第48話 瑞穂の恩人(4)
瑞穂とつばさがスイーパーとなって数か月が過ぎ、秋も深まってきた。近年東京近辺も夏の暑さは半端ない物があるが、年末が目の前に迫ったこの頃では寒さを感じる事の方が多くなってきた。
スイーパー活動を始めた頃は瑞穂が両親からもらった刀、その名も『天狗墜』はやはり竹刀とは勝手が違っている事もあって思い通りに振るえなかったが、最近ではそれなりには扱うことができるようになってきた。
ランクⅠのエンボ(エンボディドモンスター)であれば一撃で仕留めることができるようになって来ている。
つばさの銃の腕前も大したもので、初めの頃から命中率は高かったが、今では素早い動きを見せるエンボであっても外す事はほとんどない。
ただ、そうとはいっても瑞穂達はまだ中学生。一日中エンボの討伐をしている訳にもいかず、瑞穂は部活を細々ながら続けていた事もあってそれほどスイーパー活動を出来てはいない。
そのような事もありすぐにエンボと出会える訳でもない。街中を歩き回っても空振りで終わることも多く、ランクアップ条件の討伐報酬額100万ポイントには程遠い状態だ。
「なかなかうまくいかないものだな。エンボと遭遇できなくてはどうにもならないな」
思わずボヤく瑞穂につばさが同調する。
「そうだよね。中にはバンバン討伐してすぐランクアップ条件を満たすスイーパーもいるみたいなんだけど、一体どうしているんだろう?」
「そいつらはヤマ勘、第六感でエンボの位置がわかるとか言っているみたいだけど、どうも怪しいんだよ。それで、父さんたちにエンボを見つけるMAGICSは作っていないか聞いてみたけど、そういう類のものは開発できていないらしい。研究自体は進めているようだけど、まだ試作すらできていないと言っていたぞ」
「ふうん、そうなんだ。分からずじまいって事だね。ところで瑞穂ちゃん、お父さんたちと話をしているの? 以前は家に帰っても全然会話がないって言っていたでしょ?」
「あ、ああ。私がスイーパーとなってからは少なくとも父さんか母さんのどちらかは居るようになったんだ。それであれば無言というわけにもいかないしな」
そう言った瑞穂のことを優しい目で見つめるつばさ。
「おいつばさ、なんだその目は?」
「いやあ、そうやって瑞穂ちゃんとおじさん達が少しでも仲よくできるようになって良かったと思って。ずっと長い間険悪そうな雰囲気だったから心配だったんだよね」
「つばさ、長い間ってどのくらいだ? 私達が出会ってからまだそんなに経っていないと思うぞ?」
「し、隼君からちょくちょく話を聞いていたから、それで気になっていたんだよね」
「なんか怪しいぞ? ときどきそうやってつばさに話したことがないことを知っていることもあるし」
「瑞穂ちゃん、そんな気にすることじゃ・・・・・・あっ、それよりあそこを見て!」
つばさが2人の前の方をまっすぐに指さしている。瑞穂はそのつばさが示した方向を見てみると、陽炎が立ち上っているかのように風景が揺らいでいるところがある。これはエンボが出現する兆候だ。この後、まぶしい光が現れ、それが収まるとエンボが現れる。
瑞穂達はスイーパー登録時の講習でその様に聞かされているので知識としては知っていたが、これまでは出現済のエンボにしか遭遇していなかった。そんな2人にとっては初めて見る光景だ。
「まともに光を見ると目がやられるから気を付けるんだ!」
「わかっているよ、瑞穂ちゃん! 来るよっ!」
二人が話し終わるかどうかのタイミングで、景色が揺らいでいる場所から眩しい光があふれだす。瑞穂とつばさは発光源から目をそらして眩まないようにする。
暫くすると光が収まり、その場所にこの世には本来存在しない存在が姿を現す。背格好は幼稚園児くらいであるが、目が吊り上がり口は耳元まで裂けている。その大きい口から並びの悪い歯が見え隠れしている。髪の毛はまばらに生えておていかにも醜悪な風貌をしている。粗末で薄汚れた布切れを身にまとっており、ボロボロにさびついた剣を持っている。
エンボレベルⅠ、ゴブリン。小柄で力もそれほど強くはないのでそれほど恐れる相手ではない。ただしそれは相手が単体の場合。ところが、今回は同じような醜悪な顔が5つも並んでいる。
「くっ、多いな」
瑞穂がつぶやいた時には、ゴブリン達はパッと散開し、瑞穂とつばさを囲むような位置取りになる。
慌てて瑞穂とつばさは背中合わせになり、お互いが見えない場所をカバーするような位置に立って各々の武器を持って構える。それでも完全に小人たちに囲まれた形となる。
「グギャギャッ!」
つばさの目の前にいるゴブリンが彼女へ向って飛び掛かったのが戦いの火ぶたとなった。つばさはゴブリンの動きに反応し銃の引き金を引く。
ドゴッ、という音と煙とともに飛び出した銃弾はつばさへ向ってきたゴブリンの眉間を打ち抜き、小人はその衝撃で後方に飛ばされる。
しかし、的にされた小人の両脇の2体がすかさずつばさへ飛び掛かる。
それに気が付いた瑞穂はくるっと反転し、つばさから見て左側の小人へ向って突進。あっという間に距離を詰めて刀を小人の右肩から左腰へ振り下ろす。真っ二つになった小人はそこでこの世に生まれて数分の命を散らす。
一方、瑞穂が左側の小人を狙っていることを察したつばさは銃口を右側の小人に向け引き金を引く。見た目はアンティークなその銃の中では、具現化技術により自動装てんされた銃弾が小人に向って飛び出していき、小人の左目を打ち抜いた。これで3体のゴブリンを一瞬で始末する。
しかしここで彼女たちの後方にいた2体の小人が背後に迫ってさび付いた剣を振りかぶり、2人の脳天めがけて振り下ろす。
「つばさっ! 後ろっ!」
背後の動きに気が付いた瑞穂がつばさに向って叫び、そのまま左手側に飛びのき小人の一撃を躱す。
一方つばさは瑞穂の声に反応し動くことで、もう一体の小人の攻撃をすれっすれのところで躱した。いくら粗末な武器とは言え剣であることに間違いはない。直撃を受ければただでは済まない。
なんとか小人の一撃を躱したつばさだが、そこでバランスを崩し転んでしまう。それを見逃さない小人がつばさを串刺しにしようとする。
「うわあっ!」
堪らず叫ぶつばさに反応した瑞穂が、つばさへ襲い掛かる小人に反応し、体を反転させてその小人に飛び掛かる。
そして刀を右下から左上にブン、と振り上げる。小人の体が2つになき別れたのを確認した瑞穂は、返す刀で別の方向から襲い掛かってくる小人の脳天に向って刀を振り下ろす。
哀れ、そのまま最後のゴブリンは左右にぱっくりと割れる。
これで5体すべての小人を葬り去った事になる。
倒したゴブリン達の亡骸は、現れた時より幾分弱い光を発したかと思うと、その光が瑞穂たちの腰に下げているエナジーシリンダーに吸い込まれる。
「よしっ! 殺ったぞっ!」
瑞穂は右手に持った方尚を真上に掲げ、勇ましく勝鬨を上げる。
つばさは道端に転がったまま、瑞穂が吠えているのを心あらずという感じで見ていた。
結果はまさしく秒殺、瑞穂達の完勝だ。
だが、同時に5体のエンボに襲われた事はこれまで体験しておらず、その心中は決して穏やかなものでなかった。これまでだと精々2体同時に出現する程度だったため、瑞穂とつばさがそれぞれ攻撃すればお終いとなっていた。そのため特に危ないと思ったことは一度もなかった。
それが今回はどうだ。相手がゴブリンとはいえ、一時は完全に周囲を包囲された。たまたまタイミングが良かったために無傷で済んだものの、最悪命を散らすのはこちらの方だったかもしれない。
「でも、危なかったな。一歩間違えば私達は・・・・・・」
瑞穂は勝利の興奮が醒め我に戻る。その瞬間スイーパーになってはじめて命の危険にさらされた事を認識する。
そのため恐怖にかられてその場にへたりこみ、武器を手放して両手を地面につく。道端に倒れこんでいるつばさも瑞穂と同様に呆然としている。
2人は一瞬にして精神を消耗しきっていた。
それ故に、彼女達の背後で再び景色が陽炎のように揺らいでいることに少しも気が付かなかった。
カッ!
彼女達の背後から再び閃光が走る。
「み、瑞穂ちゃんっ!」
憔悴したつばさの声に瑞穂が慌てて振り向くと、頭が2つに分かれた真っ黒な蛇が口を大きく開いて飛びかかって来た。
全長3m程あると思われる蛇の急襲を受けるも、瑞穂は驚愕と疲労でまったく対応できていない。
無防備な瑞穂の喉笛を噛みちぎらんと飛びかかる双頭の大蛇。
「いやーっ!」
瑞穂は悲鳴を上げ、その場にうずくまる事しか出来なかった。
彼女がここまでか、と覚悟を決めたその刹那、瑞穂の耳に聞いた事のある声が飛び込んできた。
「エクスキューション!」
大蛇の口の一つが瑞穂の首元に届き、その牙が柔肌に食い込もうとするまさにその瞬間、大蛇の体が一瞬白く光り、何か見えない力にブチ当たったかのように弾き飛ばされて行った。
「今だよっ、瑞穂さん!」
その声にハッとした瑞穂は気力を振り絞り、近くに置いてあった刀を拾い上げ、地面に体を打ち付けて体勢を崩している大蛇に飛びかかった。
瑞穂の一撃は双頭の大蛇の首元に命中、首と胴をなき別れにする。
返す刀でもう一方の首も刎ね飛ばす。
息の根を断たれた大蛇はパァッと光り、3人のエナジーシリンダーに吸い込まれた。
「ツインヘッドを一撃とは中々やるじゃない? そいつはレベルⅡのエンボなんだけどね」
そう言って姿を見せたのは瑞穂の先輩である斎藤青葉だ。
「青葉先輩? うわぁー!」
瑞穂は青葉に抱きつき、そのまま泣き崩れる。
青葉は瑞穂を抱きしめ、彼女の頭を優しく撫でながら落ち着くのを待つ。
「ぐすっ、先輩、どうしてここに?」
ぐすっ、ぐすっと鼻をすすりながらも瑞穂は青葉に問いかける。
「ここに来たのは偶々だよ。エンボがポップするときの光がいつもより強かったから気になって駆けつけてみたんだけど、まさか瑞穂さん達が居たとはね。危なかったけど間に合って良かった」
「本当に、本当にありがとうございます! 油断していたのでやられてしまう所でした。でも、さっきの蛇が急に吹っ飛んだのはどうやったんですか?」
「ふふっ、私のMAGICS第一弾、サイコキネシスだよ! 自分から離れた場所にあるものを掴み、打撃を与えたりすることができるんだよ。すごいでしょ!」
「すごいです! あんな効果を発揮するMAGICSなんて聞いたこともないです!」
「ありがとね。実は、近々瑞穂さんに会いたいと思っていたんだけど、今日はちょうどよかったよ」
「えっ? どうしたんですか?」
「実はね、さっきのサイコキネシスだけど、まだテスト中なんだ。それで、是非瑞穂さんにもテスターになってもらいたいんだ」
そう言って青葉は瑞穂にメッセージを送る。
瑞穂の脳内にはニューロンレシーバを通じてどこかへつながるURLが届く。
「これはサイコキネシスの生体認証をするためのリンクだよ。生体認証すれば瑞穂さんも使える様になるから。是非ジャンジャン使って問題なく使えるか確かめて欲しいんだ」
瑞穂は青葉からMAGICSの手ほどきを受け、何度か試しに使ってみる。
自分から離れた場所の物を動かす事ができるとは中々便利だ。練習次第で戦いの幅も広がっていく事だろう。
「一つだけお願いがあるんだけど、テストが終わるまでは対人戦では使わない様にして欲しいんだ。完成版を発表して、周りを驚かせたいからね」
「わかりました。気をつけます」
「所で僕もいるんだけど、さっきからシカトされている感じがするんだけど?」
「あっ、つばさ、すまん! こちらが青葉先輩だ。頼りになる人なんだ」
「瑞穂さん、そう言うとなんか恥ずかしいよ。えっと、つばささん、よろしく!」
「こちらこそよろしくお願いします」
それから暫く3人で立ち話をしていたのだった。