第81話 悪魔との戦い(2)
『エンボだ! エンボが出たぞ! 2人の首を持っている! 殺されたのか? 女の子は無事か?』
紬はそう叫びながらメッセージの投入も行う。
バフォメットは遥の両親、悠真と結衣の首をスイーパー達のところへ放り投げると、背中の黒い翼をバサッと広げ、空中へと羽ばたいていく。バフォメットは30m程上昇したところで体を日暮邸の方に向け、両手を上げてそれぞれの手に大きな火の玉を作り出す。2つの火の玉は数秒もしない間に直径50cmほどの大きさとなる。
『くそっ! あの悪魔、家を燃やす気か?『ザ・フール』もろとも抹殺する気なのか?『ザ・フール』の奴、呼び出したエンボに反逆されたのか? あの悪魔に攻撃が届く手段を持っている者は速やかに準備! ダメだ、間に合わない!』
必死で紬は指示を出すが、今回のメンバーは紬を含め空を飛ぶことのできるメンバーはいない。
バフォメットは両手をバサッと振りかざし、2つの火の玉を日暮邸に向けて投下すると、その結果を見ることも無くどこかへ羽ばたいて行った。そして火の玉は2発とも日暮邸に命中。家はあっと言う間に炎上する。
『エンボは逃走! エンボの攻撃で日暮邸が炎上! 要救助者を探すため突入する! 消防車の放水も頼む!』
紬はそうメッセージを投入するとバフォメットが開けた穴から家の中へ突入する。他のスイーパー達も紬に続いて家の中へ入って行く。
続いて消防車からの放水が始まり、バフォメットの放った炎を懸命に消火する。
紬達は突入した部屋から首のない遺体を2体見つけた。
「悠真さんと結衣さんだな。『ザ・フール』を家に招き入れなければこのような事にはならなかったのにどうして・・・・・・とにかく現場の記録をしたら遺体を搬出してくれ」
紬は同行しているスイーパーのうち2人に指示を出し探索を続ける。
1階では他に問題が無い事を確認し2階へと上がる。炎と煙、そしてそれを消し止めようとする水しぶきが立ち込める中、一部屋ずつ中を探索する。2つ目の部屋に入ると、胸と口から血を流し倒れている大人の女性とその女性に寄り添う高校生くらいの女の子が居た。
「一樹さん、一樹さん!」
女の子は倒れている女性に声をかけ続けている。
「女の子は日暮遙さんだな。女性が『ザ・フール』か。こちらはもう助からないな。エンボのコントロールが出来無い所を襲われたか」
『『ザ・フール』こと須藤一樹は死亡している模様。日暮遙は特に怪我が無い模様。これから保護し撤収する』
紬は状況報告のメッセージを送ったあと遙に声をかける。
「遙さんだね。怪我は無いか? 火が回って来ると危険だ! すぐに避難をするぞ!」
「一樹さん、 一樹さんも助かる?」
「病院で診てもらわないと今はなんとも言えない! とにかく一樹さんも救出する!」
紬は憔悴し切っている遙を落ち着かせようとそう声をかける。
紬は遙を他のスイーパーに任せ、『ザ・フール』の遺体を背負う。
「みんな、炎の勢いがまだ残っている。急いで撤収するぞ!」
こうして紬達スイーパー一行は日暮邸から脱出し、遙と一樹を救急車で搬送する。
「それにしても何とも後味の悪い状況だな。何の罪も無い一家を巻き込んで自爆するとは。しかも呼び出したエンボは暴走中だ」
紬はそう言ってため息をつき、すぐに澪へ連絡する
『こちら『ザ・フール』捕縛班は生存者の救出と『ザ・フール』の遺体を回収した。澪、逃走中のエンボは補足出来ているか?』
『エンボは方南通りの上を新宿駅方面に向かって進んでいるわ。車を手配するから到着次第エンボを追って!』
『了解』
それから10分程待つとパトカーが何台か日暮邸前にやって来た。紬達はそれに乗り込むとエンボを追って移動を開始する。
「被害が広がる前にエンボを討伐しないとまずい事になる! 全く『ザ・フール』の奴、死んでも面倒毎を起こすとは!」
バフォメットは一体どこへ向かっているのか。『ザ・フール』が始めた作戦は次の段階へと移ったのだった。
十日町紬をリーダーとした『ザ・フール』捕縛班が方南町にある日暮遥の家を包囲していた頃、信二、望、時子、瑞穂、つばさの5人は望の実家でもある本田道場に集まりそこで一泊していた。
今は朝5時半。信二達は溝口澪から、『ザ・フール』捕縛班は午前6時に日暮邸へ突入する予定である事を聞いており、その少し前に起床し万が一のための準備を始める。
と言っても、有事の時はクロス・オンを発動すればいいだけなので、今は手や顔を洗い、普段着に着替えるだけだが。
「十日町さんのことだから、戦闘になれば負ける事はまずあり得ねーが、とにかく相手はあの『ザ・フール』だからな。一体どんな手を使ってくるか全く読めねーぞ」
信二の話に何か反論せねば、とばかりに望が話しかける。
「でもさ、『ザ・フール』は遥の家から地面に穴を掘って逃げちゃったりしていないかな? 大龍城のときもなんか下水道を動いていたみたいだし」
「どうやら地面へ進んだ形跡は無いみたいですね。さっき溝口さんから地面方向への動きは無いと連絡が入っていましたよ」
時子がそう説明する。
「地面が無いなら空、か。しかし、我々の他に浮遊と同等のMAGICSを用意出来るものなのだろうか」
瑞穂の問いかけにつばさが反応する。
「浮遊みたいのは僕達以外では聞いたことが無いし、難しいんじゃないかな。それよりも、『ザ・フール』が空を飛ぶエンボを召喚して、ソイツに連れ出してもらうと言うのはアリかも知れないね」
「しかし、その場は逃げられるにしても、顔が割れてしまった以上どこへ逃げても足がつくさ。逃げられると多少面倒だけど、『ザ・フール』はもう終わったも同然だろーな。怖いのは手に負えないようなエンボを召喚して破れかぶれになった場合くらいじゃねーか?」
「結局、こうして話していてもわからないですね。とにかく、何かあったらすぐに動けるようにしなくちゃならないですね」
「うん、トキちゃんの言うとーり。クロス・オンしてすぐに飛び立てるよう、中庭にいこーよ」
「おい望、その喋り方、わざとやってねーか?」
信二の抗議を無視した望が自分の人差し指で自分の目を釣り上げながら信二の口ぶりを真似て言う。
「そんな事ねーよ? それより早くしねーと!」
「クソッ、なんかムカつくな・・・・・・」
「望ちゃん、そこで変なちょっかい出しちゃダメだよ。信二くんもムキにならない。それよりすぐに移動しなくちゃ!」
つばさにピシャリと注意される信二と望は2人ともすぐに頭を下げる。
「なんだかこんな非常事態なのに・・・・・・なあ時子、あの2人は本当は仲が悪いのか?」
瑞穂が時子にそう問いかける。
「そんな事は無いはずなんですけどね・・・・・・今回はのんちゃんが仕掛けましたが、信二くんのほうがちょっかいを出すこともあるし・・・・・・どうなんでしょうね?」
時子は首を傾げてそう答えた。
「まったく、2人とも子供なんだよね」
つばさが2人の事をぼそっと言った言葉に2人はすぐに反応する。
「つばさもまだ子供じゃねーか。そう言うのを目糞鼻糞を笑うって言うんだ」
「ホントだよ。失礼しちゃうよね、信二?」
「おうよ。その辺りは勘違いされちゃ困るよな」
そう言って2人並んでスタスタ歩き出す。
急に共闘する雰囲気を見せる信二と望を見た3人はそれぞれの顔を見あいながら苦笑する。
「なんか今、流れ弾を食らった感じだけど・・・・・・」
「だが、今のでリラックス出来たような気がするな」
「結局仲がいいんですから。お互いもっと素直になればいいのに」
そんな話をしながら中庭へ移動し待機する5人だった。
そんな彼らに衝撃的な情報が澪から届いた。
『『ザ・フール』が召喚したエンボ、バフォメットが反旗を翻し『ザ・フール』並びに遙の両親を殺害。娘の遙は無傷で救出。バフォメットは新宿駅方面に向けて逃走中』
「おい、バフォメットって確かエンボレベルⅤだったよな? 悪魔型エンボの中でもかなり強えー方じゃねーか?」
「信二くん、その通りです。3年程前に石川県の能登半島で出現した記録があります。その時はAランク4人が対応し討伐に成功しています。ただし、残念ながら1人亡くなっています」
時子の話を聞いて瑞穂が質問する。
「時子、そのバフォメットとやらの特徴は?」
「黒い山羊の頭、長くて太い2本の角、背中には黒い翼。上半身が成人女性の姿なのに対して下半身は山羊そのもの。両手には鋭く黒い爪が伸びており、それ自体が武器となります。動きが大変素早く攻撃はまともに当たりません。それでいてMAGICSによる攻撃は無効、炎と氷の攻撃を主にする。あと、相手を魅了し意のままに操る事が出来るそうです」
「最悪じゃねーか。攻撃は当たらず、MAGICSも効かず。モタモタしていると魅了されて同士討ち。一体どーすればいーんだ?」
信二が考え込んで居るとつばさが手を挙げた。
「相手に気が付かれない所から遠距離攻撃を狙ってみるのはどうかな?」
「そーか。つばさの射撃ならひょっとするかもな。ただしチャンスは一度きり。ダメもとでやってみるか。でも、いくらつばさの腕があっても厳しいだろーな」
「そうだね。うまく行ったら御の字、ぐらいで考えておくよ」
「了解。つばさの先制攻撃のあと、突撃開始といこーぜ。時子、奴の魅了攻撃はどうやって発動するんだ?」
「魅了攻撃をする際は対象者を捕まえて抱きつき、胸元に顔を埋めさせるそうです。効果が発動するまではあっと言う間だったらしいです」
「ねえ信二、まさか魅了されてみたいとか思っていないよね? アンタ時々瑞穂の胸をチラチラ見る事があるから心配なんだけど」
瑞穂はメンバーの中では一番グラマラスで魅力的な体型をしている。
「そ、そんなことはねーよ! こんな時に変な事を言うんじゃねーよ!」
「私は気にしていない、と言ったら嘘になるな。男の視線は常に感じているよ。電車等で触って来るなら容赦はしないが見られるくらいは諦めているさ。それに信二や隼はは私の胸を見た後はバツの悪そうな顔をするから気にしていない。それより望と時子の視線を痛い程感じる時があるけどな」
「うわっ、完全にブーメラン! そりゃ瑞穂の胸は羨ましいな、ってよく思ってるけど。ねえトキちゃん?」
「のんちゃん、そこで私を巻き込まないで下さい! この件は完全にノーコメントです!」
「おいおい、奴さんのお出ましだ。俺らも出撃するぞ!」
あらかじめ信二達5人が展開している『コモンコンソール』は広域マップを展開しており、半径5kmほどの距離をカバーしている。その中にレベルⅢ以上のエンボが存在した場合に赤点を表示するようにしている。本田道場は神楽坂にある。そこを中心とした信二が展開する『コモンコンソール』のノースアップの地図の上に8時の方向から赤い点が出現したのだ。
信二達は立ち上がって『クロス・オン』をコールする。5人とも服装が真っ白なセーラー服や学生服に切り替わり、体がふわりと浮き上がる。あたりには『キーン、キーン』と金属のこすれるようなカン高い音が響いている。
信二の髪の毛は少し青みのかかった銀色なのに対し、他の4人は髪の毛の色が少しずつ違う。全員銀色がベースなのは変わらない。
望は金色寄り。
時子は桃色寄り。
瑞穂はオレンジ寄り。
つばさはグリーン寄り。
セーラー服の線も、髪の毛と同じ色に変わっている。
「全員同じ色だとつまらないから、みんなにアンケートを取ってそれぞれ好きな色を聞いて、カスタマイズしたんだ」
つばさが変装していることを忘れてそんな事を言っている。
「おい、つばさがどうしてそんな事を知っているんだ? おかしーだろ?」
もう知らんとばかりに突っ込みを入れる信二だが、つばさは慌てずに答える。
「当然、隼くんに聞いているからね。僕だってちゃんと希望の色にしてもらっているんだから」
「信二もいちいち細かい事なんか気にしていないで! すぐ行かないとダメなんでしょ?」
「そーではあるけどな。つばさ、助かったな」
「うん、まあね」
つばさはそう言って胸を撫でおろす。
「さあ、これから掃除の時間ですよ!」
準備が出来たタイミングを見計らって時子がそう言ってメンバーを鼓舞する。
信二達の戦いがいよいよ始まろうとしているのだった。
さあ、これから信二達の戦いが始まります。
次回、『第82話 悪魔との戦い(3)』
来週末投稿予定です。よろしくお願いします。