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佐倉一刀

身体が重たい。

まるで鉛の布団を掛けられたように、指先すらも動かせない。

呼吸も浅く、朦朧としている。


ワシはもう逝くのだろう。


80と数年。良く生きた。

思い返せば、武術がワシの全てであった。


朝起きて直ぐに木剣を握り、夜遅くまで稽古に励んだ若き日々。

自分事ながら、我武者羅で無駄の多い稽古だったと思う。

才に恵まれず、伸び悩んでいたワシを成長させてくれたのは弟子達だった。


人は鏡とはよく言ったものだ。

ワシが弟子に教えるとき、彼等もまたワシに多くを教えてくれた。

弟子達を通して自身の技を見て、それを超克していくことで、より高みに至らせてくれたのだ。


今となっては、恐れ多くも「当代無双の達人」とあだ名されるようになり

家伝の『水桜流』の名も全国に広まったが、それも弟子達が居てこそだ。


かろうじて動く瞼を薄く開ける。

見慣れた自室の天井と、心配そうにこちらを覗き込む沢山の人の顔が見える。

ぼんやりと輪郭しか見えないが、ワシは独り身だから、きっと弟子たちが見舞いに来てくれたのだろう。


そう。ワシは独り身だから・・・


あっ、だめだ。メッチャ気分悪いわ。


武術だけの人生だったもの。

子供の頃から武術のことばっかり。

友人が遊んでる時も、青春してる時も、結婚した時も

ワシは修行しかしてなかったもの。

妻はおろか、彼女すら出来ず終いですわ。


確かに我武者羅に修行したから強くはなったさ。

大抵の奴相手なら戦っても絶対に負けませんよ。

なんせ「当代無双の達人」ですから。

でもさ。生物的に負けてんだよね。

繁殖はおろか、つがいすら見つけられないんだから。


甘酢っぺぇのやりたかったわー。

夕日の河原で彼女と二人で自転車押して帰るとか?

夏は花火見に行って「お前の方が綺麗だよ」とか?

なんか皆やってんでしょそういうの。

ワシが馬鹿みたいに木剣振ってる間にさ。


弟子達もアレ良くないよ。すごい神格化してくるんだもん。

「先生は雲の上のお人です」とか皆して言っちゃってさ。

そんなん言われたら女の人紹介してくださいとか言えないじゃん。

そもそも、ワシからしたらそっちの方が雲の上の人ですからね。

妻子持ちだもん。


自分でやっといてこんなこと考えるのもあれだけどさ。

こんな平和な時代にさ。なにもここまで武術やらなくても良かったんじゃないかと思うわけよ。

確かに強くなったけどさ、


でもワシ、童貞じゃん。


そう思ったと同時に、意識は暗転した。

今まで目をそらし続けていた人生の恥部を思い出し、

過度なストレスを感じたことにより、心不全を発症。

恥ずか死 というやつだ。

これが当代無双の達人 佐倉一刀の最期となった。

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