不気味な木
「この蝶、どこに向かってんだろうな、リナ?」
「知らないわよ。もう足がパンパンだわ!」
息が上がり、肩で荒い呼吸をしながら、私は少しスピードを落として深呼吸をした。
蝶の鱗粉が、甘い香りを漂わせているのがわかる。
道の先に、光る木が見えてきた。
青白い光を放つ幹がうねり、枝からは粘り気のある透明な樹液が滴り落ちている。
蝶たちはその樹液に群がり、翅を震わせながら吸い始めた。
「この木の樹液を求めて集まっていたのね!」
「こんなに蝶が集まるのなんて、初めて見た。なんていうか……きめぇな……」
枯れた枝にびっしりと群がる蝶は、遠くから見れば生い茂る葉のようにも、花のようにも見える。
近づくと、木の根元でゴソゴソと動く音が聞こえた。
さらに目を凝らすと、小さな虫が樹液に引き寄せられ、粘り気のある枝に絡まっているのが見えた。
突然、枝がシュルッと動き、虫を巻き取ると、グチャリと潰す音が聞こえた。
「うわっ?!」
私が飛び退くと、レオンが警戒する。
「蝶が連れてきた虫を捕食してるぞ。やっぱきめぇ……大丈夫かこれ」
「この木、星の欠片の気配がするわ。こういう不思議なやつは大体そうなの。だから、害を加えなければ人間は無事だと思う。星は人間が好きだから。」
「星の欠片?お前の…もと?みてぇなやつだろ?不思議っつーと……確かに、確かにあり得ねえ光景だよ。大丈夫ならいいんだけどよ……。」
チカチカ光る青白い蝶、同じ色でぼんやり光る木も集まれば眩しい。空ははすっかり暗いはずなのに明るいことがレオンには少し心地悪いようだ。
レオンは金色の瞳を細め、辺りを見渡して苦い顔で剣の柄を撫でる。
私はそんな彼を横にメモを取り出した。
「ちょうどいいわ、探検しましょう、レオン!」
「おいおい、こんなわけわかんねぇところで正気かよ?!」
レオンはボロボロの剣を手に持ち、構えながらも、口元は上がっていた。
「って言う割に嫌そうな顔じゃないわ」
「っッたく。少しだぞ。」
素直じゃないレオンとワクワクが止まらないわたし。
私たちは、少しばかりの高揚感を覚えながら、光る木の奥へと足を踏み入れた。
光る木が続く道は、まるで迷宮のようだ。
うねる幹が道を塞ぎ、絡み合う枝がトンネルを作っている。
ギチギチと幹は音を立て、蝶がチラチラと瞬く。
少し進むと、巨大な魔物が枝に絡みつき、グルグル巻きにされていた。
樹液がドロドロと溢れ、魔物の体を潰して歪ませている。
「うわっ、気持ち悪い!」
私が顔をしかめると、レオンがケラケラと笑いながらからかってきた。
「おー。デカい!すげぇな!」
「ねえ!!なんでテンション上がってるの?!」
「お前、よく見ろよ。あの角、ハート型になっているぞ。ハハハ!」
「今はそんなことどうでもいいの!」
「怖いなら、俺が斬ってやろうか?ほら!シュッ!」
「あなたが斬ったらもっと気持ち悪くなるわ、この ドジっ子剣士!」
レオンが細身の体で剣を振り回す真似をし、私は笑いながら彼の肩を叩いた。