第64話 ザ・フールの暗躍
話は信二達が大龍城での戦いが終わった日、さらには時子が『メイジイーグル』を撃破した日の翌日に遡る。
ここは新宿から一駅離れたところにある15階建てマンションの最上階にある一室。2LDKの間取りであるが80平米を超える贅沢とも言える広さ。
マンションの周辺には徒歩で10分程度の所に代々木公園が、さらに近くには東京オペラシティなどがある。
そのためハイソな雰囲気があるのかと思いきや、商店街も健在で庶民的な雰囲気も残っている。
そこに一人で暮らしているのが須藤一樹。名前は男性のようだが、20代後半の女性だ。
背丈は160cm前半。ショートカットの髪型も相まって、中性的な顔立ちをしている。
日本三大財閥グループの一角、出海グループを束ねる須藤家に属するも、傍系にあたる彼女は出海グループの会社を率いていく立場にはない。
それでも子供の頃から裕福な環境であった事には違い無く、高度な教育を受けた彼女は国内最高峰の大学を卒業し、今は埼玉県の南部にある研究所で勤務している。
そんな彼女は今、猛烈に焦っていた。
「大龍城のエナジー収集も道半ば、両津時子のMAGICS収奪も失敗。亜種ゴブリン達も司馬信二に討伐されてしまった。ここにきて計画が大きく遅れてしまった」
事務用のテーブルとリクライニング付きの椅子に座り、パソコンを前に頭を抱える一樹。そう、彼女こそ『ザ・フール』、LMOSが、そして信二たちが追い続ける黒幕だ。
「これまでの私につながる情報はここまで辿り着かないように工夫しているからね。でも、『ザ・ハーミット』が動いているならここが突き止められるのもそう遠い未来ではない、か。LMOSにここが見つかってしまうのが先か、私の準備が間に合うの事の方が先か。これから先2か月が勝負、ギリギリという所かな」
チッ、と小さく舌打ちをしてパソコンの操作を進め、右手でゲンコツを作り自分のこめかみをグリグリと押し付けながら独り言を続ける。
「それにしても、あの司馬信二は邪魔だよ。本人は正義ぶっているけど、奴は何もわかっていない。アレが完成するのは長く見積もって2年、下手したらもっと短いかも知れない。それまでに力を蓄えてその思惑を完膚無きまでに叩き潰さなければならないのに。このままだとこれまで沢山の犠牲を強いてきたのもすべて水の泡に・・・・・・」
そこで一樹は頭を2、3回振ってからすっと立ち上がり、アイランド型のキッチンへと向かう。
「ちょっと煮詰まってきたし、コーヒーでも入れて一服しようか」
電気ケトルに水を入れ、スイッチを入れる。それからキッチンの脇にある引き出しからコーヒー豆を取り出し、電動のコーヒーミルで豆を挽いて粉にする。
「うん、やっぱり挽きたての香りは格別だね」
挽きたての粉の香りを感じながらペーパーフィルターをドリッパーにセットし、粉を平らにしながらペーパーフィルターの中に入れる。
さて、これからお湯を入れようかというときに『ピンポーン』とインターホンが鳴る。
「さあ、可愛いお客さんが来たよ」
インターホンのディスプレイに移っているのは高校生の女の子、日暮遥だ。
『一樹さん、こんにちは。』
「遥ちゃん、ちょっと待って。今開けるから」
一樹はインターホンのスイッチを切り、玄関へと向かう。扉ののぞき窓を見て、外に居るのが遥だけであることを確認し、扉のチェーンを外し、上下にある鍵を外す。
そっと扉を開くと、そこにはインターホンで見た通りの女子高生、日暮遥が立っていた。
「これはお土産のケーキです。是非に」
遥がちょっとはにかみながら小さな手提げの箱を一樹に渡す。
「別に手ぶらでも構わなかったのに。でも、丁度良かった。今、研究に行き詰っていたところで、コーヒーを淹れようとしていた所。さあ、中に入って」
「休日にまでお仕事。研究所って大変ですね」
遥はキラキラした目で一樹を見つめて来る。
ライフワークである事には違いないが、仕事とは違う作業をしていた一樹。彼女には遥の視線が眩しいものに感じる。
「まあね。今、検証結果をまとめて論文を進めているところなんだ。今月末に発表会があるから、休みとは言っても進めておかないとね」
それでも一樹は自分の気持ちを一切出さずに遥へ嘘の説明をしながら彼女をリビングへと案内する。
「それじゃ、コーヒーを淹れてくるからそのあたりに座っていて」
一樹はソファを指さしながらそう言った。
「ありがとうございます」
遥はふかふかのソファにちょこんと座り、近くのオペラシティビルや帝都高速道路、遠くに見える新宿のビル群が見える景色を眺めている。
遥は一樹の母方の従妹で、一樹の母の兄の子にあたる。
遥から見た一樹は国内最高学府を卒業した才媛と見ており、憧れの存在だ。
そんな一樹がこの春から実家を出てこのマンションに引っ越したという事で、遥は一度ここに訪問したいと話していた。
それならGWの間に一度来てもいいよ、と遥に伝えており、今日がその約束の日なのだ。
一樹はキッチンに戻り、電気ケトルのお湯をドリッパーに注く。最初は少量注いで豆を蒸らし、それからお湯を何度かに分けて注いでいく。
そうしてデカンタに落としたコーヒーをカップに注ぐ。
遥に持ってきてもらったケーキを皿に乗せ、それらをトレイに乗せて遥の所に運んでいく。
「とてもステキ。私も大人になったら、こんな暮らしをするのが夢なんです」
「ここを褒めてくれるのはうれしいけれど、半分は親に出してもらっているから、自慢するような資格もないんだけどね。しかも半分は住宅ローン。返し終わるまで死ぬ気で働かないとね」
「いえ、ここに住むことが出来るだけでも。私はただの中学からの持ち上がり。一樹さんみたいになれるとはとても。今から中間テストが心配です」
「そうなんだ。でもクラスの友達と一緒に勉強したりはしないのかい?」
「友達が最近スイーパーになって、そっちが忙しいみたいです。それで最近は一緒にいることも減ってしまい・・・・・・」
「へえ、高校生でスイーパーなんだ。なんていう人?」
「本田望、司馬信二。最近は両津時子って子も」
「へえ、それは凄い! 司馬信二君、本田望さんといえば、先月『ウォッチマン』の討伐に成功したというスイーパーじゃないの? 遥ちゃん、そんな人たちとクラスメートだったんだ!」
「そうですが・・・・・・でも、最近は置いてきぼり・・・・・・少し複雑です」
「そっか、近くにそんな凄い人達がいると、ちょっぴりジェラシー感じたりすることもあるんだね。よし、それじゃあテストになるまで私が勉強を見てあげようか? テストでいい点をとって、彼らを見返そうよ」
「それは嬉しいですが、一樹さん忙しいのでは?」
「たしかに、四六時中見てあげることは出来ないだろうけど、全然ダメという訳でもないよ。それに論文のまとめに煮詰まることもあるし、そんな時は気分転換にもなるからね。よし、それじゃあ遥ちゃんにはここの合鍵をあげよう。遥ちゃんにとっても、ここで勉強するのは励みになるんじゃないかな?」
「私なんかが合鍵を・・・・・・」
「遥ちゃん、私たちは従妹同士だろう? 君がそんな悪い事をするような子だなんて思わないけど」
「それなら・・・・・・是非」
一樹はそれを聞いて部屋の合鍵を遥に渡す。
「ありがとうございます」
「うん、応援しているからね。でも遥ちゃん、1つだけ約束があるんだ」
「なんですか?」
「遥ちゃんがここの合鍵を持っている事は誰にも言わない事。日暮のおじさん、おばさんはもちろん、学校の先生やクラスメートにもね」
「わかりました。それなら、図書館で勉強するという事にします」
「それはいい考えだね。あと、テスト前はここで泊まり込んで勉強しても良いよ」
「でも、それではお母さん達には何と言えば?」
「その時におじさん、おばさんにはここへ勉強するために泊まる事を話しても構わないよ。ただ、合鍵を持っていることだけ秘密にしてくれればいい。あと、友達には内緒だよ」
「わかりました。むしろ、成績を上げて望達をビックリさせるためには秘密にするべき」
「よし、それで決まりだね! それじゃ、これからテストまで頑張ろうか」
一樹はそう言って遥へ右手を差し出した。
「お世話になりますが、よろしくお願いします」
遥は立ち上がり、一樹が差し出した右手を両手で握りしめる。
それから一樹は遥の学校の話を聞くなどして時間を過ごした。
「あっ、もう5時。もう帰る時間」
「そっか、もうそんなに時間が経ってしまったんだね。凄く楽しかったから気が付かなかったよ」
「一樹さんがそう言っていただけるのはとても嬉しい事」
「私も嬉しいよ、明日からいつでもここに来て構わないからね」
遥はその言葉を聞くと、ペコリと頭を下げて部屋を後にした。
「さて・・・・・・飛んで火に入る夏の虫、ってやつだね。あの子が司馬信二達と同じクラスだったなんて、私に運が向いてきたのかな。このまま準備を進めて行けば、私も安泰だ」
くっくっく、と肩を震わせながら嗤う一樹。その目には人の命をなんとも思っていない、冷徹な光が宿っているのだった。
『ザ・フール』は一体何をたくらんでいるのか・・・・
一方、信二達の学校にある人物がやってきます。
次回の水曜日は『第65話 転校生(1)』を投稿します。お楽しみに。