第49話 瑞穂の恩人(5)
それから1年が過ぎ、瑞穂達は中学3年の冬を迎えた。1年で瑞穂は随分成長し、女らしい丸みを帯びた体つきになって来た。その点は母親の優希と似なくて良かったと心の中で思う瑞穂だ。
一方つばさの方であるが背は幾分伸びたものの体つきは以前のまま。手足はほっそりとして奇麗なのだが、胸元は相変わらず絶望的だ。
体つきだけでなく実績も着実に積み上げて来ている。2人はもう少しで昇級戦にエントリー可能となる獲得報酬100万ポイントに手が届こうとしている。そして瑞穂は剣道部の試合で中学日本一にも輝いている。
一方、青葉から預かっているサイコキネシスのテストも順調だ。時たま思った通りに発動しなかったり、思った方向と逆に動いたりした事もあったがその都度青葉に報告してバグ修正を行なってもらっている。
ここ数ヶ月ではその様なエラーも発生せず、随分動作が安定して来ている。テストに1年もかけるのは異常ともいえる慎重さだが、その分紫の意気込みを感じる所でもある。
そんな中、瑞穂は青葉から呼び出しがあった。
「瑞穂さん、つばささん。お久しぶり。忙しいところごめんなさい」
「全然構いません。それより、ランクCへの昇格おめでとうございます!」
「ありがとう。2回落っこちちゃったけど、3回目でようやく合格できたよ。昇級戦は5戦勝ち抜けだから厳しいんだよね。前回の勝ち数も引き継がれないし」
「いやいや、それでも青葉先輩はすごいですよ!私たちももうすぐ挑戦権を獲得できそうなのでがんばります!」
「貴方やつばささんなら一発で勝ち抜きそうだね。最近腕前も上がってるみたいだし。で、今日来てもらったのはお願いを聞いてくれないかと思って」
「青葉先輩のお願いなら、死ねって事以外なんでもしますよ」
「瑞穂さん、さらっと危険な事を言わないで。で、実は去年からテスターになってもらっているサイコキネシスなんだけど、最近は安定して来ているし、そろそろ完成としていいと思うんだ。それでこのMAGICSを発表しようと思うんだ」
「発表ですか?」
「うん、LMOSを通じてサイコキネシスを発表して、その販売ライセンスをどこかの企業に売り込もうと思うんだ。その時に瑞穂さんも共同開発者になって欲しいんだ。」
「ちょっと待ってください! 私は何もしていないです!」
「いやいや、MAGICS開発は自分だけで使うならともかく、世に広めるならテストが重要だからね。で、1か月後に発表会をするんだけど、瑞穂さんもエントリーしちゃった」
「ええっ!? そ、そんな・・・・・・」
「いやいや、瑞穂さんには是非一緒に来てもらいたいんだ。念力は瑞穂さんのおかげで完成できたんだよ?」
「でも・・・・・・」
「いいから、いいから! で、瑞穂さんにはこれを持っていて欲しいんだ」
そう言って青葉は小さなデータカードを取り出し瑞穂に手渡した。
「これは・・・・・・?」
「サイコキネシスのソースコードと実行モジュールが入っているよ。万が一私に何かあっても瑞穂さんがそれを持って居ればいいと思って。是非受け取って頂戴!」
「万が一って、そんな不吉な事を言わないでください!」
「まあまま落ち着きなさい。万が一って言ったでしょ?」
「そういうなら・・・・・・お預かりします」
「ありがとう! それじゃあ発表会の段取りはまた別の日に決めましょう!」
半ば強引に話を進める青葉だったが、先輩の晴れ舞台に立ってその功績を祝えるならそれも悪くはないかなと思う瑞穂だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
だが、サイコキネシスの発表会が行われる事は無かった。
発表会の前日、テレビでニュースを見ていた瑞穂は驚きのあまり失神しそうになった。
『本日未明、新宿駅付近でゴブリンの亜種と交戦していた大学生でスイーパーの斎藤青葉さん(20)が死亡。これでこのゴブリンの亜種に殺害されたのは2人目。
LMOSではこのエンボをネームドモンスター『ウォッチマン』と命名。一般市民およびランクC以下のスイーパーに用心するよう呼びかけている』
その報道の後、記者会見の画面に移り変わり、LMOSの責任者と思われる人たちが対応している映像が映し出された。
「何・・・・・・? これ? 嘘だろう?」
ニュースの内容を信じる事が出来ず、呆然としたまま学校に行く瑞穂。
剣道部の部室に顔を出してみると、青葉の葬儀会場の連絡が届いており、部員達は皆鎮痛な面持ちとなっている。それで今朝の報道が本当であったと言う事が証明された形となる。
青葉の通夜はその日の夜に行われると言う事で、瑞穂は葬儀会場に向かった。一緒に来てくれたのはつばさではなく、隼だった。
「瑞穂ちゃん・・・・・・大丈夫?」
「・・・・・・」
隼が瑞穂に話しかけるが、瑞穂は一言も言葉を発しない。ただ、何かをため込んでいる様にただ一点を見つめなながら黙々と歩いている。隼はそれ以上無理に話しかける事はしなかった。
葬儀会場に着くと、祭壇にはたくさんの花の真ん中に青葉がにこやかに笑っている遺影が掲げられている。そして、祭壇の前に棺が置かれており、焼香台も据え付けられている。
瑞穂は、せめて最後に先輩の顔を見ようとしたが棺は閉じられたままだった。
周りの人が言うには、青葉はネームドモンスター『ウォッチマン』に殺害された後、『ウォッチマン』に首を刎ねられてその頭部を持ち去られたのだという。
それを聞いた瑞穂は、ついに堪えていたものが溢れ出し、一気に感情が爆発した。
「クソッタレ! どうして先輩がこんな目に遭わなきゃならない? 明日が晴れ舞台になるはずだったのに? どうして、どうして!?」
その場で大騒ぎし、そして崩れ落ちる様に座り込んで号泣する瑞穂。隼が瑞穂を支えて控え室に連れて行く。隼は瑞穂のそばで彼女を支えているが、どうやって声をかければ良いかわからないと言った状態だ。
それでも、やがて瑞穂は幾分落ち着きを取り戻し立ち上がる。
「青葉先輩、見ていて下さい!『ウォッチマン』等とふざけた名前のついたエンボなど、私が必ず仕留めます!」
そして隼を一目見て話を続ける。
「隼、心配かけてごめん。まだ大丈夫と言うわけでは無いけど、私は絶対にやり遂げるから」
「うん、分かったよ、瑞穂ちゃん。応援しているから。つばさにもそう伝えておくから」
「ありがとう、隼」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「瑞穂ちゃん、瑞穂ちゃん! 急にぼーっして、大丈夫?」
「ん、ああ、隼、問題ないよ」
「えっ? いや、瑞穂ちゃん白昼堂々寝ぼけちゃだめだよ! 僕は隼じゃなくて、つばさだよ!」
「そうか、そうだった。それにしても、お前と隼って、結構声も似ているんだな。つい間違えてしまったよ」
「み、瑞穂ちゃん、ちょっと失礼じゃない? いくら何でも男と間違えるなんて」
「そうだな。申し訳ない。これから注意するよ。ちょっと前の事を思い出していたんだ」
「そうなの? それにしてもこんなところで注意散漫になるなんて、瑞穂ちゃんらしくもない。これからどこに行こうとしているのかわかってる?」
「も、もちろんだ。大龍城、近づくだけでも油断してはいけない場所だ。ちゃんとわかっているさ」
「そこまで理解しているなら、もうちょっとしっかりしないと。何か起きても対応が遅れちゃうよ?」
「ああ、すまん。もう大丈夫だから」
「うん、わかった。それじゃ気を引き締めて行こう!」
「もちろんだ!」
青葉との思い出に浸るのもここまでだ。改めて気合を入れなおす瑞穂であった。