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目覚めると、そこは見慣れた自分の部屋だった。
「当たり前だろ」
思わずつぶやいた。当たり前だ。ここはわたしの部屋だ。自分の部屋で目覚めることに、何の違和を感じることもない。
それなのに、何故か。
いつも感じる、「またか」という気持ちが、惰性で続ける人生への無力感が、今は沸いてこなかった。
いや、そもそも、そんなこと感じたことがこれまであったか…?人生への無力感なぞ、まだ成人もしていない自分が覚えたことがあっただろうか。
…何かが、引っ掛かる。
「坊ちゃま!目覚められたのですか!」
使用人の女、ソフィアが声を掛けてくる。
「ああ、少し頭が痛むけれど…。なぜきみがここに?」
「ああ、お労しや坊ちゃま。憶えていないのですね…。坊ちゃまは強く頭を打って、ここ数日目を覚まさなかったのですよ…?一体何があったというのですか…。あんな高さから…」
ソフィアが気まずそうにこちらを伺う。
…あんな高さから?
何を言っているのかいまいち要領が掴めない。
「わたしが、どこかからか落ちた、のか?」
「…そうでごさいます。わたくしめが聞いた話では、この部屋の、そこの窓から。大きな音がしたからと、庭師が血相を変えているものですから、屋敷中大騒ぎになって…!ああ!こうしてはいられませんわ!奥様を呼んで参りますから、坊ちゃまはここで横になってお待ちくださいませ!」
そう言うと、ソフィアは慌ただしく部屋を出ていく。
部屋の外で他の使用人を呼ぶ側付きの声を尻目に、首を捻る。
わたしが、この部屋から、飛び降りた…?
確かに彼女はそう言っていた。
それから数日目覚めなかったのだから、目覚めた時のあの反応も頷ける。
だが、ここは屋敷でも一番上の階だ。
飛び降りたりすれば、下手をしなくとも命を落としかねない。
…つまりは、わたしが、自死を計った、ということになる。
再度、首を捻る。
そんなことは、有り得ない。当たり前だ。思い当たることがないのだから。
自死とは、この世に留まることを是とできぬようになった者たちが選ぶ、逃避の道だ。
伯爵家の嫡男として生まれ、当主たる父の跡を継ぎ、陛下から御下賜された我が領地を、領民を、より良い暮らしに導いていく責務と義務が、わたしにはある。
そんなわたしが、自ら命を絶ったなどと言われて、信じられるはずがない。
そもそも、この部屋の窓から飛び降りた記憶が、わたしにはなかった。
何かの間違いだろうーーー。
そう思っていたが、後から入ってきた医者や母上、この屋敷の使用人たち、そして執務で忙しい中駆けつけてくれた父上まで、口を揃えて、こう言うのだ。
ーーーあなたの気持ちはわかったわ。
ーーー坊ちゃまはよく頑張りました。
ーーー誰にでも、受け入れられぬことはあるのです。
ーーーグウェン、わたしはお前に甘えてしまっていたようだ。許してくれ。
ーーー今回の縁談はなかったことにしよう。
と。




