レオンの決意のスープ
隣で、ボサボサの茶色い巻き毛が揺れている。
柄だけは高そうな剣が、歩く度にガシャガシャと音を立てた。
希望の雫で元気になったはずなのに、細身の体はまだフラフラと揺れて少し心配になる。
「おい、見過ぎだぞ」
「レオン、やっぱりまだヨロヨロしてるわね。大丈夫なの?」
「……少し、ふらつく程度だ。」
大きな口が半月形に笑うが、無精髭が伸びた顔は、どこか青白い。
虚勢を張っているのがバレバレだ。
「あーもう!無理しないでよね。疲れを取るポーションを作るから。」
私は薬草袋から数枚の葉を取り出し、近くの石の上でゴリゴリと潰した。
簡単な調合だが、これで十分だろう。
緑色の汁と水魔法を小さな瓶に詰め、それを振ってレオンに渡す。
「身体の疲れを取るポーションよ。試してみて。」
「こんなのもあるのか。」
レオンは瓶を傾け、グイッと飲み干す。
肩を回して笑った。
「効く!なんだかシャキッとするぞ!」
「そんなに早く効かないはずだわ。この薬を飲んで、夕食を食べれば、少しずつ力がついてくるはずよ。」
私はクスクスと笑い、飲み干した瓶を受取る。
レオンは感心したように「どうも」と言いながら、私の頭を撫でようとした。
さすがに馴れ馴れしいので、私はそれを振り払う。
その時、森の小道で、光る蝶の群れが現れた。
青と金の翅が、ふわふわと空を舞い、逃げ去っていった。
「星が落ちてくる時に似ているわね」
私は首を伸ばして、その光景に見入った。
「光る蝶だ。この森では珍しいが、昔からいるんだ。鱗粉が光って、見ているとぽーっと幸せな気分になるんだぜ。」
「…!!星の力がありそうね!薬効があるか調べてみたいわ。」
私はメモを取り出し、スケッチを始めた。
翅が光るたびに、小さな光の粒が落ちてきて、頭がぼんやりと心地よくなってきた。
「鱗粉に…何か……効果がありそう……。」
蝶の形と光る粒を薬の古書と照らし合わせながら、私は唸りながら歩いていた。
そして、また道に迷ってしまった。
「あ!?あれ!?!また迷ってるわ!」
「確かに変だな……。この鱗粉、頭がぼーっと幸せなんてもんじゃねぇな。来た道も方向も、よく分からなくなってきたぞ」
レオンがポンと手を叩き、頭を掻く。
やってられねぇ、と、木の根元に腰を下ろし足で空を蹴った。
「はあ……私達が迷ったの、この子達のせいだったのね」
「こんな事あるんだな。妙ちきりんな蝶だと思ったんだ」
「気にしないで良いのよ。分からない事なんてこの世に数え切れないくらいあるんだから。」
気にしていない。私の気持ちは本当だった。
悩むよりも、楽しむ。
これから何をするか考えるほうがよっぽど良い。
それを示すように笑うと、レオンは眉を寄せた。
「お前みてぇに呑気に考えらんねぇ……。酒のせい……か?自分が情けねぇ………。」
「お酒、まだ持ってたの?」
「気付け用のだよ。飲用じゃねぇ……。チビチビ飲んでたんだ。呑んでたって、こんなミスしたことなかったのに。」
「ちょ、レオン!思い詰めすぎ……」
あまりに思い詰めているレオンを慰めるように言葉を選ぶと、遮るように声が被さってきた。
「ッいいんだ!もうやめる。この酒でスープを作って、最後にする。」
レオンはポケットから小さな酒瓶を取り出し、中身を自分の野営用の粗雑な鍋にドボドボと注ぎ込んだ。
そして、ピヨピヨウサギの残り肉を二つに切り、鍋に放り込み、森の葉を適当にちぎって入れた。
「本当に大丈夫?!食べられるもの入れてる?!?」
「食べてみれば分かる!」
鍋を焚き火にかけ、グツグツと煮込むと、酒の香りと肉の旨味が混ざり合った、濃厚な匂いが漂ってきた。
見た目はワイルドだが、意外と美味しそうなスープが出来上がる。
「ほら、リナ、食べろ。」
スープを椀に注ぐと、肉の脂が浮かび上がり、葉が良いアクセントになって彩っている。
「えぇ、毒味ぃ〜?」
軽口を叩きながら、口に含む味に私は少しホッとする。
食べられる葉だったようだ。
一口飲むと、酒のほろ苦さと肉のコクが広がり、体が温まった。
「やるじゃない。」
「俺の決意の味だ」
レオンがしたり顔でこちらを向くので「はいはい、ありがとうね」と適当に返事をし、スープを味わった。
スープを食べ終わる頃、すっかり日が落ち、光る蝶が大量に集まり始めた。
青と金の翅がひらりひらりと飛び回り、何かが始まりそうな気配だ。
「蝶が一気に移動し始めたわよ!何かあるんじゃない?」
「……よし!追いかけてみるか!」
レオンは剣を手に立ち上がり、私も薬草袋を背負った。
「その調子よレオン!ワクワクしてきたわね!」
蝶の群れは森の奥へと飛び始め、私たちは急いで火を消し、その後を駆け足で追いかけた。