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アラレタリア王国の王家屋敷、その地下室には呪われた忌み子が幽閉されているーーー。
そんな噂話が屋敷の使用人の間でまことしやかに語られていた。
王家屋敷の地下には、過去に表に出来ない身内の罪人を閉じ込めておくための部屋があり、そこには現国王と正妃から産まれた、この世から呪われた悪魔の子が住んでいる、と。
ーーー実際には、呪われた悪魔の子などではなく、その逆、災厄を祓う力を秘めたる太陽神の能力を持った子であったが。
王家に代々伝わる伝承によると、そういった能力を持つ子は、厄災が見舞われる時代に不思議と生まれるという。
能力をもつ子たちは何故か皆が女性であったことから、太陽神の巫女と呼ばれ、代々王家の厳重な保護の元、大切に育てられてきた。
今代国王と正妃の間に産まれた子もまた、太陽神の恩寵を強く受けていた。産まれたときから誰もがそれを感じるほどに。
聖痕、太陽神の恩恵、落とし子への祝福。
そう呼ばれる神からの恩寵は、本来であれば人を惹きつけて止まない魅了の力を持っていた。
それは厄災の規模が大きければ大きいほど強いものであった。
今代の太陽神の巫女、ベルベット=フォン=アラレタリア。
彼女の恩寵は、これまでに類を見ないほど強かった。つまりそれほどまでに大きな災厄がこの先降りかかるということであったが、問題はそれだけではなかった。
太陽神は、人々の生活を守り、田畑を愛しみ、遍く生物にこの世を生きる暖かな光を与える絶対神である。
太陽神の力は生命の源であり、その恩寵は人々へ生きる活力を与えるものだ。故に人々はソレを信仰し、崇め、魅了される。
ベルベットに与えられた恩寵は、太陽神の力のほぼ全てではないかと思われるほどに強力であった。最早恩寵ではなく、神の根源であると思うほどに。
始めは恐怖であった。次に畏怖、そして、嫌悪。
ーーー過ぎたるは及ばざるが如し。
この世界では、容姿よりも、己の身の魔力の清廉さに重きをおく。
ベルベットの魔力は、太陽神の恩寵により“人間として"は酷くひどく歪んでしまっていた。それは最早人間とは呼べぬほどに歪み、醜く見えてしまう。時には禍々しい化物を彼女に幻視するものさえいた。
彼女が産まれた瞬間から、周囲にいた産婆までも、赤子に対して向けた感情は愛ではなく、嫌悪であったのだ。
彼女の右目の上から頬にかけて刻まれた聖痕がなければ、母親の腕に抱かれる前に地面へ投げ出されていただろう。
幸運だったのは、彼女の父と母たる国王夫妻が彼女を大切に扱ったことだろうか。王家に伝わる伝承から、太陽神の巫女を蔑ろにできぬという理由もあっただあろうが、2人は惜しみない愛を彼女へ注いだ。
娘に対して本能的に嫌悪感を抱こうが、魔力の醜さに息を詰まらせようが、2人は彼女を愛した。
「はぁ…マティスの倅でも駄目であったか」
「…仕方がないわ。それに、グウェンくんは最後までベルベットへ向き合おうとしてくれていたわ。ベルもあんな人は初めてだと驚いていたのよ」
「だとしても真面に話もできなかったではないか。よくも"この子は肉体も精神も強い。自慢の息子だ"などと言ったものだ」
「ダメよヴァッシュ。マティス卿も、グウェンくんも何も悪くないわ。…それに、確かに今までで一番誠実な子だったわ」
国王ヴァッシュは苛立たしげに腕を組んでいた。王妃はそんな伴侶を嗜めつつ、悲しげに目を伏せた。
(また、ダメだったわね…)
愛しき我が子が、皆に疎まれ何も望んでこなかった我が子が、産まれて初めて口にした願い。
ーーー母さま、私、誰かを、愛してみたい…。私には、きっと無理だけど…できたら、その誰かに愛してほしい…。母さまと父さまみたいに、笑い合える人がいたら、いいなぁ。…なんて、えへへ、ちょっと欲張りすぎ、かな。
その願いを叶えるため、国王と正妃はあらゆる手段を使って愛娘を愛することができる人物を探していた。
結果は惨敗。
神と相似たる力を持つ巫女は、誰が見ても歪な魔力をその身に宿しており、本能が嫌悪してしまうのだ。
実の両親ですらその嫌悪は拭いきれないのだから、血のつながらない赤の他人であれば尚更だ。
そんな日が続いてもう年が2回は回っている。
娘の年齢は17歳。本来ならば、全ての人間に愛されているはずの巫女が、産まれてからほとんどの時間を、王家屋敷の地下で過ごしていた。
巫女は太陽神の力を宿して生まれるが故に、その身は頑強で病や体調不良とは無縁だ。
しかし身体がいくら丈夫であろうと、心まで丈夫とは限らない。
それでもベルベットの心は折れなかった。太陽神の根源とも思える力を持って生まれたその心は、何もかもに絶望し何度涙を流そうと、決して折れることはなかった。折れてくれることがなかった。
全てを諦めて死ぬことも、心を閉ざすことも出来ぬまま、ベルベットは生きていた。今代の神の巫女は、心と身体は健全なまま、魂だけが日に日に壊れていくのだった。




