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 ーーー記憶を無くした状態で目覚めたあの日から、5日が過ぎた。


 その間に、後遺症や体の不調、さらなる記憶の喪失がないかなどを確認し、無事に異常はないという結果になった。


 失った記憶は、わたしが縁談相手と対面してから、自室の窓から飛び降りるまでの2日間の記憶だけだった。


 そして、その2日間に起きたことについて、両親から詳しい話を聞かせてもらった。


 結論から言うと、やはり、わたしはしてはならないことをしたのだった。


 わたしの縁談の相手は、恐れ多くもその素顔が秘匿されている、アラレタリア王国第一王女である、ベルベット王女殿下だった。

 限られた者にだけ伝えられている情報だが、彼女は絶対神たる太陽神の恩寵を受けており、その恩寵が強すぎるが故に、人ならざる魔力を有しているのだそうだ。

 その魔力のせいで、彼女は醜く、酷く歪んだ存在になっているという。

 わたしの記憶にはないが、短い時間対面しただけの両親ですら、その存在に嫌悪"しか"抱かなかったという。わたしも同様で、直接出会ったベルベット王女殿下とは一言二言話をした後に、顔色悪くすぐさま逃げ帰ったそうだ。


 我ながら、不甲斐無いにも程がある…!


 加えて、尊敬する父と、海よりも深い優しさを持つ母が、そんなわたしを庇い立てていることに、私は驚きを隠せなかった。

 いや、信じたくなかった、が正しいか。


 わたしにとって父は、マティス領をこれまでより飛躍的に発展させ、民草に愛される正道を往く統治者である。


 わたしにとって母は、父を影に日向に支えつつ、常に大きな愛でもってわたしを育ててくれた唯一無二の存在である。


 常に人生の模範であった両親が、明らかに非がある自分を擁護している。それが客観的に見て、正しい行いであるとはとても思えなかった。どう考えても、失礼な振舞いをしたのは、わたしのほうだ…!


 忸怩たる思いとはこういうことを言うのだろう。


 人に流れる魔力など、その人物を構成するほんの一部分でしかない。人を推し量るには、見た目だけではなく、内面をいかに読み取るかが重要であると、教えてくれたのは両親である。


 その両親がなぜ、わたしはそう訴えた。


 それに対して両親は静かに首を振るのみだった。


 ーーー物事には限度がある。如何に優れた人物であろうと、本能的な感情には逆らえないのだ。


 ーーーベルベット王女は、最早人間ではないわ。あなたの考えは正しいけれど、それは人間の世界での話よ。


 諭すようにそう言われ、わたしは何も言えなかった。

 そこまで言われて、記憶のないわたしが無責任に「それは間違っている」とは、言えなかった。


 両親がそれほどまでに言うほど、歪んだ存在。


 一体どれほど醜いのだろうか。


 一体どれほど人から嫌われてきたのだろうか。


 一体どれほど…傷付いてきたのだろか。


 この感情は、きっと哀れみなのだろう。可哀想だと、素直に思った。


 ベルベット王女は、今後起きるであろう災厄を防ぐ太陽神の巫女さまだ。その巫女さまが、人々に嫌悪され、1人ぼっちで王家屋敷の地下で暮らしているのだ。陛下と正妃は彼女を大切にしていると聞くが、それ以外の人々は例外なく彼女を拒否してきたという。だからこそ、王家屋敷で最も人目のつかない地下で暮らしているのだ。


 そんな彼女の支えになりたいと思うのは、傲慢だろうか。


 一度その他大勢と同じように彼女を拒絶したのに、記憶がないからと舌の根も乾かぬ内にこんなことを言いだすのは、あまりに自分本位だ。


 それでも、わたしは自分が思う"正しい行い"をしたい。


 自分本位上等である。でなければ、わたしはわたしでなくなってしまうのだから。


 どうにかして、ベルベット王女の為になることをしたい。それがわたしのできる贖罪だ。


 …とはいえ、また王女殿下に面会し、謝罪をしたいと言ったところで、それが叶うはずもないだろう。非礼な行いを王家が許すはずもないし、自決を図ったわたしに父様たちが再びの面会を許可することもあり得ない。



 だからまずは、手紙を書こうと思う。


 対面しなければ、ベルベット王女の魔力に反応することもなく、話しができるはずだ。手紙なら、互いのやりとりが可能になる。


 手紙のなかで、先日の非礼をまずお詫びする。そこから関係性を築き上げれば、もしかしたらもう一度くらいは面会が可能となるかもしれない。


 そう考えたわたしは、早速自室の机につき、筆を取った。


 この行動が自己満足に終わる可能性は高いだろう。それでも彼女に幸せになって欲しいと、自然と心に浮かんだ感情のまま筆を走らせれば、不思議と書く内容がスラスラと思いつくのだった。



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