表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/81

焚き火の約束

探検の疲れが、じわりと体に染み渡る。

ちょっと、はしゃぎすぎちゃったかな。


レオンと一緒に森の奥へと足を踏み入れ続けていたけれど、終わりが見えない。

冷たい風が首筋を這う感触に、そろそろ休憩を、と提案した。


幸い、先人が使ったらしい焚き火の跡を見つけ、二人で火を起こすことにした。

レオンが、使い込まれた剣を地面に置く。

ボロボロの刃が、揺らめく種火の光を鈍く反射した。


パチパチと音を立てて燃え始めた焚き火が、温かい光を周囲に広げていく。

冷え切った手を火にかざすと、指先からじわじわと温かさが染み込んでくる。


私は、薬草袋から星涙花の小瓶を取り出した。

崖でレオンが摘んでくれた、小さな青い花。

それが、この中で美しい雫へと姿を変えている。


揺らめく炎に照らされた雫を見つめていると、埃っぽい古い工房の棚が脳裏に浮かんだ。

あの冷たくて、孤独だった部屋で、ひたすら薬を調合していた日々。

あの頃の私に、こんな温かい火を囲む未来なんて、想像もできなかっただろう。


レオンが薪をくべる音で我に返り、焚き火を見つめながら口を開いた。



「ねぇ、星の欠片が地上に『楽しさ』を届けたくて落ちてきたって話、知ってる?」

レオンが手を止め、こちらを見る。

炎に照らされた彼の顔が火照り、無精髭の影が揺れている。



「昔、空の星が地上を見て、『もっとみんなが笑顔になればいいのに』って思ったんだって。それで、小さな欠片を落としたの。それが、星涙花みたいな不思議な花になったり、私みたいな魔女になったりするんだって」


そう言って、小瓶を手に掲げた。


「ああ、有名な子守話だな。ガキの頃、婆さんに何度も聞かされた。まさか、本当にあった話だったとは。あの薬になった花とか、変な蝶とかだろ?」


青い雫が、炎の光を浴びて、暖かな色合いに染まっていく。


孤独だった工房で生まれた私も、この星の欠片から生まれた存在。

あの頃の孤独が、今、レオンと一緒にここにいることに繋がっている事すら、本当に不思議だ。


レオンが、薪をくべながら、目を細めた。


「……昔の俺も、誰かを笑顔にしようとしてたのかもしれないな。」


彼の声は小さく、まるで炎に吸い込まれていくようだった。レオンがそんなことを言うなんて。


彼の瞳は、炎を見つめながら、まるで遠い過去を覗き込んでいるようだった。

泥に沈んでいたレオン、酒に溺れていたレオン。

あの頃の虚しさが、まだ彼の胸に残っているのだろうか。


光る木々に怖がる私に、「俺が斬ってやるよ」と笑いかけてくれた頼もしさがあるのに。

ふざけて「隙あり!」と実を投げつけた時も、彼の笑顔があったのに。


焚き火の炎が彼の顔を照らすたび、あの虚しさが少しずつ薄れていっているように感じるから。

私は、土に絵のような行きどころのない輪を描きながら丁寧に、言葉を選んだ。


「じゃあ…さ、これから一緒に笑顔を作ろうよ。私たちだけじゃなく、もっとたくさんの人の笑顔を。」


焚き火に手をかざし、そう言った。

炎の温かさが手のひらに染み込みじんじんとしてきた。


レオンが、こちらを見る。

炎が、彼の金色の瞳を映し、静かに揺らめいた。


「……一緒に、か。」


「エリクサーなんて大層なものを作る旅なんだから、笑顔は欠かせないでしょ?」


工房の冷たい棚に並んでいた小瓶よりも、この焚き火の方が、ずっと大切だ。

星涙花の小瓶を手に持つと、炎の光が瓶を通り抜け、私の手を暖かく照らした。


あの孤独な日々を抜け出して、今ここにいる意味が、この炎の中にあるような気がした。


「約束だよ。」


私は、星涙花の小瓶を手に、焚き火に掲げた。


「レオンと出会ってから私のルーツを感じるの。なんだか言い伝えの通り、笑顔が好きみたい。だからさ、レオンも、一緒に笑顔を届けようよ。」


炎の暖かさが、私の言葉に重なる。

レオンは、薪を持ったまま、頷いた。


「ああ……約束だ。」


彼の声は俯いたまま小さかったけれど、確かにそう言った。


焚き火の温かさが、二人の間に広がり、冷たい夜を追い払う。


蝶のせいで道に迷った時、能天気な私とは対照的に、彼は責任を感じて酒を断つと決めた。

あのスープの感想を聞いた時、彼の瞳が少しだけ明るくなった。

それからなんだか、気安い関係になってきた気がする。



私は、レオンに目をやる。

言葉は少ないけれど、彼の心がここにあるのがわかる。

あの泥沼から引き上げた時、心の底から嬉しそうな顔をしたレオン。

今は、焚き火の前で、もっと温かいものを感じている。


「ねぇ、レオン。これから何が起こるかな?」

私が尋ねると、彼は少し笑った。

「お前がビビらねぇ事なら、何でもいいぜ」

彼の声が、炎の音に混じる。

私は腰に手を当て、「もう」と怒るふりして笑う。


「もう少しだけ、我慢して。まだ、何かありそうだから。」


焚き火の温かさが、私たちの約束を包み込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ