第84話 悪魔との戦い(5)
すみません。大変間が空いてしまいました。
次回86話『戦いを終えて』をお待ちください。
瑞穂は信二が離脱している間の攻撃をするにあたり望と隼へメッセージを送る。
『望! 連携して攻撃するぞ! 私は奴の右手側から斬りかかるから、望は右手側を頼む!』
『了解!』
『それから隼! タイミングを見て撃ってくれ! お前の腕前は信頼している!』
『任せておいて、瑞穂ちゃん、望ちゃん』
瑞穂と望は同時に動き出す。瑞穂はバフォメットの右手側から、望は左手側から接近する。
瑞穂は空中を進みながら天狗墜を左下に構え、バフォメット目掛けて右上へと振り上げる。
同じく望も突進しつつバフォメットの心臓を狙って右拳を繰り出す。
同時に隼が山羊頭の眉間を狙って『ドン』と撃ち出す。
いずれかの攻撃が当たる、そう思った矢先にバフォメットは身体をぐるんと半回転して頭を瑞穂と望の間に向けて突進、全ての攻撃を交わしつつ瑞穂と望の背後へ回り込む。
バフォメットは身体を反転させ、攻撃が空振りに終わって体勢を崩している瑞穂と望の方へ向いて2人の腰元を目掛けて両腕を伸ばし尖った爪を突き刺す。
『ザ・フール』を一撃で葬った鋭い爪であるが、2人の背中に当たったところでその勢いが止まる。
「危ないっ! でもこの戦闘服、見た目より頑丈で、その上衝撃をうまく吸収してる!」
望がそう叫ぶ。彼女達が身につけているセーラー服型の戦闘服は打突、斬撃による攻撃に強い素材で出来ているため、生半可な攻撃は通らない。
素早さで圧倒するバフォメット、それには若干劣るが機動性に優れ、防御力が極端に高い瑞穂、望たちの戦いはお互い決め手に欠ける状態となっている。
とは言え服に覆われていない箇所を狙われると攻撃が通ってしまうため緊張感を切らす訳にはいかず、お互いギリギリの攻防が続く。
その間、信二は必死でバフォメットへMAGICSが決まった時の法則性を探していたが、攻撃履歴を最初からカウントし直していったところ、その法則に気がついた。
「そっか、そーいう事か! 奴の魔法障壁は128発命中すると一旦消失するよーだ。その時に1発だけMAGICSが決まり、そこで再び魔法障壁が貼り直される。後はそれの繰り返しだ! 割と単純だったな! 3回目の魔法障壁は23発入っているから残り105発。さすがに精神力がギリギリだな。でも、早くしないとみんなも時間切れになってしまう! 特に時子がヤバい!」
信二は『コモンコンソール』を通じてバフォメットを倒す為の指示を出す。
『望、瑞穂、隼! これから俺がMAGICSで猛攻撃をかける! 奴の魔法障壁は128発で効果が消える。次の魔法障壁が貼り直されるまでに1発だけ入るから、そこを狙うんだ! その間時子を攻撃されないように奴の進路を塞ぐような動きをしてくれ!』
瑞穂、隼は『了解』と返す。
『作戦はわかったけど、数え間違えたら後でお仕置きだからね!』
一言突っ込むのを忘れない望。
『時子! そーいう訳で、俺が128発撃ち込むまでそのまま『グラビティボム』をチャージ状態で待機だ! 俺の合図に合わせて撃ち出してくれ! 出来るだけ早く対応するからあと少し我慢してくれ!』
『了解です!』
時子は自分の精神力の残量に焦りを感じながらもそう答えるが、信二が自分の状態を気にして貰っている事を嬉しく思う。
信二は仲間に指示を出した後は猛然と『ファイアボール』を何発も打ち込む。しかしその攻撃は全てバフォメットの手前で打ち消される。
『何度攻撃しても無駄だ。愚かな・・・・・・こちらも黙って見ていると思うなよ』
バフォメットは自分の魔法障壁の弱点に気がついていない。時々攻撃が通ってしまうのもそう言うものだという認識しかない。
そんなバフォメットは両手から火の玉と氷の球を大量に撃ち出す。望と瑞穂は自分に向かって飛んでくるそれらを躱しつつ時子を狙った火の玉や氷の球を攻撃しそれを打ち消す。
「それにしても信二くん、かれこれ何百発も撃ち込んでいるよね? 一体どれだけ精神力のキャパがあるんだろう? それだけでもなく化け物じみているよ」
隼はトランスバレットを撃ち込みつつも信二の異常なまでのファイアボールの数に驚いている。
それもそのはず、並のDランクのスイーパーであれば、1回の戦闘で打ち出せるMAGICSは多くて5回程度。それを超えた場合は少なくとも2、3時間の休憩が必要なのだ。それと比較すると信二の攻撃がどれだけ桁外れのものかがわかる。
そんな隼の言葉を聞きつつも信二はだんだん意識怪しくなって来る。
「さ、流石にヤベーぞ。だけどここでカウントを間違ったら全て水の泡だ。あと6発、5発、4発・・・・・・」
信二は急に疲労を見せ始める。身体中から汗が噴き出し、肩で息をしはじめる。
割と信二の近くにいる隼が信二の異変にいち早く気がついた。
「信二くん! 大丈夫かい!? 一旦休んだ方が・・・・・・」
しかし信二は歯を食いしばって叫ぶ。
「バカヤロー! 今が踏ん張りどころだ! あとちょっとなんだっ!」
信二は『コモンコンソール』にメッセージを投げる。
『時子、待たせた! 魔法障壁が消えるまであと3発だ! タイミングを上手く合わせてくれ!』
メッセージを書き込んだ信二が時子を見ると、しっかり信二を見て頷いた。
それを見て信二はまず一発のファイアボールを打ち込む。火の玉はバフォメットの手前でふっと掻き消える。
『これで残り2発!』
しかしここで信二の精神力がクロス・オンを維持できなくなり、黒髪のもじゃもじゃ頭に戻り、服装も朝着替えた時のものへと変わる。当然『レビテーション《浮遊》』も解除され、信二の体は落下を始める。
「くそっ、後少しだっつーのにっ! こうなりゃリミッターを外すしかねーか! 時子、ファイアボールの動きをよく見ろ! 後は頼んだっ!」
そう言った信二は気力を振り絞って両手に1発ずつファイアボールを生み出し、それをバフォメットへ投げつける。
しかしそこで力尽き、気を失ってしまう。信二はそのまま地面へと吸い込まれる様に落下していく。
「まずいっ! 下向きに重力をかけて、一気に追い付かないと!」
隼が慌てて信二を追いかけて地面へ向かって降下していく。
一方、信二が撃ち出したその2発のファイアボールはふらふらと頼りなく、それでもバフォメットへと向かって飛んでいく。
バフォメットは2発のファイアボールに不穏なものを感じ、回避行動を取ろうとする。
しかし、その動きを感じ取った望がバフォメットの背中へ飛びつき、羽交締めにする。
「ああっ、邪魔くさいこの黒い翼! でも逃がさないよ!」
『離せ小娘、あのファイアボールに何か仕込みがあるのだろう? むざむざ食らうわけには行かぬのだ!』
暴れるバフォメットだが、ヘナチョコなファイアボールはその手前でふっと掻き消える。
『何だ? 何も起こらぬではないか? ただの失敗か? 心配させおって! 皆殺しにしてくれるわ!』
バフォメットは気がついていないが、今は魔法障壁が一時的に消失しているはずのタイミング。時子は少しの疑いも無く杖をバフォメットへ向けMAGICSを発動させる。
「エクスキューション!」
時子の杖の先にある球が真っ赤に変色し、ギュンギュンと回転し始める。次の瞬間、バフォメットの体に異変が起こる。
「やった! 信二の奴、キッチリ仕事をやり切ったよ!」
時子のMAGICSが成功した事を確信した望がバフォメットから離脱する。
『・・・・・・重い! 体が全く動かん! お、落ちるっ!』
バフォメットは両手をだらりと垂らし、そのまま落下を始める。体に凄まじい大きさの重力がかかり、浮かんでいる事が出来なくなったのだ。
さらに異変は続く。バフォメットの目、耳、鼻、口から、そして尻から一気に炎が噴き出した。
『体が・・・・・・燃えるっ! ギャーッ、熱い、熱いーッ!』
『グラビティボム』。MAGICS行使対象へ通常の100倍の重力を一気に付与する。重力が変化する際に発生するエネルギーのうち大部分が熱へと変換されるため、体内で自然発火し体の穴という穴から炎を噴き出す結果となる。
尋常ではない重力に体の動きを封じられ、体内から体が焼き尽くされる。一度発動すると高度の熱耐性でもない限り回避不可の必殺攻撃となる。
2発目の『グラビティボム』を撃った時子は先ほどの信二と同様、精神力が尽きてしまい自動的にクロス・オフされてしまう。既に気を失っており、その体は地面へと落下し始める。
「まずいっ! 時子を助けないとっ!」
瑞穂はとっさにサイコキネシスをコールする。前もってスロットにサイコキネシスをセットしていたため、すぐに発動することが出来た。
時子の体は瑞穂が放った見えない力に両脇をささえられた状態となり、首と両手をだらりと下げた状態で空中に留まっている。
「瑞穂、ナイス! 後はあたしが助けるよっ! 瑞穂ももうすぐクロス・オンが切れると思うから、地面に降りた方がいいよ!」
望はそう言うと時子を抱きかかえて芝生の上へと降り、そこでクロス・オフを行い元の姿に戻る。瑞穂も望に続いて着地し元の姿へ戻った。
一方、信二の落下地点は新宿御苑の池であった。隼は水面スレスレで方向を変えて水平方向へと飛び、ギリギリで信二をキャッチする。しかし、信二を受け止めた衝撃を吸収しきれずに水面へ接触する。隼は何とか信二を抱きかかえ、背面を水面へ向ける。隼たちは水しぶきを上げながら水上グライダーのように水面を滑走し、池のほとりまで進んだところでその動きを止める。
隼もレビテーションにすべての精神力を注ぎ込んだため、そこで自動的にクロス・オフされてしまう。
「危なかった! クロス・オフが後少し早かったら信二くんもろとも水面に激突していた所だったよ! でも、もうここから自力で上がるのは無理かな・・・・・・」
隼は気絶こそしなかったが、クロス・オフしてしまったことでレビテーションも使えず、また筋力もそこまで無いので信二を抱えた状態だと池から這い上がることが出来ずにもがいている。
それを見た瑞穂が時子を望に託して池のほとりまで走る。
「隼! 今助ける! 草でもつかんで沈まないようにしていてくれ!」
瑞穂は池のほとりへたどり着くと、その手を隼へと伸ばす。隼が瑞穂の手を掴むと、腕1本で信二を抱えたままの隼を池から引き上げる。日頃から剣を振り鍛えているとは言え、恐るべき怪力だ。
しかし隼はそんなことには一切気にせず、ありがとうと一言礼を言った。
「さて、これでみんな大丈夫だね! あと、奴はどうなったかな?」
バフォメットはなまじ生命力が強かったため、体の内部が焼き尽くされても絶命することが出来ず、体の穴という穴から火を吹き出しながら地面へと落下する。
『ギャーッ! 熱い、焼ける、焼けてしまう! しかし重くて動けぬ! 一体何が起こっている? グギャッ!』
既に炭化の始まった体が地面へ激突する。その衝撃でバフォメットの体はバラバラに砕け散り、ほうぼうで炎を上げて芝生を焦がしている。こうなるとさすがのバフォメットも絶命する。
そのとき、バラバラになった体が光の粒子へと姿を変え、信二達のエナジーシリンダーへと吸い込まれていく。さすがレベルVのエンボであるため、光の粒子は膨大で、彼らのエナジーシリンダーでは取りこぼしてしまう。取りこぼした分は空中へと発散し消え去ってしまう。
「うーん残念! せっかくのエナジーを取りこぼしてしまうなんて! もっと容量の大きいものにしておくべきだったかな?」
瑞穂が時子を抱きかかえながら瑞穂達がいる池のほとりまでやって来てそう言った。
「望ちゃん、残念だけど無理だと思う。相手はバフォメット、エンボレベルVだよ? 終わってみたら今回も何とか勝てたけど、もともとは戦う事すら想定外の相手だからね?」
全身ずぶ濡れの隼が『つばさ』の恰好のままそう答えた。
その時、公園内の道路を通って何台かの車が望たちの所へ向かってやって来た。
『ザ・フール』捕縛班の面々だ。先頭の車から黒髪ロングヘアーの長身女性が現れる。『ザ・フール』捕縛班リーダー、スイーパーランクSの十日町紬だ。
「おや? 誰かと思えば雨宮瑞穂さん、天童つばささん、それに本田望さんか。そこで気を失っているように見えるのは・・・・・・司馬信二君に両津時子さん? バフォメットが見当たらないが、まさか君たちが?」
瑞穂、隼、望は信二の意識が戻らない今、どう答えようかとお互いに目くばせする。その上で、瑞穂がここはまかせてほしい、と小さな声で言った。他に手がない隼と望は小さく首を縦に振った。
「それについて答える前に、1つお願いがあります。これから話をすることは、LMOS内部でも一部の人以外秘匿していただけませんでしょうか?」
それを聞いた紬は溝口澪へ連絡を取った上で答える。
「この一件は秘匿すると言うことで構わない。 もう一度訊くが、アレを討伐したのは君たちか? 澪からの報告は、銀色系の髪の毛で、白いセーラー服や学生服を来た少年少女たちがバフォメットと交戦していたとの事だったが?」
「それを含めてお答えしますが、その前に信二と時子が気を失った状態です。まずは彼らの容体が安定してから、という事でよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。まずは彼らを病院へ搬送しよう」
こうして日曜日の早朝から繰り広げられた、『ザ・フール』が放った刺客、『バフォメット』との戦いはとりあえず幕を降ろす事となった。
しかし、信二が目を醒ましたのは翌日月曜日の早朝、そして時子が目覚めたのはさらに数日経ってからの事だった。
後に『ザ・フール事件』と呼ばれる事になる一連の騒動。終わってみれば信二達には全員大きな怪我も無かったが、戦闘内容はまさに薄皮一枚の攻防であり、ひとつでもタイミングが狂えば敗北必至の奇跡的な勝利だった。
バフォメットとの戦いには終止符を打たれました。