第45話 瑞穂の恩人(1)
今回瑞穂とつばさの話となり、そこから瑞穂の回想シーンへと移ります。
時子のスイーパー登録記念の食事会の翌日。
栗色ポニーテールの少女、雨宮瑞穂とツインテールでスラっと背の高い天童つばさは今日も彼女達の学校の制服であるセーラー服という格好で新宿の雑踏の中に来ている。
すれ違う人たちから強い視線を感じながらも街中を進んでいく2人。
彼女達は美人といって間違いない見た目のため、男たちが思わずその姿を見てしまうというところがあるが、それよりも彼女たちの腰にぶら下げているものが異様な存在感を放っている。
ひとつはエナジーシリンダー。スイーパーであれば誰でも携行する30cmほどの銀色の筒だ。それとは別に2人は武器を携行しているのだ。
瑞穂が持っているものは金色の装飾が施された真っ赤な鞘に納められた日本刀。その名を『天狗墜』といい、その斬撃から出る衝撃で空を飛ぶ天狗を撃ち墜とすことすらできるのではないかといわれる切れ味を持つ。
一方つばさが腰に下げているものは長さ30cmになろうかという銃だ。真鍮で作られているその銃は少し銃口が広がっている。
全体的に銀の細かな装飾がほどこされており見た目はかなり古式なもので、武器というよりは美術品のように見える。
武器を持っているが2人はDランクのスイーパーだ。胸に付けている箒型のバッジをしていることで武器の携行を許されているのだ。
とは言えセーラー服に日本刀、あるいは銃を携行するというミスマッチな事この上ない状態でズンズン進む2人に注目が集まるのも仕方のない事だろう。
「ねえ瑞穂ちゃん、何度も聞くけど、本当に行くの? 昨日は司馬君、情報が揃うまでは待てと言っていたよね?」
「それはわかっている。それでもやはり先輩の仇、『ウォッチマン』の黒幕である『ザ・フール』の尻尾を掴みたい。行動することで何か証拠を見つける事ができるかも知れないだろう?」
瑞穂がつばさに話しかけるが、つばさは首をかしげて少し考えるようなポーズをとってから答える。
「うーん、証拠を見つける事が出来る可能性も無くはないけど、やっぱり危険だよ。正直、オススメできないけどなあ・・・・・・」
「しかし、青葉先輩の無念を思うと黙って待っているなどと言う事はあり得ないんだ」
そう言った瑞穂は少し遠い目をする・・・・・・
◆◆◆◆◆◆◆◆
話は3年前に遡る。
瑞穂は栗色の髪と同じ色の瞳、色白の肌の美人だ。しかし目つきがきつく、初対面の相手にはつっけんどんな対応をするので少々とっつきにくい印象がある。そのため友人もあまりいない。そう言ったところはどこぞの癖ッ毛頭の凶悪な顔をした少年と似ているのかも知れない。
そんな瑞穂と仲良くしている数少ない男子が隼こと佐用隼だ。瑞穂とは幼稚園に上がる前からの付き合いであり、お互い知らないところなんて無いと言う間柄だ。
瑞穂は幼馴染の隼とともに中学受験で両親が通っていた学校を受験し、共に特待生として合格した。
その学校は信二と望が通っている達芝学園と同程度で、かなり偏差値レベルの高い学校だ。そのような学校に特待生扱いで合格できるあたり、瑞穂も隼も相当優秀であるのだが、彼らの家庭では2人の両親が通っていた学校に合格する事くらいはできて当然、という雰囲気があった。
瑞穂はそのプレッシャーに耐えて一生懸命勉強をして来たのだが、受験が終わった後は次の目標を見つける事が出来ず、戸惑いを隠し切れないでいた。
「ねえ隼、たくさん勉強してこの学校に入学できたけど、私はこれからどうすればいいのかな?」
瑞穂は隼に問いかける。この頃はまだ瑞穂も堅い話し方はしていない。
「部活を頑張ろうよ。瑞穂ちゃんは剣道部に入るって言っていたよね? 僕は母さんと同じ弓道部にしようと思うんだ」
「う、うん。そうだったね。それならまずは見学してみるよ」
放課後、瑞穂は体育館横にある剣道場を訪ねた。そこでは、中学・高校の先輩達が一心に竹刀を振るっていた。
瑞穂はその中でもひとりの女子生徒の動作に釘付けとなった。
背筋が伸び、凛とした佇まい。竹刀の振りの1回1回に魂が篭っているのが伝わり、彼女を見ているだけで気持ちが引き締まる。
やがて彼女が瑞穂に気がつき近づいて来た。竹刀を振っている時はすらっとしていて背も大きく、何か一言間違った事を言うと怒られそうなくらいに真剣に取り組んでいたので少々身構えたが、近くに来るとそこまで大きくない事に気が付いた。しかもニコニコしていてとても柔らかい雰囲気だ。
「新入生ね? 剣道部へ見学に来てくれてありがとう。私は高等剣道部副部長の斎藤青葉と言います。今日はしっかり見て行ってね」
優しそうだな、と言う感想を抱きながら瑞穂は答える。
「ありがとうございます。新入生の雨宮瑞穂です。前から剣道をやっていたので、ぜひ入部させて頂きたいと思いまして」
「そうなんだ! じゃあ、瑞穂さんもやってみましょう」
瑞穂は部室に通されて予備の道着を借り、他の部員に混じって練習に参加する。青葉が瑞穂の隣に付き添ってくれている。
「小学校の時から剣道をしていたと言うけど、中々のものね」
瑞穂が竹刀を振るっていると、青葉が感心している様だ。瑞穂は小学校の全国大会で優勝しているほどの腕前だ。青葉に認めてもらえた瑞穂は素直に嬉しいと思った。
ここで部員達がいったん竹刀を置き、防具を身につける。これから部員同士向かい合っての練習となる様だ。
「瑞穂さんは私が相手しましょう。準備はいい?」
「ええ、お願いします」
お互いに礼をし、竹刀を構える。瑞穂は気合を入れて青葉に向けて飛びかかり、面を打ちに行く。しかし、青葉にあっさり交わされて胴に打ち込まれる。
一瞬だった。もう少しできると思ったのに全然歯が立たなかった。
何度打ち込んでも結果は同じだった。こちらの竹刀は弾かれ、かわされる。相手のそれは自分の面に、小手に、胴にといい様に当てられた。
しかし、瑞穂は青葉のちょっとした隙を見つけ、相手の小手を目掛けて竹刀を打ち込む。それが綺麗に決まり、遂に一本を取ることができた。ずっと負け続けて来たので、自分で決めておきながらビックリしてしまった。
青葉は面を脱ぎ、驚いた顔をした瑞穂に話しかける。
「瑞穂さん、すごいね。私も今年は最上級生で、去年はインターハイにも出たんだよ。初戦敗退だけど・・・・・・ともかく、中学に上がりたての子に一本取られるなんて驚いた。瑞穂さんは筋がいいよ。このままやっていけば大丈夫、私なんか直ぐに追いつかれちゃうかも」
「そんな、さっきのはまぐれです・・・・・・」
「そうかも知れない。それでも私から一本を取ったのは事実だよ。これからちゃんと練習すれば貴方は絶対に強くなる。私はそんな貴方と一緒にやっていきたいな。どうかな?」
瑞穂はこれまで勉強に、剣道にと取り組んで来たが、自分の事を認めて貰った事なんて無かったと思っている。
いつも忙しそうにしている両親は家にほとんど居ないためまともに会話をする事もないし、小学校の時の剣道の大会で優勝した時も急な仕事とやらで見に来てくれなかった。
そんな中、こうして真剣な顔で語りかけてくれる青葉に瑞穂の心は彼女の方に傾いていく。
「どう? やってみない?」
揺れる心を見透かしている様に青葉が瑞穂の目を見ながら再び誘ってくる。
「えっと・・・・・・それじゃあ・・・・・・よろしく・・・・・・お願いします」
「やった。ありがとう! 一緒に頑張ろうねっ!」
瑞穂は青葉のいる剣道部へ入部した。こうして充実した学校生活を手に入れる事ができたのだった。
練習を積み重ねていく中で瑞穂の剣道の腕はメキメキと上がり、夏が過ぎて吹く風が心地よく感じられる様になる頃には高校生達とほぼ互角に立ち回る事ができるようになって来た。
そんなある日、瑞穂は昼休みに青葉から呼び出された。
「瑞穂さん、やっぱり貴方はすごいよ。中1で高校生と対等に渡り合えるんだから」
「そんな事・・・・・・青葉先輩や諸先輩方の指導が上手だからですよ」
「ふふっ。ここで謙遜しなくたっていいのに。まっ、それも瑞穂さんの良いところだと思うことにするね」
「それより、先輩から声をかけて頂くなんて、どうされたんですか?」
「うん、私ももうすぐこの学校を卒業するじゃない? ここを去る前に瑞穂さんとゆっくり話しておきたいな、と思って」
「そんな事言わないでください。まだ卒業まで半年近くあるんですから」
「うーん、そう言ってくれると私も嬉しくなっちゃうけど。私の事をこんなに慕ってくれる瑞穂さんだからこうして話しておきたいと思ったんだ」
「そう・・・・・・ですか」
「私はね、ここを卒業して大学へ行って、その後はMAGICSデベロッパーになりたいと思っているんだ」
MAGICSデベロッパーとは、新たなMAGICSを作り出す職業だ。
「『大暴走』の後、街中でエンボ(エンボディドモンスター)が現れる様になって、結構経つじゃない? 怪我をしたりひどい時は亡くなる人がたくさんいるよね? 私はそれが許せなくって。あいつらをやっつける為にこうして剣道を始めたけど、それだけじゃ足りないと思うんだ」
「青葉先輩がそんな事を考えていたなんて、驚きです」
「こんな話は今まで誰にも言っていなかったからね。それで、私がMAGICSデベロッパーとなる前に、実際にMAGICSを使うスイーパーの気持ちも知っておく必要があると思うの。 だから、大学に入ったらLMOSでスイーパー登録をしてエンボと戦ってみたいんだ」
「スイーパー・・・・・・ですか。たまにニュースチャンネルでエンボに殺されるというのを見ますけど、それって危険じゃないですか?」
「もちろん、それは覚悟の上だよ。と言っても、私の腕じゃスイーパーのトップを目指すのは無理だから、自分の命を守る事を最優先にするけどね。」
「そうですよ! 絶対無理はしないでくださいね!」
「もう、瑞穂さんって酷いね」
「えっ? あっいや、青葉先輩、そういう事ではなくて!」
「ふふっ。冗談だってば、瑞穂さん。貴方が心配してくれたのは分かっているから。私も頑張るから、貴方も部活頑張ってね。今日は私のとりとめもない話を聞いてくれて本当にありがとう」
そうして瑞穂と青葉が話をしてからも月日は過ぎ去り、青葉は大学に合格し瑞穂のいる学校を卒業して行った。
回想シーンは何話か続きます。
引き続きよろしくお願いします。