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古都物語  作者: John B. Rabitan
〈そして秋〉
10/15

 その後ぷっつりと連絡もなく、その次に浩から電話があったのは十一月にもなってからだった。

 しかもその内容は、浩の大学の学祭で彼が友人ら有志とともに出す模擬店に、良江の手を借りたいということだった。


 男ばかりの有志ということだったけれど、良江はそこに短大部の友人の淳子と里子を連れて手伝いに行った。

 浩の大学までは、良江の家から徒歩で行ける。

 淳子の下宿からも徒歩で行けるけれど良江とは方向が正反対なので、淳子がまず里子と待ち合わせて、浩の大学の正門前で良江と合流することになった。

 学祭当日のしかもその中の日曜日ともあって、おびただしい数の人々が集まっていた。

 さらに天気もいい。

 この日ばかりはキャンパスに、この大学の学生ではない人たちもあふれている。

 正門から見ると右側になる東側、良江が歩いてきた方角には赤い大きな鳥居があって、その向こうにこんもりとした森も見える。

 南向きの正門の中は有名な時計台のある背の高いアンティックな建物があって、これがこの大学のシンボルともなっている。

 だが、良江たちがこれから行く「おまつり広場」となっているグラウンドは、この正門の中ではない。

 正門の中は本部キャンパスで、公道をはさんでその南側にある南キャンパスの一角にグラウンドはあるのだ。

 南キャンパスの入り口は、本部キャンパス正門とはす向かいになる形に、北向きにあった。

 そこにも多くの人が吸い込まれて行っている。家族連れも多いし、男子中高生の姿も目立っていた。むしろ本部キャンパス側よりもこちらの方が、人が多いようにも感じられた。

 構内は雑然とした雰囲気で盛り上がり、あちこちに立て看板や仮装した学生のサークルの呼び込み、どんちゃん騒ぎも多かった。


 良江の女子大でも今月の初めに学祭はあったし、四大も合わせるとキャンパスはそこそこ広くて校舎も多い。

 だがやはりこの大学にはかなわない。キャンパスだけで一つの町のようだ。

 良江の女子大の学祭はさすがに女子大だけあって洗練された上品なものだったけれど、ここはパワーが違う。

 男子がいるとこんなにも迫力があるのかと思うし、それだけでなくやはり京都で頂点の大学だけに知性も感じられた。


 そして南キャンパスを抜けてグラウンドに入った良江たちは、一瞬足をすくめてしまった。


「うわ。なんでこんなよけい人集まってるん?」


 淳子が目をく。良江も首をかしげる。


「えらい人やなあ。いつもこんなに集まるんかなあ」


 かなりの人がいることは予想していたけれど、ここまでとは思っていなかった。

 野球場が二つは入りそうな広いグラウンドなのに、そこは歩くのもやっとなくらいの人で埋まっていた。


 良江は教えられたメモをもとに、浩のいる模擬店のテントを探した。

 やっとそれは見つかった。


「ああ、今日はおおきに。ご苦労さん」


 良江たちの姿を見ると、浩はにこにこして迎えてくれた。特に良江が連れてきた二人の友人には愛想がよかった。

 そしてすぐに有志の仲間に良江たちを紹介してくれた。

 久しぶりに見る浩の顔だ。

 だから何から話していいかもわからない。だから、差しさわりのない話題を良江は振った。


「なあ、いつこんなに人来るん? ここの学祭」


「いやあ、今日は特別や。今日はきょんきょんが来るんや」


「ええ? きょんきょん?」


「だからこんなぎょうさん人、集まりよんねん。今は事前チケット制の有料のイベントがどっかの室内で行われてるはずやけど、夕方からはこのおまつり広場でフリーコンサートがあるんや。そやさかい、もうこんなに人が」


「まだ昼前なのに?」


 たしかにグラウンドの向こうに仮設ステージもすでにしつらえられていて、グラウンドにたむろしている人々は皆その方角を向いていた。

 敷物を敷いて座っている人たちも多い。


「きょんきょんって今年デビューした新人やねんな。そんなにええんかなあ?」


 淳子が口をはさむ。浩の友人の一人、阿部という名だと紹介された男子学生がしゃしゃり出た。


「そりゃあもう、最高や!」


「きょんきょんって、あのはちまきして歌うてる子?」


 里子が聞く。


「はちまき? ああ、秀美やろ」


 友野という別の友人が笑う。


「それにしてもハチマキって。あれはバンダナっていうかヘアバンドっていうか」


「それにしても」


 淳子がまた笑う。


「今年の新人って、ようわからんわ。名前と顔が一致しいひん。ていうか、みんな同じ顔に見える」


 そんな話をしながら、さっそく模擬店回転の段取りに入っていく。

 リーダー格と思われる梶谷という学生から、仕事の手順の話があった。

 模擬店はおでん屋だ。

 グラウンドの周囲を縁取るように模擬店の店頭は並んでいる。

 良江たちはさっそく、持ってきたエプロンをつけた。


「おお、いい奥さんになれそうやなあ」


 友野がそう言ってからかう。そして浩の方を見て笑う。


「なあ、そうやろ?」


「あほか」


 浩は苦笑いで相手にしない。

 浩の友達たちからは、良江たちはちやほや扱いだ。


「そう、よう言われよるなあ、嫁さんもらうなら君たちんとこの女子大やって」


「そりゃ、お嫁に行くならこの大学ともいわれてますし」


 淳子が笑いながら返す。


 グラウンドから見える山々の木々はもうすっかり変色し、秋の深さを告げている。

 時計台の向こうに見えるひときわ高い山も、秋の色だ。


「なんか今年は紅葉がなかったですね」


 作業をしながら、淳子が誰にともなく言った。

 その言葉に、浩も手を止めてふと遠くの山を見つけた。


「たしかになあ。紅葉っていうか、みんな茶褐色のおかしな色や」


 良江が浩の顔をのぞきこんだ。


「夏は雨が多かったし、台風もよけい来たしな。そのせいちゃう?」


 たしかに、空梅雨と言われていた梅雨も、良江と浩が祭りを見たあとあたりから雨が多くなり、その数日後は記録的豪雨を経験した。

 九州の方では観測史上二番目の集中豪雨となって、多大な被害の爪痕を残したと聞く。

 だがこの日は穏やかに晴れて、この季節にして気温も高かった。


 だが、それは午前中だけだった。

 午後になると雲が増えてきて、気温もいつもこの季節と同じくらいにまで急激に落ちた。

 だが、まだまだ寒くはなかった。

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