上方落語「八五郎坊主」
原作:上方落語「八五郎坊主」
台本化:霧夜シオン
所要時間:約25分
必要演者数:4名
(0:0:4)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
八五郎:自分の事をつまらん者だという男。
親兄弟なし、嫁なし、子供なし、家なし、
仕事なし、そしてそれをどうしようという知恵もなし、と
のたまって、いっそのこと坊主にでもなろうと懇意の仲の甚兵衛
に頼み込む。
甚兵衛:八五郎と親しい仲の人物。出家したいという八五郎の願いを叶え
るべく、懇意な仲のずく念寺の住持に出家を依頼する手紙を書く
。
住持:ずく念寺の住職。親しい仲の甚兵衛からの依頼で、八五郎の出家を
執り行う。
伴僧:ずく念寺の伴僧。伴僧とは法事などで、導師につき従っている僧の
ことを指す。
竹公:八五郎の友達その1。
芳公:八五郎の友達その2。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
八五郎:
甚兵衛・語り・枕:
住持・竹公:
伴僧・芳公:
枕:えー、しばらくの間、一席お付き合い願います。
わてら日本人は漢字、ひらがな、カタカナを主につこて、今日まで
生活してました。
日本語の難解な所、おもろい所に、同じ言葉やのに漢字が違うたら
意味もちゃう、ちゅうものがあるんで。
この八五郎坊主も同類項ちゅうたぐいの噺で、読みは同じでも意味や
字はまったく異なるものがいくつか出てくる。
ある所に、家族も仕事も家すらあれへん、八五郎ちゅう男がおった。
どういうわけか一念発起し、仲のええ甚兵衛さんの元を訪れるとこか
ら、話の幕が上がろうちゅうわけで。
八五郎:甚兵衛はん、こんにちわぁ。
甚兵衛:あぁ八五郎はんかいな。こっち入んなはれや。
八五郎:だいぶに涼しなりまして。
甚兵衛:しのぎやすなったなぁ。
ここまで来たら、あとへぶり返すようなこたないと思うで。
八五郎:結構なこってす。
甚兵衛:あぁ、結構なやっちゃ。
八五郎:あのぉ…わてちょっと聞いたんですけど。
つまらん奴は坊主になれちゅうことをばね。
甚兵衛:ああ、「つまらん奴は坊主になれ」なぁ。
そんなことわても聞いた事があるなぁ。
八五郎:よぉ考えてみたら、わてがそのつまらん奴やと思うんでね。
いっそのこと坊主になったろか思うんですけどね。
どこぞに心安いボンサンおまへんやろか。
心安ぅいボンサン。
甚兵衛:これこれ、汚らしそうにボンサン、ボンサン言うねやないがな。
しかしながら、おまはんはつまらん奴かい?
八五郎:えぇつまらん奴でんがな。
考えてみたら、わてほどつまらん者おまへんで。
親はなし、兄弟はなし、嫁はんはなし、子供はなし、家はなし、
仕事はなし、またそれをどぉしょうという知恵もなし…。
もうこの上はいっそのこと坊主にでもなって…。
甚兵衛:これこれ、坊主、坊主と言うねやないがな。
まぁ、悪い思案でもない。昔からええ事が言うたぁる。
「網代の駕籠に乗って道中でけんのは医者か出家や」
てなことが言うてあるよってにな。
おまはんが出家してボンサンになるちゅうのは、結構なこっちゃ。
八五郎:そうですか。
どこぞに心安いボンサンおまへんかな?
甚兵衛:そうやなぁ…下寺町の「ずく念寺」さんやな。
わい向こうのお住持すぁんとは心安ぅさしてもろてんねんで。
八五郎:さよで。
ほなひとつ、手紙一本書いてやってもらえまへんかいな。
「この男、明日から一味の手下にしてやってくれ」
っちゅうことをね。
甚兵衛:これこれ、盗賊の仲間入りすんねやないがな。
「一味の手下にしてやってくれ」っちゅう奴があるか。
おまはんは一旦言い出したら、あとへ退かん男やよってな。
よっしゃ、これから手紙一本書いたるさかい。
八五郎:ひとつ、よろしゅうお頼申しま。
甚兵衛:わかった、ちょっと待ってなはれや。
あぁそうそう、手紙を書いたら、あとに封をせなならん。
糊を切らしてるで、ご飯粒持って来といてもらいたいねん。
八五郎:あぁ、台所でっしゃろ。
勝手知ったる他人の家や…お、あったあった。
おひつの蓋を……
わ、わぁ~…湯気がぬくぬく~っと上がったるがな。
うまそなご飯やなぁ、ピカピカっと光ったるなぁ…。
ここんとこ、これというもん食うてないわ…。
よっしゃ、ちょい呼ばれたろ。
はふ、はふ、熱っつぅ~、むぐ、むぐ、うんまぁ~…
甚兵衛:【↑の語尾に被せて】
これ! 何してなはんねん!?
八五郎:!あ~…ちょいとお櫃が見あたりまへんねんけど。
甚兵衛:ほぉ~、嘘つかんかい。
こっからよぉ見えたるがな。
八五郎:……見えとりますか。
バレてもうたらしゃあない。
…どうぞ。
甚兵衛:おまはんはアホか、手紙に封するだけやんけ。
一粒二粒あったらえぇねがな。
八五郎:あぁ、さよか。
こんなぎょうさん要りまへんのん?
手のひらに山盛り…これお櫃に返してきまひょか?
甚兵衛:お櫃に返してきまひょかて、おまはん手は綺麗か?
八五郎:あ、今までティンティン触っとった。
甚兵衛:んなアホなこと言うねやないがな!
んなもんお櫃に返されてたまるかいな!
みんな食べてまいなはれ。
八五郎:ほな頂戴します。
むぐ、むぐ…
いま言うたんみんなウソなんや。
あない言うたら食うてまえ言うやろ思て…、引っかかったなぁ。
甚兵衛:騙さんといてな!
で、ひと粒残したんか?
八五郎:あ、みな食うてしもた。
甚兵衛:そういう男や、頼んない。
早よこっち持ってきなはれ。
八五郎:はい、どうぞ。
甚兵衛:…今度は早かったなぁ。
こういうもんは半粒もあったらええので、
後の半粒はわてが食うてまお。
むぐ。
八五郎:…あんた、食べなはった?
うわぁ、今のん食べなはった!?
甚兵衛:なに喜んでんねん。
八五郎:それ、猫のメシでっせ。
甚兵衛:何じゃ、生臭いと思たがな…!
ま、気づかう事ないで。
昔、和泉の郷の飯野佐太郎いうお人はな、
お便所に落ちとるご飯粒を、もったいない言うて食べるような
暮らしをして、一世一代の分限者になられたんや。
猫のメシいただくぐらいは結構なこっちゃ。
八五郎:ほな、もっと持ってきまひょか?
甚兵衛:これ、アホなこと言いな!
…ま、なんじゃかんじゃ言うてるうちに、手紙が書けたでな。
これ持って行といなはれ。
八五郎:おおきに。
で、場所はどこでしたかいな?
甚兵衛:下寺町のずく念寺さんや。
大きな銀杏の木があるさかい、それ目印に行きなはれ。
八五郎:ほな、そうしますわ。
おおきにー。
語り:とまぁおもろい男があったもんで、紹介状を一本懐へ入れて
下寺町へやって参った。
お目当てのずく念寺を、おっきな銀杏の木ぃ頼りにすぐ見つけ出す
。
尊いお寺は御門からちゅうのを表すかのような立派な山門を入ると
、片方には釣鐘堂、板石が敷き詰めてありまして石畳、
左右には鶏頭の花が真っ赤に咲いとる。裏手へ回ると台所。
寺ではこれ庫裏と申しまして、一間半一つ折ちゅうおっきなガラガ
ラ格子。
八五郎、無遠慮にガラガラ、ガラガラ、と開けまして、
八五郎:こんちわァ…ごめんやす。
伴僧:なまんだぶ、なまんだぶ、なまんだぶ、なまんだぶ…。
!おや、どなたさんで?
八五郎:見ての通り人間じゃ。
伴僧:どちらから参られた?
八五郎:あちらから。
伴僧:どないして来られた?
八五郎:歩いて。
伴僧:はは…おもろいお人じゃなぁ。わては当寺の伴僧じゃ。
八五郎:晩僧が昼に出てくるとはこれいかに?
伴僧:ははは、おもろいお人じゃ。
八五郎:おじゅっすぁんは?
伴僧:お住持は在宿じゃ。
八五郎:はぁ、どこの在所へ?
伴僧:在所ではない在宿、宿にござる。
八五郎:どこの宿屋へ?
伴僧:宿屋ではない、奥で書面をしたためてござる。
八五郎:ほお、おじゅっすぁん、淋病でんな。
伴僧:何でじゃ?
八五郎:奥でしょんべん調べてる。
伴僧:なにアホな事を…そらおもろない。
なんしか、付いて来なはれ。
語り:奥へ通りますとお寺のおじゅっすぁん、
上等の置物みたいに座布団の上へ丸うにちょこんと座ってなはる。
住持:甚兵衛さんのとこからのお使いとは、自分さんかいな?
八五郎:当寺のおじゅっすぁんとは、自分さんかな?
住持:手紙を拝見いたしましたぞ。
文末に「この男、少々愚かしい」てあるんやけど、こらぁ?
八五郎:ええ、少々愚かしいねん。
皆がそう言うてくれまんねん。
なんやったら近所で聞いてみてくれへん。
住持:わても嘘やとは思えへんが…。
出家得度をしたいとあるけど、心発願やらかいな?
八五郎:アホらしもない、当座の融通坊主でんがな。
住持:何にしても結構じゃ。
「一人 出家をとぐれば九族天に招ず」
とありますでな、
さ、気の変われへんうちに頭を丸めまひょ。
あー智円、智円や。
八五郎:鎖かいな?
住持:智円ちゅう小坊主を呼んでおるんじゃやで。
おお来たか。小ダライに水をくんで持ってきなはれ。
そなたはこちらへ来て、あちらを向いてお座りを。
水で頭を湿すさかいな。
顔を洗うのちゃう。飲んではいかんで。
さ、頭を湿して…。
なまんだぶ、なまんだぶ…さ、頭を丸めんねん。
八五郎:何のかんのと、ヤマコ坊主やな。
住持:これ、ヤマコ坊主言う人があるか!
なまんだぶ、なまんだぶ……。
【二拍】
さ、でけましたぞ。
八五郎:そういうたら、頭丸めると人相が変わるなんてこと言いまんな。
鏡、貸してもらえまへんか?
伴僧:寺方に鏡はあれへん、後で前の水鏡で見てみなはれ。
住持:さ、これに着替えなはれや。
伴僧:寺方ではねずみの衣にねずみの着物、
ねずみの前掛けを締めるんや。
八五郎:はぁー、こらネズミづくしでチュウな風やなあ。
生涯猫のねきへ寄られへんな。
住持:これ、要れへんこと言うでないねん。
次におまはんの名を付けないかん。
八五郎:わて、がらっ八の八五郎ちゅうんで。
住持:ふむ、がらっ八ちゅうんはあれへんな。
ほな俗名の八五郎から八の字をとって、仏法の法の字と合わして
「八法」、はどうじゃな。
八五郎:八法…八方ふさがりてなこと言いまんな。
あんまりえぇ名前やおまへんな。
住持:ほな「六法」はどうじゃ?
八五郎:六法でっか…う~ん、なんか法律のみたいやな。
せめて「ごけ」ならなぁ。
住持:せやったら、仏法の法の字に春の字を付けて
「法春」とはどうじゃな?
八五郎:「法春」…麻疹も軽けりゃ「ほうしゅん」も軽い。
ハハハ…麻疹も軽けりゃ疱瘡も軽い。
ハハハハハ…こらおもろい。
伴僧:何のことじゃ?
八五郎:麻疹も軽けりゃ、疱瘡も軽い。
シャレ言うてまんねん、ハハハ…。
麻疹も軽けりゃ、疱瘡も軽い。
…わて、何ちゅう名前でしたかいな?
住持:いま言うたところじゃぞ。
「法春」じゃ。
八五郎:「法春」、麻疹も軽けりゃ法春も軽い。
ハハハ……麻疹も軽けりゃ疱瘡も軽い。
両方軽けりゃ有難い、ハハハ……。
わて、何ちゅう名前でしたかいな?
伴僧:呆れたお人やな、あんたは。
住持:そうやって尻から尻と忘れられてはどうにもならん。
だが気遣うことはあれへんねん。
昔インドの国、釈尊のお弟子にハンドクちゅうお方があった。
このお方が自分さんと同じように、おのが名前を覚えることでけへ
ん。
だが釈尊はお叱りにはならなんや。
覚えることでけなかったら、覚えられるようにして覚えるとよい。
おっきな板切れにごわしの名前書いて、これ担いで歩きなさった。
このお方がついには立派なご出家となってご遷化をなさった。
するとこの方の墓の周りに見知れへん草が生えだした。
これが今でいう「茗荷」じゃ。
そこで、草がんむりに名を荷うと書いて「みょうが」て読む。
また、茗荷食べると物忘れする言うねん。
いわれを聞いたらありがたや。
なまんだぶ、なまんだぶ…。
紙に書いたったから、これで覚えなされ。
八五郎:おおきに。
わて、ちょい甚兵衛はんとこ行きとまんねん。
礼も言いとおますし。
住持:結構じゃ。
わてからもよろしゅうにな。
八五郎:分かりました。伝えときますわ。
住持:ああこれ、いったん出家得度をしたからには、魚類はならんぞ。
八五郎:わて、どっちかいうたら、行水より風呂のが好きや。
住持:行水ではない。
魚類、魚気のものはいけんぞ。
また、言葉遣いにも気ぃつけなならん。
今までのようなぞんざいな言葉はいかんで。
なに言われても「はいはい、愚僧かいな…」てな。
八五郎:へいへい。
住持:へいへいではない。
はいはい、愚僧かいな、じゃ。
八五郎:はい~い、はい、小諸~~。
伴僧:寺の門は暮れ六つに閉まるさかい、それまでに帰ってきなはれ。
八五郎:分かりました、おおきにー。
伴僧はん、今日から寺の一味です、よろしゅう。
ちょい甚兵衛はんとこ行ってくるけど、
帰りしなに鶏の首キュ~ッとひねってきますよってに、
今晩、鶏のスキヤキで一杯呑んでワァ~ッと大騒ぎしまひょ。
伴僧:なに言うてるんや。鶏も生臭やさかい、
あかんに決まってるやろう、ってこら、聞かんかい!
語り:やらとアホが無茶言いまして、伴僧の声も聞かず表へ飛び出した。
そこへ十月の乾いた風が、坊主頭にぴゅーっと吹きかける。
八五郎:頭スカスカやな。衣も袖が長いな、こんなんくくってまうか。
よいしょっと、ちょい尻からげして…、
なんか分かれへんけど、嬉しなってきたな。
わても今日から坊主や。
えぇ~♪ 坊主山道破れた衣、行きし戻りが気にかかる、
チョンコチョンコ。
おもろなってきたなぁ。
えぇ~♪ 坊主抱いて寝りゃかわゆてなれへん、
どこが尻やら頭やら、うわぁ~いッ!
竹公:なんや派手なボンサンが歩いて来よるで。
尻からげして、チョンコ節歌いながら歩いて来よる。
芳公:ありゃ、八と違うんか?
竹公:ハチ?
このごろ仁輪加の稽古しとるちゅうとったけど、
稽古の戻りとちゃうか?
芳公:頭、地頭やで?
おい、ハチぃ!
八五郎:はいはい、愚僧かいな。
竹公:何ぬかしてけつかんねん、犬の糞みたいな顔しやがってから…。
八五郎:甚兵衛はんのお世話で、今日から坊主になったんや。
芳公:出家するてなこと結構なこっちゃ。
名前付けてもろたやろ?
八五郎:これに書いてもろてん、見てや。
竹公:えぇ~、上の字がこれ「ほう」、下の字が「はる」、
おまはんの名前、「ほうばる」かいな?
八五郎:ほうばるてな名前やなかった思うぞ。
読みよう変えてみてや。
芳公:ほな、下のほう「春」やろ…?
あっそうか、春日神社ちゅうんがあるな。
ちゅうことは、下は「かす」か。
「ほかす」かいな?
八五郎:きょう坊主になったとこやあれへんか。
そんな早いことほかさんといてや。
おかしいな、もういっぺん読みよう変えてみてや。
竹公:御法と書いて「みのり」か、上が「のり」、
おまはん、「のりかす」か?
八五郎:のりかすぅ?
だんだん向こうへ行くような気がするが…。
読みよう変えてみてやて。
芳公:何ぼ変えたかて…、上は「ほう」、下は「しゅん」。
あっ、「ほうしゅん」か?
八五郎:「ほうしゅん」、麻疹も軽けりゃ法春も軽い。
ハハハ、麻疹も軽けりゃ法春も軽い。
ハハハハハ分かった、分かったで。
竹公:お、わかったか?
八五郎:わての名前はな、「はしか」ちゅうねん。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
桂枝雀(二代目)
三遊亭百生(二代目)
※用語解説
・ヤマコ(山子):ヤマコを張るとは大風呂敷を広げること。
大阪の古い方言で「大きな事を言う」の意味らしい。
ヤマコ坊主は「大きな事言ぃのボンさん」となる。
・仁輪加:にわか、俄か。
ここのにわかはおそらく、にわか狂言かと思われる。