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9 sideアレン


ーーー最近、教会に妙なやつが入り込んでいる。


そんな話を孤児院のガキ共から聞いた俺は、「またか」と思った。


前回は、コレット先生を妾にしようとした下級貴族の三男だか四男だかが、教会への寄付を名目にしつこくコレット先生へ言い寄っていた。

その前は、孤児たちを安い労働力として扱き使おうとした組合のおっさんが神父様を何度か訪ねていた。


まったくどうして、日々を生きるのに精一杯な人間から、何かを奪おうとするのか。心底腹が立つ。貴族のボンボンとか、でかい商会のドラ息子とかは特に嫌いだ。金と欲だけは持て余してやがるからな。



俺は、この陽耀教の教会たる第2ベローチェ教会に併設された孤児院の元孤児だった。物心ついたときから親はいなかった。覚えている一番古い記憶は、同じ孤児だったやつらと食い物を漁っていたところを大人に追い掛け回されたことだ。


ろくでもない人間だったのは確かだが、ローゼン神父とコレット先生はそんな俺たち孤児をなんとか真面な道で生きていけるよう一生懸命助けてくれた。身分を教会で保証し、町の組合や商会を何度も訪ね、働き口を探してくれた。字の読み書きや計算の仕方を教えてくれたのも神父と先生だ。


あいにく俺は文字を書いたり頭を使うより、体を動かすほうが得意だったので冒険者になったが、孤児の仲間達の中には、工房の見習いや商会の事務員見習いとして雇ってもらえたやつもいる。


ローゼン神父とコレット先生は、確かに厳しいけれど、一番に俺たち孤児のことを考えてくれた。

ろくでもない人間ばかりの世界だけど、この二人は、他の人間とは違うんだ。


だからこそ、俺は二人を、そしてこの教会と孤児院を守らなきゃいけない。それこそが、ろくでもないガキだった俺が曲がりなりにも独立できたことの、唯一の恩返しだから。


幸いにも俺は身体がでかい。冒険者という荒事に近い仕事ゆえに、自然と筋肉もつき、気づけば工房の職人たちより大柄な身体になっていた。大抵のやつは俺が一発凄んでやれば、そそくさと帰っていく。


今回も、教会に入り込んでいるその妙なやつを、軽く脅しつけて追い返してやろうと思っていた。



なのにーーー。


「ほらアレン。見てごらんよ。7歳のキャシーのほうが君より上手に魔力操作ができているよ」


「う、うう、黒服のおにーちゃん、これ、けっこう疲れる…」


「頑張るんだ。魔力操作の練度は如実に魔法の精度に影響するからね」


「れんどー?にょじつ?なにそれー!!」


「怪しいにーちゃん!おれにもまりょくそーさ教えてくれよ!」


ーーーどうしてこいつは孤児院に馴染んでいるんだ!

なんで門外不出の魔力の扱いをガキどもに教えているんだよ!!!


口元がヒクヒクと引き攣っているのを感じる。


なんなんだこいつは。


怪しげな黒いローブを着てフードで顔を隠すその姿は、如何にも胡散臭い。

自分の口から金持ちの商家の息子だと宣ったかと思えば、嫌味なほどに洗練された動作からは育ちの良さが伺える。


どこからどう見ても怪しいやつ。


それなのに、俺が睨みを効かせてもぴくりとも引かずに飄々としてやがる。気に食わねぇ。


加えて警戒心の強いガキ共とすぐに打ち解けちまった。


キャシーなんて、初対面の大人の男になんて絶対に近寄らないのに、今は仲良く並んで本当か魔力操作とやらを教わっている。


何かがおかしい。


いや、原因はわかってる。


この男の魔力の流れだ。


まるで深い森の中に凛然と佇む澄み切った湖のような魔力だ。一瞬本当に大自然の中に飛び込んだような爽やかな空気を感じたほどに、上質で、ムカつくが高貴な魔力だ。


ガキどもは単純だ。美しいものは美しいと素直に思えるし、簡単に好きになる。おそらく今まで生きてきて1番綺麗な魔力だったんだろう。俺たち孤児は皆んな荒々しい魔力をしてるからな。

どいつもこいつも目を輝かせてやがる。全くもって気に入らねぇ。


だが、俺はガキどもみたいに単純じゃねぇ。

こいつが教会が禁忌とする「魔力への疑惑」をもった人間だということを、さっきのコレット先生との会話で知った。


怪しい風貌に、禁忌とされる思想をもった、身分の高い存在。


この俺が警戒していないと、こいつらがどんな目に合うかわかったもんじゃねえ。


「いい加減にしろお前ら!キャシーもそんな怪しげなやつの言うことを信じるんじゃねえ!魔力操作だ?ハッ、馬鹿馬鹿しい。お貴族様が大事に大事に秘匿してる情報を孤児相手に無償で教える訳ねぇだろうが」


少しでかい声を出せば、ガキどもはビクリと動きを止める。よおし、話しを聞く体勢になったな。


「お前たちはこれまで何度性根の曲がった大人たちに騙されてきた?うまい話に釣られて、何度裏切られてきた?いいか、この世界は食うか食われるかなんだ。簡単に他人を信用するんじゃねえ」


そう、俺たち孤児はいつだって弱者だ。弱者は自分より強い弱者にすら食い物にされるほど立場が弱い。だからこそ、人一倍用心しなきゃならねえ。


「安心しろ、お前らが信頼していい人間かどうかは俺が教えてやる。見た目や甘い言葉に騙されねえようにしてやるから、俺の言うことをワプッ、ブッ」


突然、口の中に風が吹き込んできて声が出せなくなった。

ぐ、苦しい!口を空けると息ができねえ!


「少し手荒だけど、すまないねアレン、ちょっといいかな?」


こ、こいつ!魔法で風を生み出して俺がしゃべれないようにしてやがるな!やっぱり真面なやつじゃねえ!しかも正真正銘の【魔法使い】かよ!


「アレンの言うことは確かに間違っていない。口は悪いし、突然怒鳴りだすのも良くないが、みんなのことを心配しているのは確かだよ」


俺の肩に手を置きながら、飄々と話す怪しい男。くそ、今度は身体が動かねえ!どうなってやがる!


「ただ、考える機会を奪うのは良くない。過保護になるのはわかるけれど、敷かれたレールを走った先には、自分で考えれない木偶の坊が出来上がるだけだからね」


ガキどもは突然静かになった俺を不思議そうにしつつ、男の言葉に集中している。なぜか俺も、こいつの言葉に吸い寄せられるように聞く姿勢になってしまう。


「アレンの言う貴族が秘匿にしている情報は、魔力の使い方である魔力操作ではなく、魔力で風を起こしたりする【魔法】のことだよ。魔力操作は一般に公開されているし、ある程度上手くなれば魔法を防ぐことにも役立つから、知っておいて損はないんだ。実際、アレンは魔力操作を覚えてこなかったせいで、いま【損】をしているからね」


こちらに顔を向ける男。フードで隠れていてわからないが、十中八九その中で笑みを浮かべているに違いない。


「騙されないためには、答えを聞くのではなく、【正しい情報】をもっていることが大事だと、このわたしは思う。その後、判断するのは君たち自身だがね。

魔力操作を覚えておくことは今後の君たちの役に立つとわたしは思うけれど、どうだろう、みんなは魔力操作を学ぶ気があるかい?」


男が周囲を見渡す。

しばらくお互いの様子を伺っていたガキどもだったが、一人が手を挙げると、他の奴らも手を挙げ始めた。


驚いたのは、一番初めに手を挙げたのが、人見知りで引っ込み思案なキャシーだったことだ。

男が満足げにうなずく。


「うん、よろしい。このわたしが責任を持って君たちに魔力の扱い方を教えよう。

 …ところで、ずっと気になっていたんだが、君たちの手首の痣はどうしたんだい?火傷した痕のように見えるけれど、最近火事にでもあったのかい?」


「こ、これは、その、魔力灯の魔石を交換していたら、気づいたらこうなってて…」


「1つ交換すると、銅貨2枚くれるんだ!」


キャシーと、孤児の中では年長組の男の子が答える。


魔力灯。その名のとおり、魔力を動力とした街灯のことだ。定期的に動力源の魔石を取り変える必要があるため、本来は専門の業者が交換作業をするものだ。だが孤児たちが魔力灯の魔石交換を対価に、業者のオヤジ共からちょっとした小遣いをもらっているのを俺も知っている。1回あたりパンが買えるくらいの安い報酬だが、それでも食うに困る孤児からすればありがたいもんだ。


「へえ、扱いが難しい魔力灯の魔石の交換を君たちが…。すごいじゃないか。驚いたよ」


「へへへ、ここいらの魔力灯は、ぜーんぶがおれたちが交換してるんだぜ」


褒められた男の子が、自慢げに鼻を擦る。

微笑みながらその様子を見ていた男が、俺の肩を組むように腕を回すと、


「今の話、ちょっと詳しく話を聞かせてくれるかな?」


と凍えるような声で聞いてきた。聞いてきた割に、否とは言わせるつもりがないのは明白だった。なぜか背筋をヒヤリとした風が通り過ぎる。


ーーー嫌な予感がする。


さっきまでの飄々とした態度は身を潜めて、いまは獲物を前にした肉食獣のような雰囲気を感じさせる。

有無を言わせぬ雰囲気だったが、


「ふざけるなよ。誰がお前なんぞにおれたちのことを教えるかよ、お断りだ」


こんな怪しい奴に、俺がガキどものことを話すわけがないだろうが。


「もちろん、タダでとは言わないよ。アレンにも、先ほどの拘束の魔法に抵抗できるくらいの魔力操作は教えよう。それにーーー」


言葉を切ると、男は子供たちを一瞥して、真正面から俺を見据える。


「この世界は食うか食われるか、なんだよね。アレンの言葉を借りると、このままだと君たちはずっと【食われる側】になってしまうけれど、それで本当にいいのかい?」


「…なんだと?」


言い放たれた言葉に、思わず目を見張る。

孤児たちが【食われる】側だと?


「思わせぶりなことを言って俺たちを騙そうってなら許さねえぞ。そりゃあ一体どういうことだ?」


そう聞き返すと、フードから覗く男の口元が不敵にゆがんだのが見えた。










これが、後にアラレタリア王国の英雄と呼ばれる男、グウェン=マティスとの出会いだった。


思えば、この時点でこの男と関わってしまったのが運の尽き、というか、どうしようもないことだったのかもしれない。


強引に自分の道を突っ走るのがこいつなんだ。どこまでも愚直で、己を信じて、そして、俺たちのために行動する。


後になって考えると、この時点でこいつはかなり先の未来まで予測していたように思う。俺たちはそれについていくのが精いっぱいで、気づけばこいつの思う未来を作り上げるように動かされていたんだ。

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