第1話「夢のような姿」
君の瞳には夜空が広がっている。輝く月も星も浮かんでいる。
少し手を伸ばすだけで、月を掴めるようだ。
両手で大切に包んで。指の隙間から零れ落ちないように。
砂のように────。
華のように────。
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「アンジェ・レイクアッド。そなたとの婚約、今この場で破棄させてもらう!!」
憎悪に塗れた、愛しい者の言葉が頭の中を駆け巡る。
死刑宣告のような言葉をかけられた、あの日のことが頭から離れない。
「あああ……!!」
アンジェ・レイクアッドは嘆いていた。漆黒のベールを頭から垂らし、両手でベールごと顔を覆い、肩を震わせながら。
「う、うぅぅうう……」
嘆いていても状況は変わらない。だがどうしても涙が止まらない。止められるわけがなかった。
「あぁぁぁぁ……」
王都から離れた自然豊かな土地に居を構えているレイクアッド邸に、令嬢の嗚咽が木霊する。
曇天から月が姿を見せた。明かりが点いていない部屋に月光が差し込み、彼女を照らす。
身に纏うドレスは曇天の夜空のように重々しく、真っ黒だ。闇に溶けるような彼女は指の隙間から月を見た。
濡れた眼に映る見事な光は、こちらを嘲笑っているかのようだった。
「う、うぅ……」
よろよろと立ち上がり、クローゼットへ。その近くにある姿見が彼女を映した。
アンジェは震える手でベールを掴む。もしかしたら全部夢で元通りになっているかもしれない。
淡い希望を胸にベールを取る。
鏡に映っていたのは────
「夢なら……覚めてよぉ……!」
銀色に輝く体毛が顔全体を覆っている。腰まで伸びた髪の毛先がハネ上がっている。
涙で潤む目元は獰猛な肉食獣を思わせる鋭い目つきに変わっていた。
口の端からは刃物を彷彿とさせる、凶器的な牙が姿を見せている。
鼻と口元が突き出ており、頭頂部で二箇所、鋭い三角形の耳がピンと立っていた。
そして腰から生えた太く長い尻尾が、ぺシャリと下がっていた。
「どうして……どうしてっ……どうして、私が!」
獣の口から零れ落ちるのは確かに自分の声。
父と母から鈴が転がるような可愛らしい声といわれた、自分の声。
「こんな……こんなっ、醜いバケモノに!!」
自分は、人狼になってしまった。
その事実だけがアンジェに深く圧し掛かった。
なぜこんなことになってしまったのか。
彼女は再び三日前の、全てが変わってしまった日に思いを馳せた。