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王女殿下に手紙を送ってから、10日以上が経過した。
この間、返事が返ってくることはなかった。
「まあ、予想通りだが」
呟き、筆を進める。
もともとはこちらが始めに無礼を働いたのだ。王家からすれば、今更何を取り繕ったところでお前のしたことは忘れないぞ、と言いたい立場なのだろう。わたしとて、そう易々と友好的に物事が進むとは思っていない。
しかし、はいそうですかと、簡単に諦めるつもりはない。
このグウェン=マティスが、一度や二度、袖にされた程度で折れるはずがないのだ。してはならない非礼をしたならば、その倍の礼を尽くさなければならない。わたしはそれこそが正しい行いだと思うのだから。
というわけで、今は二通目の手紙を書いているところだ。今回はプレゼントも添えた。貴族の婦女子の間で人気の宝石を使ったネックレスだ。女性へのプレゼントには、こうした貴金属が喜ばれるとソフィアが言っていた。もし母様に贈ればきっと喜んでくれるだろうから、ベルベット王女殿下も気を悪くすることはないだろう。
(記憶の上では)会ったことのない異性にこうして文をしたためることなど、今まで父の政務の補助や如何に自領を発展させるかを考えていた自分には縁のないことだったが、不思議と楽しめるものだ。
動機が王女殿下への贖罪のためとはいえ、今までこういったことに興味を持ったことなどなかったように思う。
かつての自分は、どうにかしてこのマティスの地と民草をより良い暮らしに導くことができるかを第一に考えていた。
勿論今でもそのことを己の使命として大事にしているが、それ以外のことに目を向けることが増えていた。
視野が広がったと言ってもいい。
いや、正直に言うと、記憶を無くして目覚めた日から、自分の中で明らかに変わっていることがあることを、わたしは自覚していた。
まるで、初めてこの世界の物事に触れるような新鮮味が、自分の中で度々生まれるのだ。
日常的に使用している魔法、夜空に浮かぶ二つの月、この世の現象を解説した理論書、領外の森に潜む魔物たち。
これまで当たり前にあったものに対して、「そんなものがあるはずがない」という思いが湧き上がり、しかし現実に存在する事実に困惑してしまう。
かと思えば、使用人など身分が下のものへの接し方や、物が動く原理、空気に含まれる酸素や二酸化炭素について、空が青い理由など、自分にとっては常識だと思う知識が周りからは「あり得ない」「聞いたことがない」と言われることがあった。
それは、"人に宿る魔力"に対する評価についても言えることだった。
例えば、わたしの魔力は、"澄んだ湖"と称されることが多い。
決して自分で自慢しているわけではなく、使用人や知り合いから言われるのだ。とても美しい魔力であると。
父の魔力も大きな湖を連想させるもので、母の魔力は山奥に聳える大樹を思い起こさせる。
どちらも一般的に見て、高貴で美しく、他者を惹きつける魔力だとされる。
逆に使用人や、領地街をゆく人々のなかには、荒々しい川や、吹き荒ぶ嵐を連想させるものがおり、そういった魔力を持つものは、品位がなく美しくないとされる。
今までは自分もそう思っていたはずだし、その常識に違和感もなかったのだが、あの日目覚めてからは、その常識に疑問しかなかった。
どんな魔力であっても、内包する姿は自然を模した様相で、どんなに動きの激しい魔力であれ、初めは驚きこそすれどそれを見てマイナスの感情が浮かぶことはなかった。
むしろ、圧倒されるほどの威容に感心するほどだ。
こうした考え方が異端であることはすぐに気付いた。
だからこの数日は様々な違和感があっても、記憶を辿ってその違和感を昔にも感じたことがあるか考えるようにしていた。わたしの考え方が変わってしまったことで、家族や使用人へ、要らぬ心配をかけないように。
これまでの常識と自分の中の常識が噛み合わない。だが、わたしはわたしだ。グウェン=マティスは、わたし一人だ。
この考えは、記憶を失う前から変わらない。将来このマティス領の運営を父から受け継ぎ、王家に仕え、民草を飢えさせぬよう、土地を腐らせぬよう、この地を守っていく必要がある。
何人もの命を背負い、何年もの先の未来を見据え、領地を経営していくわたしは、常に"正しい行い"をしなくてはならない。正しい知識を持ち、皆を導かなくてはならない。
故に、自分が正しいという自信は、人一倍強く心に刻んでいる。
と、そんなことを考えているうちに手紙を書き終えてしまった。
便箋を折りたたみ、封筒へ入れ、丁寧に封をする。
部屋に備え付けられた呼び鈴を鳴らせば、30秒ほどで側付きの使用人がやってくる。
「この手紙をベルベット王女殿下へ届けてもらえるかな、この間用意した貴跡石をあしらったネックレスも忘れずにね。…父上にこんなことをしていると知られたら、とても驚くだろうね」
「ふふ、奥方様は喜んでいらっしゃいましたよ。ええ、かしこまりました」
「…母上は朴念仁だったわたしが異性に興味を持ったのが嬉しいのだろうね。ああ、それと外出の準備をしてほしい」
「承知いたしました。どちらまで行かれますか?」
「一昨日訪ねた下町の教会に行きたくてね。もう少し様子を見ておきたいんだ」
「…あの辺りは治安があまりよろしいところではありません。頻繁に行かれるのは少々危険かと思いますが」
使用人からの忠告は尤もだったが、わたしには行かなければならない理由があった。
それに、護衛の騎士がついてくるのだから、領外の魔物が出る森に潜ることに比べたら、随分と安全だ。
「"ファティスの森"に行きたいと言うよりマシじゃないかな?いざとなれば自分の身は自分で守れるよ、心配してくれてありがとう」
そう告げれば、諦めたように使用人は引き下がった。
わがままを言って申し訳ないが、どうしても確認したいことがあるのだ。
魔力の流れと、それを映す自然を模した情景。
その原理というべきか、どういった魔力がどのような姿に映るのか。
この世界では常識となっている魔力が映す不可思議な情景について、わたしは0から調べるつもりでいた。
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