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第45話 見えない敵(1)

 大龍城(ダーロンじょう)は新宿駅から東に歩いて20分程にある大スラム街だ。

 一時期、中国映画ブームが到来し、それに乗じて新宿に中国の街中を模したアミューズメントパークを作る計画が立ち上がり、工事がスタート。


 しかし完成目前にて施工元の会社が倒産し計画は頓挫。パーク跡地の利用方法が決まらないうちに不法就労者やホームレスが集まり一気にスラム街と化したのだ。


 さらに中国系のマフィアがこの地に根付き武装化する。警察が排除に乗り出すも失敗。これにより国家権力の手が届かない無法地帯が成立し、それはやがて『大龍城(ダーロンじょう)』と呼ばれ恐れられる存在となった。


大龍城(ダーロンじょう)』の中は元のパークの建物に無計画に付け足された何層にも積み重なる建築物のせいで内部は昼間でも日光が届かない。その代わりにスラム内の人間が生活していくために営まれている商店が持つけばけばしいネオンで彩られた看板たちが、極彩色の光をギラギラと地面を照らしている。

 もはやそこは日本の行政の枠から外れており、居住者の戸籍は喪失し課税されることもなくなっている。

 半面、警察も介入できない状態のため無法状態となっており強盗、殺人、強姦といった凶悪犯罪が日常的に発生しており、警察では『大龍城(ダーロンじょう)』内部での犯罪件数を統計資料に盛り込む事を放棄して久しい。


 一般市民がこのスラム街に入り込めば、そこから出てくるとはないとまで噂されるほどである。まさしく魔窟、この世に存在する異世界と表現しても過言ではないだろう。


「危険なのは承知の上だ。ありとあらゆる犯罪が横行する無法地帯。しかしだからこそ『ザ・フール』の手がかりがあると思えてならないんだ。いち早く動けば何かの証拠を掴めるかも知れないからな」


「こうなった瑞穂ちゃんは頑固だから・・・・・・どうせ止めても1人で行くんでしょ? 仕方ないから僕も行くけど、危険を感じたらすぐ撤退するからね? そレだけは約束してくれる?」


「あ、ああ。わかったよ」


 黙って進む2人。『大龍城(ダーロンじょう)』に近づくにつれて少しづつ手入れの不十分な建物が増え始める。


 そして目前には建物の上に建物が積み重なり、それ自体が巨大な生物のように感じられる異様な風景が広がる。


「うわあ、実物を見たのは初めてだけど、すっごい迫力! ねえ瑞穂ちゃん、これはやっぱり無理だよ! あそこはノープランで行っていい場所じゃないよ! 悪いことは言わないから、今日はいったん帰ろっ!」


 しかし瑞穂はつばさの提案に首を横に振って答える。


「確かにこれは無謀かも知れない。しかし私達は実際のところ『ウォッチマン』の討伐に遅れを取った。司馬や本田にも理由はあるだろうが、それでも2度も遅れをとるわけにはいかないんだっ!」


 いつもは沈着冷静にふるまう瑞穂だが、珍しく感情を表に出してつばさに食いかかる。


「瑞穂ちゃんの気持ちは僕も充分理解しているつもりだけど、これは無謀すぎるよっ!」


「心配するな、とはさすがに言えないが、私達にはこの刀とおまえの銃があるだろう?」


「バカ、『大龍城(ダーロンじょう)』は魔窟と言われているけど、エンボのすみかではないんだよ? あそこに暮らしているのは僕たちと同じ人間なの。刀や銃があるって言ったけど、瑞穂ちゃん人殺しになるつもりなの?」


 それを聞いた瑞穂は絶句する。仇討ちのことばかりに気が向いていた瑞穂は、あの大スラム街に行っても力さえあれば問題ないと思い込んでいた。そこに暮らす名もない人たちのことに目が向いていなかった。


「それにどうやって証拠を探すの? 何か当てはあるの? 情報を手に入れるにもお金がかかるんだよ?」


「もちろん、これまで貰った小遣いは極力貯めているから多少なら大丈夫だ。それなりにはあるぞ」


「そうじゃなくて、紙のお金の事!」


「何のことを言っている? 今回は個人の取引になるだろうがニューロンレシーバを通じてペイする他に何があるんだ?」


「ぐあー、瑞穂ちゃん、勉強はできるけど、世の中の事を何にも知らないんだね?」


 今の世の中、すでに紙幣や硬貨は一切使われていない。個人毎の口座情報はデジタル情報として管理され、買い物を行った際はニューロンレシーバを認識し瞬時に決済を完了する仕組みとなっている。

 そのため瑞穂はこれまで買い物をした事はあっても実体としてのお金を見たことは一度もないのだ。


「バカにするな、私だって硬貨や紙幣くらいは画像でいくらでも見たことはある。私達が小さいころにそれらの使用が停止され、完全キャッシュレスされたこともな」


「それは大龍城(ダーロンじょう)では通じないの! キャッシュレスなのは表の世界の話だよ。それだと犯罪で手にしたお金は簡単に足がついてしまうからね。だから少しでもお金の流れを掴みづらくするためにあそこでは紙幣や硬貨が必要なんだよ」


「何・・・・・・だと・・・・・・?」


「ね? わかった? 今回は瑞穂ちゃんの勇み足だよ。僕もここまで確認しなかったのが悪かったよ。だからいったん帰っていろいろ準備しようよ。司馬くんの情報を待ってから動いても遅くはないよ」


「わかった・・・・・・」


「うん、じゃあもどろ・・・・・・うわっ!」


 その時、どこからかピンク色の刃のようなものがシュッと伸び、つばさの頬をかすめていく。それがつばさたちを通り過ぎ、2mほどまで進んだところで伸びがピタッと止まる。そこで刃の先端が鎌のような形に変わる。次の瞬間、その鎌が伸びていった時と同じスピードでつばさたちに戻って来た。

 つばさがとっさにしゃがむとピンク色の鎌はつばさの首があった位置をすっと通り過ぎていく。つばさのツインテールの先の毛が刃に当たって数mmほど刈り取られた。


「今のは一体? しゃがまなかったら髪の毛じゃなくて僕の首が・・・・・・」


 つばさは青ざめた顔で瑞穂の顔を見て言った。


「つばさ、血が・・・・・・」


 瑞穂が驚きのあまり顔を引きつらせている。つばさが自分の頬を触るとその手に血がべっとりとついている。さっきのピンク色の刃に切られたらしい。

 つばさが刃の戻っていった方向を見たが、そこには特に何もない。


「おかしいなあ、たしかにあっちの方から伸びてきたと思うんだけど・・・・・・」


 つばさがそう言った途端、今度はさっきとは少し違う角度から瑞穂のみぞおちあたりを狙ってピンク色の刃が伸びてくる。


「クソッ!」


 瑞穂は間一髪で刃をかわすが、今度も刃の先が鎌の形に変わってまた瑞穂のところに戻ってくる。戻りの刃もかわした瑞穂がその戻り先に注目して見ていたが、ある程度まで戻ったところでそのピンク色の刃がふっと消える。


「何なんだ、あれは?」


 瑞穂が叫ぶと今度は瑞穂とつばさにむかって同時に刃が伸びる。


「なんだかわからないけど、早くこの場を離れないと!」


 つばさがそう叫び、今まで歩いてきた方向に引き返そうとしたとき、戻ろうとした方向からも刃が飛んできた。


「何だ! 囲まれたのかッ!」


 瑞穂がそう言うと、自分の刀、『天狗墜』を鞘から抜いて構える。


「避けるだけでは埒があかない! こうなったらあの刃を斬るまでの事ッ!」


 その時瑞穂に向ってきた刃にあわせ、自分の刀を下から上へ跳ね上げるように斬ろうとする。しかし、瑞穂の刀がピンク色の刃に当たった瞬間、「ガキン」という音がして刃の軌道が変わっただけだった。


「あの刃、硬さもかなりある。厄介だぞ」


「そうだねッ! うわっ! 相変わらずどこから飛んできているのかすらわからないッ!」


 瑞穂の問いかけに答えている途中で刃の攻撃に襲われるつばさ。瑞穂は刀で謎の刃を弾くことができるが、つばさの銃では分が悪い。もし銃で刃を弾こうとしても、もし外れてしまえば自分の首が刎ね飛ばされてしまう。


 そうしている中、つばさに向って2つの方向から同時に刃が飛んできた。一方の刃には対応できたものの、もう片方の刃をかわし切れない。それを見た瑞穂がすかさず反応し刃を跳ね上げ軌道を変える。


「瑞穂、ありがとッ!」


「ああ、だがこれでは全く埒があかない! どうすれば?」


 正体不明の攻撃に晒され続け、絶体絶命の状態に追い込まれる瑞穂とつばさだった。

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