを見る。
炎に照らされた彼の顔が火照り、無精髭の影が揺れている。
「昔、空の星が地上を見て、『もっとみんなが笑顔になればいいのに』って思ったんだって。それで、小さな欠片を落としたの。それが、星涙花みたいな不思議な花になったり、私みたいな魔女になったりするんだって」
そう言って、小瓶を手に掲げた。
「ああ、有名な子守話だな。ガキの頃、婆さんに何度も聞かされた。まさか、本当にあった話だったとは。あの薬になった花とか、変な蝶とかだろ?」
青い雫が、炎の光を浴びて、暖かな色合いに染まっていく。
孤独だった工房で生まれた私も、この星の欠片から生まれた存在。
あの頃の孤独が、今、レオンと一緒にここにいることに繋がっている事すら、本当に不思議だ。
レオンが、薪をくべながら、目を細めた。
「……昔の俺も、誰かを笑顔にしようとしてたのかもしれないな。」
彼の声は小さく、まるで炎に吸い込まれていくようだった。レオンがそんなことを言うなんて。
彼の瞳は、炎を見つめながら、まるで遠い過去を覗き込んでいるようだった。
泥に沈んでいたレオン、酒に溺れていたレオン。
あの頃の虚しさが、まだ彼の胸に残っているのだろうか。
光る木々に怖がる私に、「俺が斬ってやるよ」と笑いかけてくれた頼もしさがあるのに。
ふざけて「隙あり!」と実を投げつけた時も、彼の笑顔があったのに。
焚き火の炎が彼の顔を照らすたび、あの虚しさが少しずつ薄れていっているように感じるから。
私は、土に絵のような行きどころのない輪を描きながら丁寧に、言葉を選んだ。
「じゃあ…さ、これから一緒に笑顔を作ろうよ。私たちだけじゃなく、もっとたくさんの人の笑顔を。」
焚き火に手をかざし、そう言った。
炎の温かさが手のひらに染み込みじんじんとしてきた。
レオンが、こちらを見る。
炎が、彼の金色の瞳を映し、静かに揺らめいた。
「……一緒に、か。」
「エリクサーなんて大層なものを作る旅なんだから、笑顔は欠かせないでしょ?」
工房の冷たい棚に並んでいた小瓶よりも、この焚き火の方が、ずっと大切だ。
星涙花の小瓶を手に持つと、炎の光が瓶を通り抜け、私の手を暖かく照らした。
あの孤独な日々を抜け出して、今ここにいる意味が、この炎の中にあるような気がした。
「約束だよ。」
私は、星涙花の小瓶を手に、焚き火に掲げた。
「レオンと出会ってから私のルーツを感じるの。なんだか言い伝えの通り、笑顔が好きみたい。だからさ、レオンも、一緒に笑顔を届けようよ。」
炎の暖かさが、私の言葉に重なる。
レオンは、薪を持ったまま、頷いた。
「ああ……約束だ。」
彼の声は俯いたまま小さかったけれど、確かにそう言った。
焚き火の温かさが、二人の間に広がり、冷たい夜を追い払う。
蝶のせいで道に迷った時、能天気な私とは対照的に、彼は責任を感じて酒を断つと決めた。
あのスープの感想を聞いた時、彼の瞳が少しだけ明るくなった。
それからなんだか、気安い関係になってきた気がする。
私は、レオンに目をやる。
言葉は少ないけれど、彼の心がここにあるのがわかる。
あの泥沼から引き上げた時、心の底から嬉しそうな顔をしたレオン。
今は、焚き火の前で、もっと温かいものを感じている。
「ねぇ、レオン。これから何が起こるかな?」
私が尋ねると、彼は少し笑った。
「お前がビビらねぇ事なら、何でもいいぜ」
彼の声が、炎の音に混じる。
私は腰に手を当て、「もう」と怒るふりして笑う。
「もう少しだけ、我慢して。まだ、何かありそうだから。」
焚き火の温かさが、私たちの約束を包み込んだ。