第四王子が男爵令嬢とランチをしたら侯爵家の婿入りがなくなって国外追放になった話
乙女ゲームの定番を攻略対象から観たら。
僕はハルツへルム王国の第四王子だ。
ハルツへルムは中堅国家というところで、大国でも弱小国でもない。
軍備は最小限にして、特産品の輸出と貿易で周囲の国と上手くやっている。
つまり平和だ。
長兄は既に立太子していて隣国の王女を迎えて跡継ぎも生まれている。
だから第二王子以下の王族の臣籍降下が進められていて、僕もライノルト侯爵家に婿入りが決まっているんだけど。
僕の婚約者であるライノルト家の長女、マリーシアが定期的に開かれる二人だけのお茶会の席で言った。
「殿下は最近、メアリー・スカラ男爵令嬢と親しいと聞きましたが」
「親しいというか、時々一緒にランチしているくらいだが」
「醜聞になっております」
聞いた事がない。
ちらっと護衛をやってくれている同級生の騎士を見たらかすかに首を振った。
そんな事実はなさそうだ。
「そんなことはない。他にも何人か同席している」
「女性はメアリー様おひとりと聞きましたが?」
「婚約者のいる淑女を我々と同席させるわけにはいかないだろう」
マリーシアはため息をついた。
「その状況が醜聞だとお気づきにならないのですか? 複数の殿方が一人の淑女に侍る。それは『逆ハー』でございます」
何だそれは?
聞いた事がない言葉だ。
「逆は判るがハーとは何だ」
「ハーレムの略でございます」
それも知らない言葉だ。
「聞いた事がないが。ハルツへルム語ではないのか」
「そうですね。遠くの国の言葉で、一人の殿方が複数の女性を侍らせる状態を意味します」
マリーシアは妙に物知りで、時々僕には判らない単語や言葉を平気で使う。
婚約者が博識なのは悪い事ではないとは思うがちょっと気に障る。
「……なるほど。つまり逆ハーとは一人の女性が複数の男を侍らせるという状況か」
「ご明察でございます」
いや、そこまで説明されたら馬鹿でも判るが。
「我々とメアリー嬢はそのような関係ではない。そもそも私は別に侍ってなどいない」
「外部から観るとそう思われることが問題でございます」
そう言われればそうかもしれないが、学園の食堂で一緒に飯を食べたくらいで醜聞になるだろうか?
そんなことを言い出したら王家の者は誰とも一緒に食事したり遊んだり出来なくなってしまう。
僕は王家の者なので、護衛とお付きを兼ねて数人の貴族令息が常に一緒にいる。
不貞なんかしようがなかろう。
それを言ったらため息をつかれた。
「殿下はもちろん、お付きの皆様も美形でございます。その方々が一人の貴族令嬢を囲んで和気藹々と過ごすこと自体、噂を呼びます」
「そんなものか」
僕やみんなはもちろん、メアリー嬢だってそんな気はないんだが。
メアリーは貴族と言っても商売で成功して授爵した元平民の娘だ。
妾ならともかく室どころか愛人すら身分差がありすぎて無理だ。
そもそもメアリーは自分の実家で開発したとか言う画期的な商品をこっそり融通してくれているだけだ。
僕が直接効果を見たいと言ったらランチにかこつけて実演してくれた。
色っぽい話はまったく出なかった。
それが何で醜聞になる?
「お判りになられないようですので、このお話はここまでに致します」
マリーシアは話を打ち切った。
我が婚約者は時々、意表を突く論理を展開してそのまま自分で納得して終わらせる癖がある。
僕はあんまり気にならないけど、人によっては苛つくんじゃないかな。
その後、僕とマリーシアの婚約は解消されて僕は3つ隣のナバテア王国の公爵家に婿入りすることになった。
お相手は僕より2つ年下だそうで、まあまあ良い縁だと思う。
僕の護衛やお付きをやってくれていた仲間達は別れを惜しんでくれたけど、王族に生まれた以上避けては通れない道だ。
僕たちの結婚は100パーセント政略だから。
出発する前にマリーシアとちょっと話す機会があったけど、なぜか哀れみの目で見られた。
「だから忠告いたしましたのに。つまらない醜聞でライノルト侯爵家を継ぐ機会を棒に振っておしまいになって」
「そうかもしれないね」
「婿入りという形で国外追放など。ストーリー通りになって残念でございます」
またよく判らない話になったので、僕は曖昧に笑ってやり過ごした。
正直、一見まともに見えて妙な論理で人を貶したり惑わせたりする妻と一緒にならなくて助かったという気もしている。
そもそもこの婚約は便宜的なものだと密かに聞かされていたんだけど。
侯爵家も婚約がいずれ解消されることを前提に王家に協力していたはずだ。
マリーシアは知らなかったらしい。
王家や高位貴族家の婚姻はすべて国家のために結ばれるってことが判ってないんだろうな。
変な知識はあるのに、そこら辺の「常識」が抜けているって。
まあ、僕もマリーシアも親密にはなったけど愛とか恋とかには発展しなかったからいいか。
それより僕のこれからだ。
新しい婿入り先がどんな所か判らないが、国際間の政略婚姻なので僕を無下には出来ないはずだ。
僕に何かあったら国と国との問題になるからね。
こんなこともあろうかと、婿入りさせられそうな国の言葉を学んでおいて良かった。
だから僕は数カ国語に堪能だし日常会話程度なら周辺の大抵の言葉を操れる。
これ、公爵家の婿としては得がたい資質なんじゃないかな。
准王族だから国際的な社交も必要だろうし。
出発の時に長兄である王太子が言ってくれた。
「急に決まってすまん」
「いえ、覚悟はしていましたから。というよりは僕みたいな便利な駒を国内の貴族家に婿入りさせるメリットがあまり無いような気がして、むしろ予期していたというか」
「話が早くて助かる。ライノルト家は大して重要な家ではないからな。お前を欲しいと言ってくる連中から逃すために令嬢と婚約させていただけだ」
「やっぱりですか。でもマリーシアには迷惑をかけてしまいましたね」
17歳にもなって婚約が解消になったんだから、婿取りには苦労しそうな気がする。
「何、腐っても侯爵家だ。婿入り希望者はいくらでも湧いてくる。王家が責任を持って斡旋する。心配することはない」
「それなら良いのですが」
「そういえば令嬢が醜聞だと騒いでいたようだが、どうなのだ? 一応、調べさせたがそんな噂は確認出来なかったんだが。何とかいう男爵令嬢だったか?」
「スカラ家のメアリー嬢です。商人としては結構なやり手ですよ。僕もこっそり舶来の嗜好品を融通して貰っていました」
「それだけか?」
「接触する機会がランチしかなかっただけです。まさか醜聞とか言い出されるとは。しかもマリーシアはそのせいで僕が国外追放になったと思っているみたいでした」
「何というか、不思議な令嬢だな。政略を理解出来ないのは無理もないが、国外追放というのはいただけない。幸い、本人が騒ぎ立てただけで誰も本気にしていなかったようで助かったが。
だが下手に噂でも伝わったらナバテア王家の気分を害する可能性もある。よし判った」
王太子である長兄が「判った」ってちょっと怖いんだけど。
でももう僕には関係ないから忘れよう。
頑張れ、マリーシア。
国外追放って、相手側の国が了承しないと出来ないんですよ。
日本で犯罪を犯した外国人を国外追放しようとしたけど、そいつの母国に拒否されて留置し続けているケースも多いとか。
王族や高位貴族なら追放じゃなくて受け入れて大歓迎です。