第62話 望の独白
あけましておめでとうございます。
新年一発目は望の心境独白です。
旭、一カ月振りだね。
あたし、スイーパーになったんだ。
高校入学式の日に、学校の屋上で旭の誕生日を祝ったんだけど、そっちに届いたかな?
それから色々忙しくてさ、なかなかお墓参りに来ることが出来なくてごめんね。
旭が居なくなって7か月だね。
何だかあっという間だよ。
今日はGWの最後の日だし、今日はどうしてもここに来なくちゃって思って。
さて、それじゃあ最近起こった事を報告するね。
さっき、スイーパーになったって言ったけど、一緒に戦う仲間が出来たんだ。
まずは旭にも話した事があるよね。ウチの道場に来ていた奴で、高校では同じクラスになった司馬信二。髪の毛クシャクシャで目つきがすっごく悪くて。
全科何犯だよって顔つきなんだけど。
それでさ、アイツ、結構頭が良くって。あっ、もちろん旭には全っ然敵わないんだけどね。だけど、旭と同じく自分でMAGICSを作れるんだ。
それだけじゃなくて、戦闘センスもいい線行ってるの。旭が作ってくれた仮想空間で模擬戦をやっているんだけど、最近は五分五分くらいになって来ていて。
ウカウカしていると、そのうち勝てなくなっちゃいそう。あたしももう少しがんばらなきゃ。
それから隣のクラスの両津時子ちゃん、トキちゃんって呼んでるんだけど。
度のキツそうな眼鏡と三つ編みのおさげ。それから体が凄く小っちゃいんだけど、何か真面目で可愛い子なんだ。
初めて会った時はちょっと自信無さげだったんだけど、スイーパーになって、レベルⅡのエンボを討伐して。
なんだかすごく自信がついたみたい。
そんなトキちゃん、信二と同じくらい頭がいいんだ。
|グラビティコントロール《重力制御》だって。しかもそれを改造してレビテーションと言う空を飛ぶMAGICSまで作っちゃって。
普通、そんなの思いつく? いや、思いつくだけならあたしだって出来るかも。
だって、あたしだって空中に浮かんでみたいと思った事あるもん。
だけどさ、それを実現しちゃうとなると話が違うよね。この間信二とトキちゃんの話を聞いたけど、中身が全くわかんなかったよ。
旭だったらバッチリわかるよね? 旭が説明してくれるんだったらあたしもわかったのかな?
あとね、これはまだトキちゃんと仲よくなる前の話なんだけど。旭も知ってると思うけど、『ウォッチマン』っていう凄く嫌らしいエンボがいるよね。そんなヤバい奴に信二とあたしが出会っちゃったんだ。
聞いたらソイツは信二のお父さんの仇なんだって。だからやっつける事にしたんだけど、それが強いの何のって。あたし、もう少しで首を刎ねられて旭の所へ行く事になるところだったよ。
本当に怖かったんだから!
もしあたしがそっちへ行くような事になったら旭はあたしの事をなんて言うかな? また会えたって喜んでくれるかな?
ううん、どうして来たんだって、きっと怒られちゃうんだろうね。
でさ、信二が自分の体を犠牲にして『ウォッチマン』をやっつけたんだ。
あたし、びっくりしちゃって。
だってさ、わざとに自分のお腹に相手の剣を刺させて動きを止めるんだよ。下手したら死んじゃうよね?
普通あんな戦い方思いつくかな? 一時はもうダメなんじゃないかと思って。
その後救急車で病院に運ばれて緊急手術になって。
もう身近な人が死んじゃうなんて嫌だからね 。
なんとか助かったんだけど、心配で毎日お見舞いに行ったんだ。幸い無事退院出来て今はアイツ、ピンピンしているよ。
ここに来る事が出来なかったのも、信二のお見舞いに行ったり、スイーパー登録をしたり、バーチャルスペースで訓練したり。
この間なんてついに大龍城にも乗り込んだよ。
あの『ウォッチマン』は『ザ・フール』って奴の差し金だって事が分かったんだ。
今は『ザ・フール』の正体を追いつつ訓練やMAGICSの開発で更に強くならなきゃ! って感じかな。
まあ、MAGICSの開発は信二とトキちゃんが頑張るんだけど。
とにかくもう毎日が濃くって。
旭の事を忘れていた訳じゃ無いからね?
・・・・・・本当にそうだったのかな?
忙しかっただけ?
『ウォッチマン』が強くて大変だったから?
『ザ・フール』への対策で忙しい?
ううん。
忙しいけど。大変だったけど。死にかけた事もあったけど。
毎日がワクワクしているんだ。
同い年の仲間と気兼ねなく活動するのが。
自分自身強くなって行くのが。
すっごい楽しいんだ。
それが凄く旭に申し訳無くって。
本当はそう言う事を旭と一緒にしたかったはずなのに。
正直に言うよ。
旭の事を忘れていた訳じゃ無いって言ったけど、そうじゃない時があった。
バーチャルスペースで信二やトキちゃんと訓練している時はとにかくワクワクしていた。
『ウォッチマン』と戦った時だって、あのヒリヒリした感じは二度と体験したくないと思ってるけど、だけどそれと同じくらいにワクワクしていたんだ。
大龍城だってドキドキの連続だった。インビジブルリザードとの戦い、あの大スラム街のボス、郭子文との出会い。
次から次へといろんな事が起きて、いろんな人と出会って。
凄く大変だったけど、楽しくって仕方がなかったんだ。
・・・・・・だけどさ、旭に会えなくなってまだたった7か月だよ?
まだ1年も経っていない。旭に会えないのに、こんなにドキドキしたりワクワクしたりしてるんだよ?
旭はもう居ないのに、あたしだけはしゃいじゃって。
あたしってそんなに薄情な人間だったのかな?
何かあたし、おかしいんじゃないのかな?
小さいころからあたしと旭はずっと一緒に居て。
一緒に遊んで。
時にはお互いの家へ泊りに行ったりして。
沢山話をして。
沢山喧嘩をして。
勉強を教えてもらって。
旭が倒れたあの日だって、一緒にプールへ行って、とてもドキドキして。
旭が亡くなる前の日だって、あの・・・・・・その・・・・・・キス・・・・・・して。
そんな大好きな旭なのに。
今だって一番だと思っているのに。
なのに。
あたし、旭の事を忘れて楽しい気持ちになっていたんだ。
新しい出来事に浮かれていたんだ。
ねえ旭、ごめんね。
あたし、どうすればいいのかな。
もし、このまま旭の事を忘れちゃったらどうしよう。
旭と過ごしたあの楽しかった日々を忘れちゃうのかな?
◆◆◆◆◆◆◆◆
望は両手で顔を押さえて泣いていた。旭が眠る墓の前で。
旭の墓は、望の家から歩いて数分の所にある寺の境内にある。
高校に入学するまでは、望はここに毎日訪れ、墓の周りを掃除しその日起きた事を旭に報告していたのだ。
とはいえ、灰色に包まれた望の世界ではそれ程報告するような出来事は無かったのだが。
ところが、望は信二と出会い、スイーパーになってからと言うもの、次々に起きる出来事に翻弄されながらも充実した日々を過ごしてきた。
それに伴い、ここへ足を運ぶ回数が少なくなっていた事に気が付いたのだ。
それが旭に対する申し訳なさと、大切な旭との思い出が零れ落ちていくような感覚に対する恐怖へと繋がる。
そして急かされるように旭が眠るこの場所へとやって来たのだ。
「旭、会いたいよう。こんな情けない、薄情なあたしを叱って欲しいよう。そしてギュッとしてほしいよう」
どれくらいそうしていただろうか。突然、望の体が背後からふわっと優しく抱きしめられた。
「望ちゃん、あなたは間違っていない。旭だって、全然怒っていない。むしろ喜んでいると思うわ」
旭の母、葵だ。望は涙と鼻水でぐじゅぐじゅになった顔を拭いもせずに振り返る。
「葵お母さん、あだじ、あだじはっ!」
望はそのまま体を葵の方に向け、彼女の体にしがみつく。
そしてわんわんと大きな声で泣き始めた。
葵は望を抱きしめ、望が落ち着くまで暫くそのままにしていた。やがて落ち着いた望に葵は声を掛ける。
「望ちゃん、大丈夫だから。それは忘れる事と違う。思い出さなくなる事なの。そうしないと先には進めないの。そして望ちゃん、あなたは前へ進み始めているの」
「でも、それならいつか旭の事を何とも思わなくなってしまうの? 旭との思い出が何にも無くなっちゃうの?」
「そうじゃ無いわ。思い出さない事と言うのは、旭がもう居ない事を理解して先に進む事よ。あの子との思い出が無くなってしまうことでは無いのよ」
「そうなの?」
「そうよ。思い出さなくなるのは『あの子が居なくて辛い』、という気持ち。きっとこれからも、あの子だったらどう思うかな、あの子だったらどうするのかな、って思う事は沢山あるわ。寂しい気持ち、会いたい気持ちは残るけど、そういう気持ちに縛られて身動きが取れなくなるような事は少なくなっていくものなの」
黙って話を聞いている望の目を見て、葵は話を続ける。
「だから、望ちゃんは間違っていないの。ねえ望ちゃん、あの子が最後に言っていた言葉を覚えているかしら?」
「えっ? えっと・・・・・・」
『幸せになれ、望なら大丈夫だ』
望の頭の中に、その言葉が響き渡った、ような気がした。
望は恐る恐る、頭の中に響いた声へ倣うようにして声を出す。
「そう。それがあの子の最後の望み。そして今、望ちゃんがそうして充実した日々を過ごす事があの子の望みを叶える事なの」
「そう、なの?」
「ええ、そうよ。あなたがスイーパーになって、活躍する事。それから、いつかあなたに好きな人が出来たら、その人と一緒に暮らす事もその1つよ」
「そんな、それじゃ旭が・・・・・・」
「ううん。あの子が望ちゃんにしてあげたかった事を、他の誰かがやってもらえるならそれで構わないの。それが今望ちゃんと一緒に活動している信二君なのかも知れないし、そうじゃないかも知れない」
葵の口から信二という名前が出てきた事に少しドキッとする望。それを隠すように望は口を開く。
「そんな! アイツはそんな奴じゃないから!」
「ふふっ。そうなのね。とにかく何度も言うけど、望ちゃんは間違っていないのよ。ここへは毎日来る必要なんてないし、旭の事を考えない日があってもいいの。時々あの子の事を思い出して、時々ここへ来たくなったらその時は来ればいい。そんな感じでいいのよ」
「でも・・・・・・」
「望ちゃん」
「はい」
「私達の事は気にせず、あなたがしたい事を思いっきりやりなさい」
「は、はいっ!」
「それでいいのよ。あなたは私の自慢の娘よ。自信を持ってやりなさい!」
葵はそう言うと、もう一度望を抱きしめた。
また、同じように悩む日があるかも知れない。けれど、旭は望の事を応援してくれている、そう思ってこれから過ごしていこうと心に決めた望なのだった。
すみませんが今後は週2回ペースでの投稿とさせて頂きます。よろしくお願いします。