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古都物語  作者: John B. Rabitan
〈振りかえって夏〉
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 一応お開きとなって、合コン参加者は店の外の「三条河原町(さが)る一筋目」としか呼ばれない名もなき細い路地にたむろしていた。

 まだ吉崎の大学の男子学生と良江の女子大の学生はそれぞれで固まっていた。意気投合したカップルはまだできていないようだ。

 路地の向かいにはボウリング場と映画館が一緒になったような建物があり、木屋町の方まで路地の両側はネオンが輝いていた。

 人通りも多い。

 そんな人の流れの中に、彼らは取り残されている。


「こんなところで突っ立っててもしょうないし、これからどうしよう?」


 吉崎が良江に声をかけた。


「どうしましょう?」


 時間は八時過ぎくらいであることを良江は確かめた。


「私そろそろ」


「まだええやん」


 吉崎は良江にそう言ってから、女子大の学生の固まりに向かって声を挙げた。


「なあ、みんなまだ帰らんかてええやろ?」


 互いに顔を見合わせながらも、彼女たちはうなずいた。


「ほな、二次会や」


「喫茶店でお茶しましょう」


 そう言う女子に対して、まだ飲み足らない男子が言う。


「いや、そんな軟弱なこと言わんと、酒や酒や」


「腹減ったし、餃子食いたいなあ」


 そんなこと言いだす者もいて、次に行く店の候補は餃子の「王将」とか、居酒屋「凱旋門」とか名前も出た。


「やっぱり喫茶店にしましょ」


 女子たちはほとんど素面しらふなのだ。

 やはりここはただの仲間の飲み会ではなく合コンだから、女子たちの意見に従おうという空気になりかけた。


「じゃあ、このそばの『古城』、どうですか?」


 良江が提案した。「古城」はわりと有名な喫茶店だし、ここからは歩いても近い。


「あ、そや」


 男子の一人が何かに気づいたように言う。


「『古城』の上にディスコあったな。ディスコはどうや」


「あ、ディスコでフィーバー、いいですね」


 この提案に女子たちからも賛同の声が上がった。

 吉崎が良江を見た。


「私はどこでも。ほんまはそろそろ帰らんと親がうるさい時間ですけど、ちょっとのぞくだけなら」


 たしかにディスコには行ったことがない良江にとっては、ちょっとだけ好奇心を動かされていた。


「そしたら、行こか」


 一行はぞろぞろと歩きだした。

 男女でまだ分かれているとはいえ互いに全く無視し合っているわけではなく、時には混ざっての歩きながらの会話もあった。

 昼間はかなり汗ばむ季節だけれど、夜になるとまだ暑さは抑えられる時分だ。

 河原町通かわらまちどおりに出ると、左に曲がる。そのまま蛸薬師通たこやくしどおりがぶつかる信号のところまで河原町をさがると、そこに喫茶「古城」がある。

 そこまでの道は歩道の上だけに設けられたアーケードの下を歩くことになるが、ずっとウインドウが続くので夜でもかなり明るく、おまけに前からも後ろからもひっきりなしに通る人で歩道は埋め尽くされている。

 人混みは若者がほとんどで、時折修学旅行生と思われる詰襟やブレザーとすれ違ったりもする。

 秋になると高校生が多くなるがこの季節は中学生が主流だから、こんな夜の時間ではそれほど多くはない。

 車道にも車が溢れている。

 途中、細い路地との曲がり角を通るたびに、店名の入った半被はっぴを着た男が盛んにチラシ配りをしている。

 喫茶「古城」のあるビルは道の反対側からだとかなり目立つのだが、アーケードの下だと上の方が見えないので気をつけていないと通り過ぎてしまう。


 人混みをかき分け、彼らはなんとか「古城」の前にたどり着いた。

 エレベーターはビルの入り口のロビーのようなところの左側に二基あった。


「三階は『ル・キャステル』、六階は『チェリーレーン』やけど、どっちがええ?」


 吉崎がエレベーターの前にたむろした学生たちに聞いた。


「『チェリーレーン』にしよう。あそこ、めちゃくちゃおもろいDJおんねん」


 男子学生の一人がそういうので即決、一行は二基に分散してエレベーターに乗り込んだ。

 入口の看板では、男性2500円、女性は2000円とのことだった。

 ドアを開けるとつんざくような音楽で、「ビー・ジーズ」の楽曲だ。そして天井からの色とりどりのサーチライトに照らされたフロアには、大勢の若者が単調なダンスを楽しんでいる。

 あのアメリカのディスコ映画で空前のブームを巻き起こしたディスコも一時人気が廃れかけたけれど、昨年あたりからまた活気を取り戻している。

 学生が中心と思われる躍っている若者たちのファッションは、サーファーでもないのに、そして海なし府県のはずのここ京都でもなぜかサーファーっぽい感じが多い。

 それが昨年来の流行はやりなのだ。

 そして少なからずの外国人の姿も見えた。


 もちろん良江にとっては生まれて初めて接する別世界。そのような流行のことなど知らない。


「さあさあさあさあ、陽気なリズムとわいの語りで今夜もフィーバー! 次は今流行(はやり)の『ヴィレッジ・ピープル』でHere we go!」


 音楽にも負けない大音量のマイク音で、DJがあおる。

 とりあえずはテーブル席に着いた合コンメンバーたちも、その煽りに乗せられてダンスフロアへと向かった。

 最初はかなりの抵抗があっていすから離れられない良江だったけれど、みんなに誘われてなんとかダンスの群れの中に入った。

 入ってしまえばどうということなく、ダンスといっても難しいテクニックが必要なわけではない。ただリズムに合わせて足と腰、肩を揺らしていればいい。その単調な動きを繰り返すだけだ

 良江もだんだん楽しくなってきた。女子大の仲間やさっき知り合ったばかりの男子学生たちと時々笑顔で顔を合わせて、良江は動き続けた。

 海水浴で海にかって、泳ぐでもなくただ波と戯れ続けているそんな楽しさだ。

 そのまま何曲が躍った。

 すると急に曲調が変わり、ライトの光もだいぶ落ちた。

 ゆったりとした旋律の女声コーラスから始まり、なんか演歌のようなイントロだったけれど英語の歌詞のバラードとなった。


「今夜もひと時のロマンス! いつもの『メリー・ジェーン』に合わせてCheek time!」


 DJの声が響く。

 するとそれまでそれぞれ別々に踊っていたフロアの人びとは、誘い合って男女ペアになり、ほとんど抱き合う形で踊り始めた。

 ペアになれなかった人たちは、それぞれ自分のテーブルに戻る。

 良江もその戻り組だ。

 だが、合コンメンバーで戻ってきたのは半分くらいで、見るといつの間にかメンバーの何人かはペアになって照明の落ちたフロアで体を密着させて揺れている。

 良江も合コンメンバーの一人に誘われたけれど、慌てて顔をぶるぶる震わせて断った。

 そんな度胸はない。

 それよりもここでふと良江は時間が気になった。

 時計を見ると九時近い。

 いい加減帰らないと親に怒られる。

 良江はその旨を吉崎に耳打ちした。


「そやな。自宅やともうあかんな。ほかのみんなは?」


「自宅通いは私だけです。ほかのみんなは下宿とかアパートとかやし」


 吉崎も自宅通いのはずだけど、男子は状況が違うだろう。


「ほな、俺、送ってくわ」


「ちょっと待ち」


 話に割って入ったのは、同じく戻り組だった水野浩だった。

 先ほどの田園で、良江の隣に座っていた男だ。


「幹事二人が抜けたらあかんやろ。吉崎はおり。俺が送っていくさかい」


「いえ、そんな悪いし、一人でも大丈夫ですから」


 良江は最初は断った。


「送ってもらい。時間も時間やし」


 吉崎もそういうので、良江は言葉に甘えることにした。


 下りのエレベーターの中で、良江は自分でも驚くくらい気さくに笑って浩と話をしていた。アルコールは全く飲んでいない良江だけれど、雰囲気でかなり酔っていたようだ。

 浩の下宿は百万遍だということで、良江の家のある北白川まで17番の錦林車庫行きのバスで行けば途中で通る。

 だが浩は百万遍では降りず、北白川まで送ってくれた。


「いいんですか?」


「かまへんがな。バス停たった二つ先なだけや」


 そして良江の家の前で別れ際に、彼は良江の電話番語を聞いてきた。良江はためらいもなく小さなメモ帳に名前と電話番号を書いて、ちぎって浩に渡した。

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