第71話 巨大倉庫の怪(4)
前回に引き続き今回は残酷な表現があります。
話を信二とつばさの作戦会議を行っているところに戻す。丁度彼らの話が終わったところのようだ。
「よしっ、それじゃ準備は出来たな。つばさの援護、頼りにしているからな!」
「まかせて。銃ならどんな状態だって絶対に外さないよ。それより、信二くんのほうも気を付けて。手が滑りでもしたら信二くんが自滅しちゃうからね」
「ああ、大丈夫だ」
信二はつばさに向かってVサインを送る。その手には肘のところまであるゴム手袋をはめ、反対の手にはなにやら透明な液体が入った小さなペットボトルを持っている。さらにゴーグルを着用し万全の状態だ。
「それにしても、いろいろと準備してきているんだね。結構ビックリしているよ。でも、くれぐれも慎重にね」
「まーな。それじゃ行くか。あっちも時子は助かったけど、さっさと女郎蜘蛛を討伐しねーとな」
「うん、そうだね!」
その時、『コモンコンソール』に望からメッセージが入る。
『しまった!』
そして、それきりメッセージは途絶えてしまう。
『コモンコンソール』で状況を確認すると、青い点が2つが接近して見える。そこから少し離れたところで青い点と赤い点が重なっている。
「まずいっ! 誰かが女郎蜘蛛に接触されているっ! さっきのメッセージからすると望なのか?」
「そうかもっ! 信二くん、急ごう! でも、慎重に!」
信二とつばさは『レビテーション《浮遊》』を発動する。青白い光とともに『キーン、キーン』という金属をこするような高い音が出る。2人はふわりと浮き上がり、次の瞬間には望たちと女郎蜘蛛が戦っているエリアへ向かって矢のようなスピードで飛んでいく。
『望、今助ける! 待っていろ!』
◆◆◆◆◆◆◆◆
瑞穂と時子は、なんとか子蜘蛛の殲滅に成功した。あとは速やかに望を救出する必要がある。
ここからでも女郎蜘蛛の産卵管が望の腹に差し込まれているのが見えており、その産卵管の中をソフトボール大の卵がゆっくりと進んでいく。
『望、今助ける! 待っていろ!』
そんな時に2人は信二からのメッセージを受け取った。
『信二くん! はやくっ! のんちゃんが、のんちゃんが!』
いつもは冷静な時子が憔悴しきっており、あわてて内容の無いメッセージを送ってしまう。それがかえって信二とつばさに緊迫した状況を伝える事になる。
そんな時、『キーン、キーン』という『レビテーション《浮遊》』を行使しているときに出る独特の金属音が聞こえてくる。
「来ました! 信二くん!」
「ああ、来たな! つばさもいっしょに!」
すぐに2本の青白い光の線が見えて来た。
そのうち1本は時子たちの前を通り過ぎ、迷うことなく女郎蜘蛛へと突き刺さる。
◆◆◆◆◆◆◆◆
青白い光の矢と化した信二は宙吊りになりぐったりとしている望に女郎蜘蛛から何かが差し込まれているところが見えた。
その瞬間、信二の心の中で何かがプツンと切れたような感じがした。
「あんんんんの野郎ぉぉぉぉっ! 望に何をしやがる!」
幸いにして、信二が向かっている方向は望と女郎蜘蛛が向かい合っている所を横から差し込むような位置取りになっている。そのため、信二が飛んでいる軌道の微調整さえできれば女郎蜘蛛にだけ打撃をヒットさせることが出来る。
「絶対にあいつはぶっ殺す! そのためにも慎重に!」
信二は右手でペットボトルを持ち、力こぶを作るようなポーズをとる。そしてその右こぶしが女郎蜘蛛の人の姿と蜘蛛の姿の分かれ目の部分にあたるよう軌道を調整し、そのまま女郎蜘蛛へと突っ込む。
信二の右手は女郎蜘蛛の腹の皮を突き破り、体内へとめり込む。その瞬間に信二はペットボトルを思い切り握り潰し、中の液体を女郎蜘蛛の体内へまき散らす。
女郎蜘蛛は信二に突っ込まれた衝撃でそのまま信二の進んで行くのと同じ方向に吹っ飛ぶ。望の体内へと差し込まれていた産卵管はすっと抜け、それと同じタイミングで産卵管の先から白いぶよぶよとした卵がヌルリと零れ落ちた。
そのとき、つばさは近くの空中で停止し銃を構えていた。女郎蜘蛛が望から離れ、産卵管から卵が零れ落ちるタイミングを見計らい『ドウッ』と発砲する。その銃弾はゆっくりと地面に零れ落ちる女郎蜘蛛の卵に命中し跡形もなく消し飛ばした。
卵が消し飛んだ瞬間、女郎蜘蛛は我が子を喪った悲しみをその美しい顔に刻み込んだ。
「瑞穂ちゃん、これから望ちゃんの糸を外すから、望ちゃんの体を支えて!」
つばさは瑞穂にそう叫ぶと、望を吊るしている糸に自分の銃の照準を合わせる。
「わかった! すぐ行く!」
瑞穂はそう答えると『レビテーション《浮遊》』で望のところへ飛んでいき、望の体を支える。時子も何かあったら対応できるよう、瑞穂の後について行く。
つばさはそれを見て立て続けに5発の銃弾を放つ。それらは見事望を吊るしている糸に命中する。
瑞穂は望を吊るしていた糸がすべて切り離された事を確認し、床へとゆっくりと降り、望をそっと床へ降ろす。
望は瞬きを何度もしているが、指先ひとつ動かすことが出来ずにいる。
そこへ時子がやって来た。
「おそらくのんちゃんが子蜘蛛に噛まれた時、麻痺毒を注入されたんだと思います。毒が抜ければ麻痺も治ると思いますが、流石に手持ちに解毒剤がありません。それより、お腹の怪我の手当てをします」
時子がそう言うと、自分のリュックサックを降ろして中から水が入ったペットボトルとエイドキット、そしてきれいなタオルを取り出す。傷口を水で洗い流し、タオルを臍の部分にあてて流れた血を吸い取る。
幸い出血は止まっているようだ。
「ガーゼを当てて固定しますが、もしかすると中にあの管の破片が残っているかもしれません。最悪の事態にはなりませんでしたが一刻も早く病院で処置してもらう必要があります」
時子はそう言いながら、望の破かれてしまったジャージを脱がせ、自分のジャージを脱いで望に着せようとする。しかしサイズが小さすぎて着せることが出来ない。
それを見た瑞穂が自分のジャージを脱いで望に着せ、ジッパーを首の所まで上げる。
ジャージを着させてあげられなかった時子がしょんぼりしているのを見て瑞穂が時子に声をかける。
「人のサイズはそれぞれ。気にするな。それよりも私が先に気が付くべきだったんだよ」
「そう、ですね。わかりました。瑞穂さん、ありがとうございます」
そのやり取りを見ていた望は瑞穂に対して恨みがましい視線を送る。そういえば望の胸元がなんだかプカプカしている。それに気が付いた時子はぷっと少し吹き出したが、大事なことに気が付いてこう言った。
「のんちゃん、意識はあるんですよね。もしかしたら『コモンコンソール』が使えるんじゃないでしょうか。頭のなかで『コモンコンソール』をコールしてみてもらえませんか?」
時子の言葉を聞いた望が目をぱちくりさせる。次の瞬間、『コモンコンソール』を通じて時子達にメッセージが届く。
『できたっ! やっと話が出来る。トキちゃん、ありがと-。ホント、怖かったよう』
「よかった! ちゃんとコール出来ましたね。本当に怖い思いをさせてすみません!」
「望、本当にすまなかった!」
時子と瑞穂が望に頭を下げた。
『ううん。怖かったけど、みんなであたしを助けてくれたじゃない。怖い思いならトキちゃんやつばさちゃんだってしたでしょう?』
丁度望のところへ降り立ったつばさを見て望がそうメッセージを送る。
「もうちょっと早くに来ていれば、望ちゃんに怖い思いをさせずに済んだんだけど。僕が信二くんを引き止めたんだ。本当にゴメン」
『つばさちゃんも気にしないで。それより、あのエロ蜘蛛はどーなった?』
「のんちゃん、信二くんの口癖が移ってますよ。あの蜘蛛なら、あちらで大変なことになっていますよ」
女郎蜘蛛はノックアウトされていて床に伸びている。その近くに信二が仁王立ちしている。
よく見ると、女郎蜘蛛の腹のあたりからしゅうしゅうと音を立てて白い煙が立ち上っている。
「信二くんが用意してきた物の中に、生物の体と激しく反応する毒があったんだよ。それを女郎蜘蛛の体の中に流し込む作戦だったんだけど、うまくいったみたいだね」
女郎蜘蛛を確実に倒すために信二とつばさが相談してこの作戦を考えたのだ。今のところその作戦はうまくいっているようだ。
「テメーは絶対許さねー! 望になんて事しやがる! コゲひとつ残さず焼き尽くしてやる! オラオラオラオラオラァーッ!」
信二はとどめとばかりに『ファイアボール』を至近距離から撃ち出し、次々と何発も女郎蜘蛛へと叩き込む。あまりに執拗な攻撃に、若干引き気味の一同。
やがて女郎蜘蛛の体全体が炎で包まれ、やがてその残骸はふっと掻き消えた。
信二はフーッ、フーッと肩で息をしている。
「やった、のか?」
瑞穂がそうつぶやく。
「瑞穂ちゃん、それ、絶対口にしちゃいけない言葉のひとつだよ。それにしてもなんか、違和感があるんだよね・・・・・・」
つばさの言葉を聞いて、時子がはっとした顔をする。
「信二くん! エンボを討伐した時は光の粒子が出るはずですが、今のはそうなっていないですよね? もしかしたら姿を変えて逃げたのかも!」
信二がその言葉に反応する。
「・・・・・・そーか!『コモンコンソール』に引っかからない位小さな姿へ変身しているかも知れねーな! よしっ!『コモンコンソール』の感度を上げるぞ!」
『コモンコンソール』は表示対象のサイズをある程度調整している。そうしないと小さな虫等がすべて反応してしまい、マップ上が点で埋め尽くされてしまうためだ。
しかし、今回はそれが仇となっている事に信二は気が付いた。彼はすかさず『コモンコンソール』の設定を変更し、対象の感度をぐんと上げた。
すると、『コモンコンソール』で表示される脳内のマップに無数の黄色い点が表示される。これまで女郎蜘蛛が吐き散らかした糸や繭の破片などが散乱するこの倉庫には無数の虫たちが入り込んでおり、それらが信二達にとって中立の存在として認識されるようになったのだ。
その黄色い点達を注意して見てみると、よろよろとしながら信二から遠ざかっていく黄色い点があった。信二はそれに気が付き、不審な動きをする点へと移動する。
「よっしゃ、見つけたぞ!」
信二はゴム手袋をはめたまま地面から焼け焦げた1匹の蜘蛛をつまみ上げた。
「コイツが女郎蜘蛛の変身した姿だ。さんざんてこづらせてくれたがこれで終いだ!」
そう言いながら信二は小さな姿に化けた女郎蜘蛛をぐしゃりと握りつぶした。その瞬間、信二の手から眩しい光があふれ出し、それが5人のエナジーシリンダーへと流れ込んでいく。
「どうやらこれで本当に討伐できたんですね」
時子が言う通り、巨大倉庫に巣くったエンボレベルⅣ、女郎蜘蛛が討伐された瞬間だ。
「念のため倉庫の中を一通り確認する必要があるがそれより今は望の手当が先だ! 外に出て救急車を呼ぶぞ! あと、つばさと時子も一時は繭に閉じ込められているんだ。念のため検査してもらったほうがいーぞ」
信二の言葉に時子とつばさが頷いた。そのあと信二が望達に頭を下げてこう言った。
「みんなゴメンな。俺の準備不足で怖い思いをさせちまった。本当にゴメン」
◆◆◆◆◆◆◆◆
その後望はすぐに近くの病院へ運ばれ手当を受ける事になった。
時子とつばさも念のため検査を受けたが問題はなくすべて正常という結果だった。
倉庫については日曜日のうちに信二を案内人とし、藤丸グループの職員と何人かのスイーパーによる探索チームが結成された。
探索チームは倉庫内をくまなく調査したが、他のエンボの存在は見られなかった。
倉庫の中、ところどころに残されていた大きな繭を調べたところ、中には行方不明になっていた工事関係者やスイーパーたちが閉じ込められていた。
彼らはみな麻痺状態になっており、長時間食事や水を摂ることが出来なかったので衰弱してはいたが命を繋ぎとめることが出来ていた。
よく見ると顔のところに繭の隙間ができておりここから呼吸をすることが出来ていたのが生存率を高めたひとつの要因となっていた様だ。
残念ながら既に女郎蜘蛛の食害に遭ってしまった者が数名いたものの、当初想定されていたよりは少ない被害で済んだ。
これを持って藤丸翔は巨大倉庫の調査を完了とみなし、藤丸グループの作業要領書の写しを信二に渡した。
こうして、信二達の活躍により巨大倉庫で発生した行方不明事件はひとまず幕を閉じたのだった。
信二達は今回の戦いも何とか勝利を収めることができました。
次回は
『第72話 巨大倉庫後日談(信二と望、そして・・・・・・)』
です。今回の戦いの後日談です。どうぞお楽しみに。