第6話『サーチ』の効果(1)
本日投稿分です。どうぞよろしくお願いします。
コカトリスの襲来から早や2カ月が過ぎた。
10月に入ったこの頃、昼間の暑さはまだ残っているが朝晩はエアコンをつけなくても快適に過ごすことができるようになってきている。
そんな土曜の朝。
「おきなさい・・・・・・おきなさい、信二! あなたが言っていた7時になったわよ!」
「あー、もうちょっと」
「もう、あとで文句をいっても知りませんよ!」
「あっ! そうだった! 今日は『サーチ』を試す日だった! 母さん、父さんは?」
「家で寝ているのは信二だけよ。早くしなさい!」
朝7時。狭い階段を上り3階にある信二の部屋の扉をノックし部屋の主を起こしに来ているのは信二の母、司馬愛梨だ。
見た目はとても若々しく、というよりは可愛さすら感じさせる見た目で、とても中学3年の息子がいるとは思えない。
しかしそれは見た目だけであり、内面は収入の厳しい司馬家の家計を支えるしっかり者だ。
司馬家は新宿の外れにある猫の額ほどの土地に建っている3階建て、3LDKの一軒家だ。
3階建てといっても狭い土地を有効活用するために必要なスペースを上に伸ばしただけ。
今は故人となっている祐輔の父、信二の祖父が建てた築50年に届く程の古い家だ。
階段を降りていく愛梨をあわてて追いかける信二。
彼が2階にあるリビングへと降りると、3人がギリギリ座れる大きさのダイニングテーブルの上にトースト2枚と目玉焼きが置いてあった。
「信二以外はみんな朝食を済ませているから。洗い物が片付かないから、すぐに食べてしまって」
「へーい」
信二はパジャマ姿のまま自分の椅子に座り、目玉焼きをトーストの上に乗せる。
トロッと半熟の黄身に醤油とマヨネーズをかけ、スプーンで軽くかき混ぜてからもう一枚のトーストで挟み、即席のサンドイッチにしてガブリつく。
「信二、今日は随分早くから出かけようとしているけど、何をするつもりなの?」
「母さん、よくぞ聞いてくれた! 昨日、新しいMAGICSモジュールのデバッグが終わったんで、今日は父さんと2人でテストをするんだ」
「そうなんだよ、愛梨。『サーチ』というもので、エンボ(エンボディドモンスター)が出現するポイントをあらかじめ特定できるというものだよ」
「父さん、人の説明を横取りするなよ。あのさ、エンボが出現するときには微弱な電波を発するんだ。それを半径1km以内で・・・・・・」
そこで愛梨が右手の人差し指を信二の上唇に押し付け、息子の発言を止めさせる。
「わかったわ。信二はこの手の話に入ったら長くなるから。要するに効果的にエンボの討伐ができるという事ね?」
「あ、ああ。そーだよ。エンボレベルもわかるから、間違って強い相手に遭遇することも無くなる。より安全に稼げるようになるって事だよ」
「そうはいっても、本当に上手く検知できるかテストするのが今日だってことだよね、信二?」
「そーだ。これまでのシミュレーションでは上手く行っているから大丈夫だと思うけど。これからジャンジャン稼げると思うと腕がなるぜ!」
「でも、くれぐれも怪我をしないよう気を付けないと・・・・・・」
心配そうにする愛梨へサムズアップして信二がいう。
「大丈夫。安全にジャンジャン稼いでさ、そしたらもっと大きな家に引っ越せるよ。眺めのいいマンションなんかもいーよな?」
胸を張る信二の頭をコツンと叩いて祐輔がいった。
「そういう発言を子供がしちゃダメだよ。父さんの立場がなくなるよね?」
すると愛梨が祐輔の頭をコツンと叩く。
「そういう発言を大人がしちゃいけないでしょう? それだから祐輔さんは威厳が足りなくなっちゃうの」
「ぷっ」
それを見た信二が思わず吹き出してしまう。
「ははっ、こりゃまいったよ」
頭をポリポリと掻く祐輔。
「本当に、祐輔さんったらそういうところは子供がそのまま大きくなったみたいね。ふふっ」
そういって笑い出してしまう3人。しかし愛梨が最後にピシッと締める。
「それより信二、今日は帰ってきたら勉強もちゃんとやるのよ」
「わ、わかったよ・・・・・・」
◆◆◆◆◆◆◆◆
愛梨に送り出される形で家を出た祐輔と信二。
歩きながら信二が祐輔に話しかける。
「さてと、じゃ、いくよ父さん。 コール『サーチ』」
「コール『サーチ』」
信二が『サーチ』をコールするのにならって祐輔もコールする。
すると2人の視界に半径1kmの範囲の地図が円形に表示される。
時計の長針の針が2時を指す方向に黒い縁取りの白い丸が点滅している。
「父さん、2時の方向、ここから496mにレベルⅠエンボだ」
「496mか。信二、父さんのところには350mと出ているよ。どっちが合っているんだろうね?」
「うーん、人によって表示される誤差が大きいな。その辺も確認しないとダメみたいだな」
「そういう事だね。まあ、1つ1つ潰していけばいいよ」
祐輔と信二は『サーチ』をコールしたことにより脳内に展開されている地図上に表示されているエンボを示す白く点滅する丸い点を目掛けて進む。
『サーチ』で表示されている白点は、お互いに確認したところ同じ位置を指し示しているが、白点までの距離が異なっている。
そのまま白点に向かって進んでいくと、途中で祐輔の地図上に表示されているエンボまでの距離が0mとなり、そこから距離が徐々に増えていく。
「信二、やっぱり父さんの方が間違っているみたいだな」
「うーん、そうみたいだね」
そうやって地図上の距離を確認しながら進む2人。
やがて信二が見ている地図上の距離が0mとなったところに到着すると、そこには半透明なゲル状の物体が広がっており、それがときどきプルプルと動いている。
危険度レベルⅠのエンボ、スライムだ。
「スライムか・・・・・・こんな奴でも普通の人なら一大事だ」
祐輔が目の前に存在しているエンボを警戒しながら呟く。
「そーだな。打撃や斬撃が無効、動きは緩やかだが万が一捕まるとゆっくり消化されていくんだ。前に猫を取り込む途中のスライムに出会った時は・・・・・・やめよう、思い出しただけでもグロい」
スライムは半透明な存在なので、取り込んだ物は全部丸見えだ。
人間や動物を取り込み、消化中の状態も当然すべてが丸見えとなる。
それは説明するまでもなく、筆舌に尽くしがたい有様となる。
「だけど火や凍結、雷撃には滅法弱い。MAGICSさえ使えれば楽に倒せる相手だな。さあ信二、さっさと始末しようか」
「わかった。コール『ライトニング』、ターゲッティング、スライム!」
信二がMAGICSをコールし、スライムを狙う。
その時スライムの体が一瞬白く発光する。
「チャージ!」
信二の右手が白く光り、その光がみるみる大きく膨らんでいく。
「エクスキューション!」
その瞬間、『バリバリッ!』と耳をつんざく音が辺りに鳴り響く。
信二の右手から稲妻が飛び出しスライムに命中する。
スライムはジュッと音を立てて一瞬で蒸発する。
そしてスライムが居た場所からキラキラした光が現れ、信二の腰元に下げているエナジーシリンダーへと吸い込まれていく。
「よしっ、討伐完了っと」
「しかし、信二は相変わらずMAGICSの発動が早いね。今のはコールしてからエクスキューションまで1秒かかってなかったよ」
「まーね。何度も練習するうちにリードタイムがどんどん短くなっていくんだ。スゲー面白いよ」
祐輔と信二は毎日広めの公園でMAGICSの練習を行っている。
発動すればするほど発動までのリードタイムがグングン短くなっていく。
「父さんもそれなりにリードタイムは短縮できているが、信二のそれはすさまじいものがあるな。最初は父さんも信二も『ライトニング』や『ファイアボール』のリードタイムは5秒位だったのに。父さんならいまだに2秒はかかるぞ」
「まあ、そこは才能の違いだな」
両手を広げておどける信二に祐輔が近づいて彼の頭をコツンと叩く。
「信二、あまり親をからかうのはダメだぞ」
「ゴメン、わかったよ」
「でも、お前のMAGICSに対する才能は本物かも知れないな。このまま行くと、リードタイムはほぼ0になりそうだ」
「そーだな。そうしたら『ファイアボール』で弾幕を張ったりできるな。ワクワクしてきたよ」
「信二、それは周りが火の海になってしまう。何事もやりすぎはダメだよ」
「へーい。ん? 父さん、また『サーチ』に反応があったぞ」
祐輔と信二のマップ上からは先ほど討伐したスライムを示す白点は消えているが、また別の場所に白点が現れる。
「やれやれだね。半径1kmでもこの頻度でエンボが出るんだから。スイーパーの活躍でエンボを討伐してもエンボ禍の被害が収まらないのも納得せざるを得ないね」
祐輔が溜息をつきながらそういった。
「それでもエンボ禍を少しでも減らすのが俺たちの仕事なんだろう? 早く次に行こーぜ!」
「そうだね。行こうか」
その日、祐輔と信二は『サーチ』でエンボの出現位置を特定し、効率よく討伐を進めた事で、一日だけで16体のエンボ討伐に成功した。
これは今までの討伐数と比較するとおよそ4倍近くにもなる数字だった。
もの作りって『出来た』と思ったところからが本番だったりするんですよね。。。
目を通していただいて何か心に残るものがあればポイントを入れていただけると幸いです。
明日も1話投稿します。どうぞよろしくお願いします。