第5話 Sランクスイーパー(3)
本日6話目、本編5話目です。
よろしくお願いします。
「ヤバい、見つかった! どうする、父さん!」
「走って! 男の子を抱えたら全速力で逃げるんだ!」
「よし、やるぞ!」
祐輔たちは全速力で男の子に向かって走り、信二が男の子を掬いあげる。
男の子を信二の肩に乗せ、そのまま近くの道に躍り出て、そのまま真っすぐに走り出す。
見た目はまるで人攫いのようだが、祐輔と信二には最早恰好に構っている余裕はない。
「キェーッ!」
コカトリスは再び金切り声を上げると、翼をバサッと広げ、首をぐっと下げる。そして祐輔達のいる方向に向かってジャンプし、池の真ん中にある島から岸辺に移動する。
『バタバタバタバタ・・・・・・』
その時、急に空の方から大きな音が聞こえて来る。
信二たち、そしてコカトリスも思わず立ち止まって空を見上げる。
程なくするとヘリコプターが現れ、随分高さがあるというのにそこから人が飛び降りて来る。
ちょうど祐輔たちとコカトリスを結ぶ直線の中間点辺りにその人はスタッと何事も無く着地する。
「おいっ、そこにいるのはルーキーか? よく男の子を護った! このエンボは私に任せろ!」
勇ましい話し方をしているが、真っ黒なストレートヘアを肩甲骨の辺りまで伸ばしており、背丈は170cmくらいとやや長身で細身の女性だ。20代後半から30代前半くらいだろうか。少し勝気な顔つきをしているがかなりの美人だ。
白いブラウスにグレーのタイトスカート、しかし足元は白いスニーカーといういでたち。そしてその恰好に似合わない長さ3mくらいはあろうかという槍を上段で構えている。
ブラウスの襟元に箒型のバッジが付いている。光の当たり具合で赤、橙、黄、緑、青、紫とさまざまな色に変化して見える。
祐輔はその姿を見て呟くように言った。
「聞いた事がある。あの人はスイーパーランクS、ランキングナンバー3位。通称『ザ・チャリオット』、十日町紬さんだ。華奢に見えるが戦闘力は全スイーパーの中でも随一と言われている人だ。十日町さんが来てくれたならもう大丈夫だ」
祐輔が『ザ・チャリオット』と呼んだ女性が上段の構えを維持したまま腰を落とす。
「全く、これから息子と娘を保育園に送るところだと言うのに! 旦那が出張中の時に限って沸いてくるとはな!」
コカトリスはいきなりの乱入者に怒り、キェーッと声を上げる。
鳴き声のレパートリーが極端に少ない様だが、コカトリス同士のコミュニケーションはどうしているのだろうか。
信二は紬とコカトリスを見ながら、ふとそんな下らない考えがよぎった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
勝負は一瞬だった。
コカトリスが紬に毒を浴びせようとして首を上に上げた。
その瞬間、紬の姿がふっと消える。
と思いきや、コカトリスを超えた反対側に槍を振り下ろした恰好でその姿を現した。
その場で紬は槍をくるっと回してから、アタッチメントを外して2つに折り、たたんでいたケースを伸ばしてそこへ槍を収納し、自分の肩にかける。
コカトリスが紬のいる方へ首を向けようとした瞬間、その首が斜めにズルッとずれ、そのまま地面にドサッと落ちる。
遅れて首の切り取られた断面から紫色の液体がブシャーッと吹き出し、次の瞬間その大きな体はドシンと倒れる。
祐輔達の目にはただ単に紬が瞬間移動した様にしか見えなかったが、彼女は凄まじい勢いでコカトリスに飛びかかり、槍を一閃しそのまま通り過ぎたのだ。
MAGICSの発動等もない、単純に高い身体能力を発揮しただけのシンプルな攻撃。
それゆえに祐輔達はDランクとSランクとの途方もない実力差を見せつけられた形になった。
亡骸となったコカトリスの体は輝き出したかと思うと光の粒子になって紬が持っているエナジーシリンダーへと吸い込まれていく。
紬は祐輔たちの方へ向いてこう言った。
「貴方たち、子供を護ったのは良かったよ! 見どころはありそうだから、腕を磨いて一日も早くSランクまで登ってきな! そうしたら私の仕事が楽になるからね!」
紬をここまで運んできたヘリコプターが池から離れた所にある空間へ着陸する。
「さて、すぐに家に戻らないと。子供達に留守番させているからね! 何かあったら旦那に怒られる!」
そうして紬は右手の人差し指と中指を揃えて自分のおでこに沿えるポーズを取り、そこから祐輔たちの方に右手を振る。
「それじゃ! また機会があれば!」
そう言って彼女はヘリコプターに飛び乗る。ヘリコプターは空高く飛び去って行った。
祐輔はともかく、信二は小さな男の子を抱えたまま呆然と立ち尽くしていた。
信二が手も足も出ないと思ったコカトリスを、一刀のもとに斬り捨てた『ザ・チャリオット』こと十日町紬の実力。
そして信二の横にはパニックとなった避難者に対して的確に対応した父がいる。
自らMAGICSを作り、ゴブリンを討伐していい気になっていた自分の何と小さいことか。
自分がいないと何もできないと思った父の何と頼もしいことか。
そしてスイーパーの頂点とは、何と果てしないことか。
「父さん、俺、何にも分かってなかったよ」
「信二、反省する前に、肩の男の子を降ろしてあげなよ」
「あ」
信二は自分の肩に担いでいる男の子の事を思い出し、下に降ろしてあげた。
男の子は呆然としていたが、目に光が戻ると共に信二に話しかけてくる。
「ねーねー、今の見た? すごかったね! ブンって動いたら首がスパッて飛んでっちゃった。あの人、すごく強いね!」
「あ、ああ。そうだった。スゲー強かったな。」
「僕、決めたよ! 大きくなったら、あの人みたいなスイーパーになるんだ! お兄ちゃんも、大きくなったらあの人みたいになるんでしょ?」
無邪気な質問にグサっと心をえぐられる信二。
「あ、ああ、俺もそーするよ。随分遠いと分かったけど、きっと俺もあの人みたいになるよ。いつになるかわからないけど、お互い頑張ろうな?」
動揺しながらも、信二はそう答えた。
「じゃあ、約束だからね。指切りゲンマンね」
信二は男の子と指切りゲンマンをして約束する。
「無事でよかった! はぐれちゃったから必死に探したのよ。本当によかった」
その時、男の子の背後から女の人が走り寄り男の子を抱きしめる。
「おかあさん! 僕、大きくなったらスイーパーになるから!」
母親の立場からすると不穏なことを口走っているが、無事に見つかった喜びから今はその事には気づいていない。
「うんうん、わかった。怪我はない?」
「大丈夫! このお兄ちゃんに助けてもらったんだ! でも、エンボを倒したのは別の人! すっごい強かったんだ!」
「え? ああ、貴方がこの子を助けてくれたんですね? 本当にありがとうございました」
男の子のお母さんはそう言って信二に頭を下げた。
「い、いや、俺は何も・・・・・・」
ただただ恥じ入る信二であったが、そんな彼に何度もお礼を言いながら、親子は手を振りながら去っていった。
「信二、良かったんじゃないかな? なにはどうあれ、お前は1人助けることができた。今はそれで充分だろう?」
「ま、まーな。何か悔しいけど、今俺はこの程度の実力だってことを思い知ったよ。MAGICSを作ることができれば万事OKだと思っていたけど、全然間違いだった。俺ももっと頑張るさ」
「そうだね。まあ、父さんもお前に負けないよう頑張らないとな」
「ふん、そー言うことにしておくよ」
「じゃあ、もう少し辺りを見回ってからLMOSに戻ろうか」
「わかったよ、父さん」
その後、2人はLMOSに戻り、緊急オーダー報酬を受け取ったのだった。
この日、新宿に突如現れた危険度ランクⅣのエンボ、コカトリスによるエンボ禍は2人の死者と5人の負傷者を出した。
それは危険度レベルⅣのエンボがもたらす被害としては最小限に抑える事ができたと言っていいだろう。
迅速なSランクの出動、そして名もないスイーパーの避難誘導がもたらした成果と後に評価される出来事であった。
本日はここまでです。
続きは明日投稿します。