第75話 戦闘服(1)
すみません。今週も水曜の投稿ができませんでした。
本日2話連続投稿します。
こちらは1話目です。
時子と瑞穂が学校の図書室で話をしてから1週間が過ぎた。5月も中旬に差し掛かり、梅雨に入る前の太陽が一瞬の隙を突いたようにあたり一面を照らしつける。昼休みに入ったところで信二達5人はいつものように学校の屋上へ集合している。
「いやーっ、もうすっかり暑くなっちゃったね! そこで一緒にいる男子と女子が気温を上げちゃっているのかな?」
望がたまたま並んで座っている信二と時子を指差しながらそう言った。この前の土曜に退院した望はいつも以上に無駄口を叩き、かえって周囲を暑苦しくしている。
「おい望! そのオッサン臭いセンスはどうにかならねーのか? なあ時子、お前もそー思うだろ?」
時子のそばに居る信二が望に反撃しつつ、話を時子に振る。
「ちょっと信二くん! 答え方が難しい話を振るのは止めてくれませんか?」
時子が信二の脇腹を肘でドン、と当てる。
「じゃあ、時子は望のあのオッサン臭い発言を是とするのか?」
「是って・・・・・・確かに少々おじさん臭い感じだとは思いますが・・・・・・」
「なっ! そーだろ? 時子も最近そうやって思っている事を素直に出せるようになって来たのはいーことだ!」
「ちょっと、そこの2人! 今夜の仮想空間ではアンタ達をギッタギタにしてやるんだからね!」
「上等だぜ! 返り討ちだ! 血祭りに上げてやるぞ!」
「もうヤケです。こうなったら私もやるときはやるってところをお見せしますよ」
「おーおー、そこの目つきの悪いアホはともかくトキちゃんも言うようになったねえ。まあいいよ。トキちゃん、今夜は寝かさないよ? いやあ楽しみだね。」
「だからその言い回しがオッサン臭いんだよ! どこのエロオヤジのセリフだ?」
望の言い回しに我慢が出来なくなった信二。しかし、延々と続く3人の掛け合いが続くのを我慢出来なくなった者が居た。
「こら! そこの3人! いつまでコントを続ける気だ? 今日は戦闘服の事で話があると言っていたのは信二だろう?」
放っておくと終わらないのでは無いかと感じた瑞穂が3人の話を止める。
「っと、スマン。現実世界で元気な望を見るのも久しぶりなんで、つい、な」
「えっ? そうだったの? そう言われるとなんか照れるね」
「し、信二くん、『つい、な』とかカッコつけている場合じゃないよ。は、早くしないと昼休みが終わっちゃうよ」
つばさの恰好をしてない隼ではあるが、打ち解けて来ているのかそれなりに話が出来るようになって来ている。信二はそんな隼からの突っ込みに思わず焦りながら答える。
「た、確かに隼の言う通りだ。すまん。そーだな、それじゃあ本題に入るが、さっき瑞穂が言ったとーり、隼と一緒に俺たちの戦闘服を作ろうとしてるんだ」
「戦闘服? どんな?」
望が興味津々とばかりに問いかける。
「あー、機能的な所は粛々と進めさせてもらっているが、今日は見た目を決める為にみんなの意見を聞こうと思ってな」
信二がそう話すと、瑞穂が待っていましたとばかりにあらかじめ持ってきたトートバッグからスケッチ帳を取り出した。どうやら事前に隼から今日の話を聞いていたらしい。
「そう来ると思って少し前から準備していた。見てくれ・・・・・・どうだろうか?」
スケッチにはトンガリ帽子に魔法使い風のドレス、それから大きめのマントが描かれている。提灯袖で袖口はフリルがあしらわれている。
胸元には大きなリボンがあしらわれている。腰元がキュッと締まっており、そこから花びらの形の布地が何枚も重なる形でスカートの形を作っている。長さは膝上10cmくらいか。また、花びらの先にはぼんぼりのような者が描かれている。
それに肘まで覆うグローブと膝を隠す長さのブーツという格好だ。
完全に魔法使いのイメージだ。信二は思わず顔をしかめるが、望とつばさの受けは割と良いようだ。
「かわいいよね、これ!」
望は手放しで褒める。それに対して時子は
「可愛いんですが、この帽子だと動くとき邪魔にならないでしょうか? スカートも戦う時に動きが邪魔されそうに感じます。それから、今回使う生地で提灯袖のふんわりした感じを出せますか?」
「うーん、ふ、ふわっとした感じは少し難しいかな」
時子と隼の話を聞いて瑞穂はすぐに軌道修正に入る。
「そうだな、帽子は無しにしようか。それからスカートはシンプルな形にしよう。でも、ふわっと広げる様にしたい。あと、袖は仕方ないから直すようにするよ」
瑞穂は頷きながらそう言った。
「スカートを膨らませるならパニエを入れたら? スカートの裾からちょっとフリルを見せるとかわいいと思うよ」
望が修正案を提示する。
「そうか。それならいっそのこともう少しスカートを短くしてみようか」
その意見を瑞穂はすんなり受け入れると今の話をもとに鉛筆を持ち、手慣れた感じでスケッチを書き直す。
「へー。うまいもんだな。瑞穂はそういう特技があったんだな」
信二が感心してそう言った。
「まあそうだな。ニューロンレシーバとペインティングツールで作る方がリアルで確実な物ができるかも知れないが、私としてはこうやって手を動かす方が馴染むんだよ。さあ、こんな形でどうだ?」
瑞穂が話しながらスケッチを直し、それを3人に見せる。
望と時子はこれでいいと頷いた。
「信二のものは別に描いたぞ」
瑞穂はスケッチの別のページを見せる。
黒のシルクハットにタキシード。右目だけに丸い眼鏡を付けている。
「おい! これは何の罰ゲームだ? 仮装大会に出るんじゃねーからな! さすがにこの恰好でエンボと戦うのは御免だぞ?」
信二は慌てて否定する。
「おもしろいと思ったんだがな。やはり断られたか。それじゃみんなと衣装を合わせるか?」
「バカタレ、俺がこのフリフリな服を着る訳がねーだろ? 想像するだけでも気味悪いじゃねーか!」
信二が当然のように憤慨する。これを着て喜ぶ男子は隼くらいなものだろう。
そんな信二を見つつ瑞穂は話を続ける。
「そういう事もあろうかと、もうひとつ用意して来たんだが」
瑞穂はそう言いながらスケッチ帳をめくった。
スケッチ帳に描かれていたのは真っ白な学生服とセーラー服だった。
学生服は前をボタンでは無くファスナーで止めるタイプのもので、襟足、袖口、ファスナーの両脇に紺色の線が走っている。これにくるぶし丈の黒いブーツを合わせている。
セーラー服は胸当てのない襟に2本の紺色の線。
袖口には紺色の3本線が引かれている。それに膝下丈の白いプリーツスカートを合わせている。足元はやや紺色のレザーブーツ。フロントをブーツと同じ色の紐で縛っている。
「わあ、綺麗でカッコいいね!さっきのも可愛かったけど、こっちの方が断然好きかも!」
スケッチを見てテンションが上がる望。
「私も凄くいいと思います。とても可愛くてカッコいいですよね」
時子も全面的に賛成している。
「そーだな。これなら俺も安心して着ることが出来るし統一感があるよな」
信二もうんうんと頷いている。
「瑞穂ちゃん、これは凄いよ!このセーラー服、可愛くてクールだよね! 凄く楽しみだよ!」
いつの間にかに興奮した隼がセーラー服の方に激しく反応する。もうすっかり話し方からどもりが消えている。
「隼くん? キミは戦わないし、着るとしても学生服の方じゃないの?」
望のツッコミに隼が少し慌てながら答える。
「えっと、そう、つばさが着たら似合うだろうなと思って!」
「ふうん。確かにつばさちゃんもすらっとした体型だし、似合うと思うけどね」
望は少し腑に落ちない所を残しながらも引き下がる。
それを見た隼は話の方向を変えようと内ポケットから白い布地を取り出して望に渡す。
「戦闘服にはこの布地を使う予定なんだ。素材は父さんの会社で開発中の特殊合金に合成繊維をコーティングした糸で織ったんだ」
望は隼から布地を受け取り、触り心地を確かめる。見た目は少し光沢感があるものの、さらっとした触り心地だ。引っ張ってみると思ったよりも伸縮性がある。
「見た感じは普通の布地だね。結構触り心地がいいし伸び縮みもちゃんとするから着やすそう。耐久性はどうなの?」
望は布地を見ながら隼に尋ねた。
「斬撃、打撃はかなり軽減するし、不燃性、耐熱性にも優れているよ。加工が難しいのというのがデメリットかな」
「なるほどね。加工が難ありと言うけどさっきの戦闘服は作れるの?」
望の問いに隼が答える。
「難しいと言ってもそれ程でもないよ。僕からすると信二くんがガンガンMAGICSを作っている方がすごいと思うけどね」
「俺の事は今はいーだろ? 戦闘服をどーするかって話だからさ」
信二の話を流しつつ、望がさらに隼へ向かって質問する。
「ところでさ、戦闘服が出来たらどこで着替えをするの? 登下校中にエンボが出る事もあるだろうし、家からそれを着て外に出られない事もあるよね?」
「ふふふ、そこはこの俺の出番だ。隼が作ってくれた戦闘服を|バーチャライゼーション《仮想化》して、必要な時にエンボディメントするんだ。ついでに色々MAGICSをコールしてバフ付けつけて戦闘力を強化出来るようにするつもりだ」
信二の話に望が首を傾げて尋ねる。
「なんか急に話が難しくなって言ってる事がわかんなくなったんだけど・・・・・・」
「要するに、『変身』出来るって事ですよね?」
時子が信二の話をまとめてそう言った。
「変身? 何それ? 魔法少女みたいな感じ?」
望が食い気味で信二へ顔をグッと近づける。相変わらずパーソナルスペースが狭い。
「のんちゃん、ちょっと信二くんに近すぎです。私だって顔をそんなに近くには・・・・・・」
時子が望にクレームを出す。
「あっ、トキちゃんゴメン。つい熱くなっちゃって。で、どうなの?」
懲りずに答えを引き出そうとする望。信二は少し引き気味になりながら答える。
「変身・・・・・・と言えばそーなるな。でも、背景が銀河とかになって、パーッと光りながらパーツ1個ずつ付いていくなんて事はやらねーからな? そんな仕様だとエンボに瞬殺されるぞ。現実はそんなに甘くねーよ」
「でもさ、走りながら蒸着ッ!とか叫ぶとさ、ピカーッと光って、そしたら姿が変わる! とか?」
「おい望、少し落ち着け。なんか文法がおかしいぞ。でもまあ、そんな感じだ。『蒸着』は何となく使っちゃダメなような気がするから、別の言葉を考えるか」
「あたし、そう言う変身を1度やってみたかったんだ! 何だかワクワクするね!」
「おい、これが完成したら1度じゃ無くて普通に使うようになるんだからな。後、瑞穂とつばさが使っている武器も|バーチャライゼーション《仮想化》させておいて、使いたい時にエンボディメント出来る様にするぞ」
信二の言葉に瑞穂が反応する。
「すると、普段は刀を持ち歩かなくてもいいと言う事だな? スイーパーだから、と言う事で我慢して来たが、これからは手ぶらで動けるのはありがたいな」
これに隼も同意する。
「そうだね。銃をぶら下げているのも目立つからね。武器の|バーチャライゼーション《仮想化》は助かるよ」
「あれっ? まるで隼くんがつばさちゃんみたいな事を言ってるけど、どう言う事?」
望が違和感に気がついて隼に尋ねる。何故か隣で信二が何やら落ち着かなそうにしている。
「も、もちろんつばさちゃんがこれを使ったら、の話だよ。あ、あの子も街中で銃を持ち歩く事を気にしているって言っていたから」
隼が急に挙動不審になりながら答える。実情を知っている信二は気が気では無い。
「ふうん。変なの。でもまあいっか。それで、服はいつ頃出来るの?」
望は特に隼とつばさの関係には気が向いていないようだ。それより今はいつ戦闘服を着ることが出来るのかと言う方が大事らしい。隼は気を取り直して答える。
「今、縫製機を作っているところで、あと1週間かかりそうなんだ。縫製機が出来たら、みんな僕の家に来てほしい。そこで採寸しつつ、一気に作っちゃうから」
隼の答えに一同が浮つき出す。
「あと1週間我慢すればいいんだね! わかったよ! その間は仮想空間でみっちり特訓だね!」
望の言葉に瑞穂が頷いている。
「そうだな。来る『ザ・フール』の襲来に備えて私達自身の実力をつけていかないとな。それにしても楽しみだ」
時子も目を輝かせている。
「私も楽しみです。信二くんと隼くんが作るものなら、もう間違いないですもんね!」
「時子、あんまり持ち上げるなよ。とにかく来週実物ができるのに合わせてMAGICSの方も仕上げてくるからな」
こうして昼休みの話は終わった。時間はあっと言う間に過ぎ去り、隼が約束した1週間後となった。
次話は隼の家に行っていよいよ戦闘服をつくりはじめます。
『第76話 戦闘服(2)』
よろしくお願いします。