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古都物語  作者: John B. Rabitan
〈振りかえって夏〉
6/15

 翌日の晩、さっそく電話はかかってきた。


「昨日はどうも」


 浩は最初にそう言った。


「いえ、こちらこそ。あれから無事帰れました?」


「無事も何も下宿までふた停留所やし、歩いても十分もかからへん」


「あのう、今日、学校行ったら大変やったんですよ」


「え? なんで?」


「昨日いた友達たちが、みんなぷりぷりしてて」


「なんでや?」


「なんか、いちばんいいのを私が引っこ抜いて私が先に帰ったって」


 浩は笑った。


「なんやねん、そら。いちばんいいいのって、俺んことかいな?」


「そうみたいですね」


 良江も笑ったけれど、電話がある場所とすぐ近くの部屋に親がいるので少し声は押し殺していた。


「ほんまかいな」


 浩の声の向こうには、車が走る音が聞こえる。


「公衆電話?」


「ああ。俺んとこ電話ないし」


 そして少し沈黙があってから、浩が言った。


「なあ、今度の日曜日、暇か?」


「うん、一応」


 親がどうも聞き耳たてているようなのでそちらをちらちら見ながら、さらに押し殺した声で良江は答えた。


「よかったらどっか行かへん?」


「ええ? どうしましょう」


「そんなじらさんと」


「いいですよ。どうせ暇ですし」


「じゃあ、どこに何時?」


「決めてください」


「ほな、十時に山本さんが降りたバス停のところ」


「いやちょっとそれは」


 そんなところで待ち合わせたりしたら、近所に知り合いや中学時代の友人に目撃されかねない。見られたからどうということはないのだけど、やはり気恥ずかしい。


「もっと遠くがいいです」


「ほな、新京極しんきょうごく四条しじょう側の入り口でどうや?」


「はい、それでいいです」


「ほな、よろしくな」


 電話が終わってから、案の定母親がじろっと良江を見た。


「誰?」


 そもそもこの電話を取り次いだのが母親なのだ。


「高校んときの先輩。部活の」


 咄嗟に嘘をついておいた。電話の向こうの浩の話は親には聞こえていないはずだし良江自身は聞かれたらまずいようなことは言っていないけれど、良江は母親の顔を見ないようにしてすぐに二階の自室へと入った。



 空はいかにも梅雨時らしく、どんよりと曇っていた。

 良江が待ち合わせ場所に着いた時には、浩はもう先に来ていた。


「かんにん、遅うなって。待ちました?」


「いや、今さっき来たとこやし」


「そしたらどうしましょう」


「そやな、とりあえずお茶でも」


「ほな木屋町きやまちに有名な喫茶店があるんです。少し歩きますけどいいですか?」


 二人は相変わらずの人混みの中を歩きだした。

 少し歩くと良江は言ったけれど、実際は五分くらいだった。

 四条河原町の交差点の信号を渡ってさらに東へ行くと、まだ鴨川にかかる四条大橋よりも手前にもう一本の細い川がある。

 そこで四条通しじょうどおりを左に折れて、その高瀬川沿いに少しあがると左側に古い喫茶店があった。

 正確にはその川の向こうの道が木屋町通きやまちどおりなのだ。


「ここ、わりと有名な店です。昭和二十年代からやってるとか」


 良江の説明通り、左右の鉄筋のビルに挟まれたこの店だけが木造で、いかにもアンチックな造りだった。

 店内の照明は青っぽく、壁は白だが木の柱と梁が濃い茶色で、ところどころに木彫りの彫刻が施されている。

 そしていかにも大時代なフランス風の絵画が飾られていて、実にシックな感じだった。

 まるで19世紀のフランスに迷い込んだようだ。

 案内されたテーブルで、良江はコーヒーゼリーを頼んだ。浩は普通のホットコーヒーだった。


「いい店知ってるね。さすが地元」


 浩も気に入ったようだ。


「俺なあ、京都に来ても大学はみんないろんなところから来てる人ばっかりやし、あんまり地元の京都の人と接したことはないねん」


「水野さんってどちらから?」


「福井県の敦賀ってとこやけど」


 地名くらいは良江も知っているけれど、今一つ実感がわかない。

 しばらく互いの昔話などして、コーヒーゼリーも食べ終わったし、浩のコーヒーカップも空になった。


「このあと、どうしましょう?」


「北山のところに植物園ってあったなあ」


「え? そんなとこ行きたいんですか? ほんまにいいんですか?」


「なんで?」


「アベックで行ったら必ず別れるいう失恋植物園ですよ」


「ほなあかんわ」


 浩は声を挙げて笑った。


「え? でも、私たち、アベックなんです?」


「まあ、はたからはそう見えるやろな。でもまあ、失恋の名所なんてそんなところあるんやな。なんか、嵐山の渡月橋とげつきょうもアベックで渡ったらあかんって話なら聞いたことあるけど」


「なら映画見ましょう」


「今、何やってる?」


「ひめゆりの塔」


「それこそアベックで見るような映画ちゃうやんか」


 浩は笑った。良江もつられて笑って言った。


「アベックこだわりますね」


「まあ、『ひめゆりの塔』でもいいけど。どこで何時からかな? あ、俺ちょうど『エルマガ』持ってる」


 浩はカバンからタウン情報誌を出した。


「宝塚劇場?」


「ああ、河原町の映画館です。三条の方ですけど。歩いても十分もかからないでしょう」


「えっと、時間は十一時から。ちょうどええわ。ほなそれにしよう」


 二人は席を立った。


 一度、四条河原町まで戻って、そのまま河原町通をあがって行った。途中、この前行ったディスコのあるビルを道の向こうに右手に見ながら、三条の少し手前、六角通が河原町にぶつかるその角に二階建ての映画館があった。

 時間的に少し早く着いたけれど、チケットを買ったりしているうちにちょうどの時間となった。

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