第57話 大龍城(5)
信二達が郭子文と会っている頃。
大龍城に向かう1つの人影があった。
この人物こそ、信二達が追っている『ザ・フール』その人だ。
端正で中性的な顔つき。髪型はオールバックにしており、後ろで結び付けている。まさに郭子文が入手した動画に残る姿。
「またしても司馬信二とその仲間の仕業か! まさかインビジブルリザードが一網打尽にされるなんて!」
『ザ・フール』は大龍城に近づいたところで脇道にそれ、マンホールの蓋を開けて地下に潜り込む。
このあたりの下水管は非常に大きく、メンテナンス用の通路も取り付けられている。これが大龍城にも伸びており、例の倉庫の真下を通っている。
「うっ、止むを得ないとは言え、この悪臭はどうしても慣れない!」
下水管を流れる汚水にはあらゆる汚れが含まれており、それらが混ざり合い強烈な匂いを発している。
『ザ・フール』はなるべく鼻で息をしないようにしながら下水管の中を進んでいく。
「このままだと、あの倉庫にも辿り着くと思った方よさそう! 奴らがあそこを見つける前にエナジーボックスを回収しないと何もかも水の泡!」
油と汚れにまみれた下水管。足元は大変滑りやすい。急がなければならないのは山々だが、油断すると転んでしまいそうになる。
「それにしても忌々しい! 司馬信二のせいで計画通りに進まない! このままでは人類滅亡一直線だと言うのに・・・・・・本人は人助けのつもりでいるのが輪をかけて腹が立つ!」
何度も舌打ちをし悪態をつく。
「アナリシスを開発したことでスイーパーのMAGICSを奪う事が出来るようになった。使用者の脳に直接触れないと解析出来ない不完全なものだが・・・・・・それゆえアークゴブリンをサモンしスイーパーの脳を入手していたのに・・・・・・」
下水管を歩きながらぶつぶつと呟いている。
「折角川添を使って低ランクスイーパーの動向を掴み、個別に襲撃し脳を入手しようとしていたのにまさかCランク如きにアークゴブリンが敗北するなんて想定外だ! アークゴブリンは割と召喚コストが低くて使いやすかったのに!」
『ザ・フール』は右手親指の爪をガリガリとかじりながら進む。
「おかげで上位エンボをサモンするのにエナジーを大量に集める羽目に! 何とか大龍城に無接触式のエナジーアキュムレーターを置いてあそこの住民たちの精神力を集めているところだったと言うのにそれすらも妨害するとは!」
その時、『ザ・フール』の脳内にニューロンレシーバを通じて大龍城倉庫でアークゴブリンのサモントリガーが発動した事を示すアラートが届いた。
「念のためと思ってやって来たが動きが想像以上に早い! 急がないとエナジーボックスの回収すら危うい!」
『ザ・フール』は歩みを早める。駆け出したい気持ちはあるが、足元が不安定な場所で走ると転倒する危険がある。
倉庫内の様子を見ようと、アークゴブリンのうちの一匹の視点を共有する。
そこには驚くべき光景が展開されていた。信二達が青白い光に包まれており、天井に『立っている』のだ。
「あれは恐らく重力制御を行うものか? そんなものが開発されているとは! 欲しい、欲しいよ、あのMAGICS! アークゴブリン達、何とかあの司馬信二の脳を手に入れるんだ!」
追い込まれている立場であることは自覚しているが、未知のMAGICSを見て心躍る気分となる『ザ・フール』。
再び駆け出したくなる衝動を抑えながら先へと進む。
ようやく倉庫の真下へと到着する『ザ・フール』。目の前には棚が組まれており、そこに20cm四方の四角い箱が置いてある。箱にケーブルがつながっており、それが上の方に伸びている。箱についている小さなディスプレイには89%という数字が表示されている。
「くそっ! 満タンまであと少しだったのに!」
地下に入ってからもう数え切れないくらいの悪態をつく『ザ・フール』。その時、アークゴブリンの1匹が火だるまになっている様子が伝わって来た。
「奴らめ、アークゴブリンをこうもあっさりと! ここでは司馬信二の脳は無理か。それならこのエナジーボックスだけは回収しないと!」
『ザ・フール』はエナジーボックスを持ち上げ、ケーブル毎無理やり引っ張る。2、3回引っ張るとエナジーボックスの根本からコネクターが外れた。
「よしっ! それじゃ戻るか。でも、こっちはダメだったけど君達の仲間が一人別の行動をしているよね? そっちもマークしているからね。両津時子、彼女はどんなMAGICSを持っているのか、楽しみだね」
捨て台詞を吐いて元の道を戻る『ザ・フール』。
「しかし、エナジーアキュムレーターが奪われたことで、私の正体も近いうちにバレてしまうだろう。タイムリミットは精々1カ月。それでも司馬信二の脳は是非欲しい! 今の立場を失う前に色々準備を進める必要があるな」
難しい顔つきで下水道を進む『ザ・フール』であった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
『ザ・フール』がエナジーボックスの回収を行い逃走を図っているころ、信二達は郭子文の居住スペースへと戻っていた。
「それにしても・・・・・・こんなものが仕掛けられておったとは。これが住民達の命を脅かしていた元凶なのだな?」
それに答えたのは意外にもつばさだった。
「そうだね、見たところこれはエナジーアキュムレーターの類だね。根っこはLMOSにあるエナジーシリンダーの納品を行う時に出てくる機械と一緒。でも、パラボナアンテナでターゲット周辺の生物から精神力を奪うような仕組みになっているみたいだね」
つばさの説明に瑞穂が反応する。
「つばさ、私達も精神力を使ってMAGICSを行使しているが、精神力は生命に直結するものだったのか?」
「MAGICSについては、司馬君の方が詳しいと思うよ。司馬君、僕が中途半端な説明をするより、君の方からフォローしてくれないかな?」
信二はつばさからいきなりバトンを渡されて戸惑うも、少し考えてから口を開く。
「そーだな。精神力は本来人間を含め生物が生きるために必要なエネルギーなんだ。だけど、生命活動に必要な精神力は精々2割くらいで、MAGICSはその余った8割を使うように設計されてんだよ。だから残り2割を下回らないようにストッパーがかかってるんだ。だから、普通にMAGICSを使っている分には問題ねーようにできているんだ」
信二の説明を聞いて気になったのか、望が口を開く。
「ねえ信二、それじゃもしその2割を超えて精神力を使ったらどうなるの?」
「その時は体にかなりのダメージが出るな。下手したら死ぬぞ。心臓や他の臓器を動かすためのエネルギーを使っちまうんだからな」
信二はそうきっぱりと答えた。
「じ、じゃあこの機械の近くにいた人たちが亡くなったり調子を崩したりしたのは?」
「ほぼ間違いなくコイツのせいだな。つばさがコイツを見ただけでエナジーアキュムレーターと見切ったのは気になるが、それが本当ならそう言う事だ。何の為に精神力を集めうとしたのかは知らねーが、これは立派な大量殺人兵器だ。こんな機械を作って実際に動かしちまうなんて、『ザ・フール』のやり口には鳥肌が立つ思いだぜ」
「ま、まあ僕もいとこの隼君に色々話を聞いたから、そうなのかな、って思ったんだけどね。でも、この機械を調べれば部品の組み方やその部品の調達先を調べることで『ザ・フール』の正体が見えてくるかも。エナジーアキュムレーターの部品を作っているメーカーなんてぐっと限られてくるからね」
そう答えるつばさの言葉を聞いて瑞穂が反応する。
「つばさも随分機械に詳しいな。今の話はかなり深いところまで理解していないと出て来ないような気がするが?」
そう言った瑞穂の言葉につばさが慌てて答える。
「う、うん、そうだね。し、隼君がそれだけうまいんじゃないのかな?」
「別につばさが焦ることでもないだろう? でも、この機械を隼に調べてもらえばいろいろわかるかもな」
瑞穂はそう言うと子文に話しかける。
「子文さん、この機械ですが、私の友人に預けて調べさせて貰ってもよろしいでしょうか?」
「この機械は君達が見つけたものだ。君達の手で調べられるというならそれで構わんよ。そうする事で儂らの仲間の仇が分かると言うなら是非もない」
「ありがとうございます。それでは早速本人に連絡してみます」
瑞穂はニューロンレシーバを通じて隼に連絡を取る。
「ああ、隼、今ちょっといいか?」
『はあはあ、う、うん、いいよ』
隼は何か慌てた感じで瑞穂に応答する。
「どうした? 何か急ぎの用があるならあったのか?」
『い、いや。その、用事は何?』
瑞穂はこれまでの経緯を隼に説明し、エナジアキュムレーターの解析を依頼する。
『う、うん、大丈夫だよ。機械を持ってきてくれたらすぐに調べるよ』
「ありがとう、隼。恩に着るよ」
『気にしないでいいからね、瑞穂ちゃん』
「わかった。それじゃ後でな」
そう言って瑞穂は通話を切った。
「ところで天堂さんは?」
望の声で信二や瑞穂達が周りを見渡すと確かにつばさが居なくなっている。
その時、エレベーターの横にある扉からつばさが現れた。
「い、いや、ゴメン。急にお腹が痛くなってね」
「天堂、お前さっき食いすぎだったんじゃねーのか? 食事した後で急に動く事になるから腹の具合が悪くなるんだよ」
信二がそうつばさに突っ込む。
「ははっ、そうかも知れないね。今後は少し気を付けるよ」
「どうせそう言って同じ事を繰り返すんだろう? こんな相棒をもって雨宮も苦労するな」
信二がそうやって瑞穂に話を振った。
「全くだ。お前はガツガツしすぎなんだよ。私も恥ずかしいぞ」
「わ、分かったよ・・・・・・これからは気を付けるからさ」
ここで信二が真面目な顔で瑞穂に話しかける。
「ところで、これまで起こった事を溝口さんに連絡してもいーか?」
子文をはじめ信二の言葉に頷く一同を見てから信二はニューロンレシーバでスイーパーランクNo2の溝口澪に連絡する。
『もしもし、司馬君? 今、LMOSに掛け合って医療チームを大龍城へ派遣してもらう手筈がついたところよ。ところで司馬君、まさかとは思うけど倉庫に行ったりしていないでしょうね?』
「そ、その事ですが・・・・・・」
信二は正直に倉庫に行ってエナジーアキュムレーターと思われる機械を見つけた事、『ウォッチマン』と同等の個体を3体倒した事、エナジーアキュムレーターの解析を隼に依頼したことを伝えた。
『全く・・・・・・ダメだと言ったそばからそんな事になるなんて。でも、結果的には良い方向に向かっているみたいね。エナジーアキュムレーターの解析は佐用隼君に任せて構わないわ。それにしてもこれで一気に『ザ・フール』に近づくことが出来そうよ。先走ったのはちょっと思うところがあるけれど、ファインプレーという事にしておくわね。それじゃあ、貴方たちはまだ安全な所にいるわけではないのだから、充分用心するのよ』
「分かりました。ありがとうございます」
そう言って信二は通信を切った。
「さて、この度の司馬君達の活躍、改めて礼を言う。儂ら美蝶は今後君達を恩人とし、君達の助けになることを誓おう。儂の連絡先を教えておこう。困ったことがあればいつでも連絡をするといい」
子文はそう言った。
「それじゃあ、遠慮なくそーさせてもらうよ。何かあったら連絡するよ。ありがとな、じーさん」
迷いなくそう答える信二。大龍城のボスと対等に渡り合う高校生。
「全く。お主はなかなかどうして肝が座っておるな」
そう笑う子文に別れを告げ、大龍城を後にする信二達なのであった。