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古都物語  作者: John B. Rabitan
〈巡り来る春〉
13/15

 もう完全に陽ざしも春を帯びていた。

 道全体がアーケードで覆われている新京極では、陽ざしを感じることはできない。

 良江はそんな新京極に設けられた臨時のアクセサリー売りの出店で、ぼんやりと正面の喫茶店のドアを見ていた。

 ドアの二階はお好み焼き屋だった。

 右隣は土産物屋で、店先のワゴンにアイドル歌手の小型ブロマイドやステッカーが並んでいる。

 そんな何気ない光景の前を、黒い詰襟や紺のブレザー、セーラー服の集団が横切って行くのもしばしばだった。

 良江が立っている出店の前を、また一団の五人くらいの女子高校生が通り過ぎようとした。


「ペンダント、どうですか? ネーム入りますよ」


 良江は出店の中から、その集団に声をかけた。

 はにかんだような微笑をもらして、セイコちゃんカットの女子高生たちは立ち止まった。

 制服の上に同じ色の紺のコートを着て、KYOTOという英文字が夕焼けの八坂の塔の上にデザインされている絵柄の手提げ紙袋を、彼女らは皆持っていた。


「修学旅行の記念にどうですか?」


 女子高生たちは、顔を見合わせて笑っている。


「じゃあ、一つお願いします」


 そのうちの一人が、関東のアクセントで言った。

 その子が選んだペンダントに良江は聞いた名前を彫り、裏に「IN KYTO」と刻んだ。


「千円です」


「じゃあ、私、これ」


 ほかの子も次々に選んだペンダントを差し出してくる。

 その一団が去ると、客足も一段落ついた。

 良江は再びぼんやりと、目の前のアーケードの下の通りを右から左へとゆっくりと流れてきては去る高校生の群れを見ていた。


「今日は調子ええやん」


 一緒に働いている若い男が、隣から声をかけてきた。

 三月の初めから、良江が見つけたアルバイトだ。短大の方はもう休みになっている。


「でもそろそろ、修学旅行のシーズンを終わりですね。高校生も春休みになるし」


 良江がそんなことを話していた、その時である。


「あれえ?」


 そんな声に、良江は慌てて前を見た。

 どこかで見たような学生風の男が、友人らしき二人といっしょに立っている。

 良江は一瞬誰だかわからなかったけれど、すぐに思い出した。


「ああ、恵子さんの」


「そやそや、覚えててくれはったん?」


「ええ、藤村さん」


 もう一ヶ月近く前になるが、鎌倉の恵子が京都に来た時に引き合わされた京都の学生だ。

 あの日は三条大橋で待ち合わせた後、結局良江と恵子は喫茶店をはしごすることになった。

 三人で三条大橋を渡った鴨川の西側の、鴨川と並行して流れる小さな川である高瀬川にかかる三条小橋を渡ったところのケンタッキーの店の二階のトリトンという喫茶店に入った。

 そこで短い時間話しただけの藤村誠の笑顔が、今目の前にある。


「こんなとこでバイトしてはったん?」


「今月の初めから。藤村さんは?」


「買い物」


 誠はそう言ってから、クスッと笑った。


「どうせ、バナナの叩き売りしに来たと思うてはるちゃう?」


 良江も声をあげて笑った。


「新京極でやるこというたら『○大生』は勉強やし『○やん』はデートやけど、俺ら『○っちゃん』はバナナの叩き売りやしな」


「いえ、藤村さんは似合わへんちゃいますか? 私こそこうしてペンダントの叩き売りしてますけど」


「叩き売りちゃうやん」


 その時、誠の友人たちは言った。


「じゃあ、俺ら先行くし」


「またな」


 友人たちは行ってしまう。


「お友達、いいんですか?」


 良江の方が慌てた。


「ええんや。どうせ河原町に出たところで別々やし。あいつら、ナンパでもしてくんちゃうか」


「藤村さんは、ナンパしいひんのですか?」


「そんな器用なことようせんわな」


 誠はひとしきり笑った。


「ほな、しようかな」


 そして良江に向かって、声色を変えて言った。


「彼女! かわいいなあ。茶ぁ飲まへんか? 美味うまいで」


 最後のひと言が受けて、良江はお腹を抱えて笑った。


「そういえばありましたね。茶ぁ飲まへんか言うて、水筒からお茶をコップに汲んで『はい』って差し出したいう話」


「しょうもな」


 ひとしきり笑った後、さらに誠は言う。


「で、お茶」


「あいにく勤務中で」


「ほな、日曜に」


「日曜は休みちゃいますし」


「ほないつが休みけ?」


「火曜日」


「ほな火曜日にドライブでも」


「ええですよ」


「え?」


 あまりにあっさり良江が言うので、むしろ誠の方が焦った。


「ほんまに? 冗談やのうて?」


「どうせ暇ですから」


 良江はなぜか真の笑顔にいつしか引き込まれて、この人となら楽しく過ごせそうだという気がして、何も考えずにOKの返事をした。

 誠の顔がさらにぱっと輝いた。


「冗談ちゃうよな」


 誠は何度も念を押していた。

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