第44話 特訓の後、焼肉屋にて(2)
サブタイトルに誤りがあったので修正しました。
食事会が始まって程なく経ったころ。
「お、おい・・・・・・天童、さっきからスゲー勢いで食ってるけど大丈夫なのか?」
テーブルの上の七輪は、奥においてある方を望、時子、瑞穂が囲み、手前は信二・つばさという割り当てなのだが、網の上の様相が全く異なっている。
望たちの方は各々自分の食材を手前において焼くと言う普通のスタイルだ。
それに対して、信二とつばさの網の上には、カルビとタン塩で覆いつくされている。肉の色がピンク色から褐色に変わるや否や、それがつばさの口に吸い込まれていく。
そして網の隙間には次の肉が敷き詰められる。
皿の上の肉は次々と網の上に乗せられるので、すぐに空になる。しかし、つばさは間髪入れずに次の皿を注文する。
この機械的な流れ作業が延々と続き、肉はつばさの腹の中に吸い込まれていく。
信二も自分の食べる分の肉を網に乗せようとするが、なかなかその隙間は生まれない。
試しにつばさが置いた肉をつまんでみると、つばさから殺気と共にキッと鋭い視線を投げかけられる。
「ダメだ、全然食えねーじゃねーか。ビビンバでも頼むか」
信二は肉を焼くことを断念し、仕方なしにゴハンものへと移行する。
最初のうちは、各々自分の焼き物へ夢中になっておりほとんど会話もなかったが、つばさを除き一段落ついた面々はお互いスイーパーになった動機などを話しあっている。
そんな中、瑞穂が信二に問いかける。
「ところで、『ザ・フール』の事は何か分かったのか?」
望と時子も『ザ・フール』の事は気になっていたらしく、信二の方を向いた。
「さすがにそう簡単には正体をつかむなんで出来ねーよ。でもな」
信二はそこで一呼吸おいて、それから話を続ける。
「どうやら、『大龍城』のあたりでその名前がちらほら聞こえてきているらしーんだ」
信二から思いがけないワードが飛び出したことで、思わず望が反応する。
「『大龍城』って、あの?」
「そーだ。東京で・・・・・・いや、国内最大、最凶のスラム街。違法建築に違法建築を重ねた建物は最早1つの大きな砦となり、最早警察も手出しが出来ない無法地帯だ」
「私も聞いたことがあります。もし間違って迷い込んだら最後、そこから出てくることは無いのだと」
「あたしも聞いたことがあるよ。内部は昼間でも真っ暗で、道も細くて迷路みたいになっているって」
望と時子が『大龍城』について知っている事を話すが、信二はその話を聞き流すようにして話を続ける。
「まあ、帰って来る人が居ねーのに中の様子がわかるってのも矛盾してるんだけど、言えるのははっきりした話がねーし、碌な噂が1つもねーという所だな」
「もはや『大龍城』が危険な場所だと言う事くらい、小学校に上がる前の子供でも知っている事だ。それよりどうして『ザ・フール』と『大龍城』が結びつくんだ?」
瑞穂の信二への問いかけに、信二は首を横に振ってこう答えた。
「『ザ・フール』が元々あのスラム街の住人なのかそうでないのか、そもそもこの話がガセネタなのか、まったくわかってねーんだ」
「ならば、そこに行ってみるしかないな。こうしているうちにも、『ザ・フール』は次の行動に移っているかもしれない」
瑞穂の言葉に信二が反応する。
「おい雨宮。この話はもっと情報を集めてから動いた方がいーぞ。『大龍城』と関係があるのなら、これはあまりにも危険すぎる。『ウォッチマン』でもあれほど強かったんだ。もしそれ以上の存在が出てきたら俺たちには荷が重すぎる」
「そうか・・・・・・とにかく何かわかったら私とつばさに連絡を頼む」
「ああ、わかった」
そんな話をしている中でも、ひたすら無言で食べ続けている人が1人。
「ねえ雨宮さん、天堂さんっていつもこうなの?」
望が瑞穂に問いかける。
「そうだ。だからつばさと食事に行くときは食べ放題の店にしか行かないようにしているんだ」
つばさのものすごい食欲に呆れる一同。その時、瑞穂が時子を見ると、頭をゆっくり左右に揺らしてうつらうつらとしているのに気が付いた。
「時子さんはエンボレベルⅡと戦い、そのあとたっぷりしごかれたんだろう? 今日はもう疲れたんだろうな」
瑞穂の言葉を聞き、時子を見る信二達。時子は望の肩に頭を寄せてすーすーと寝息を立て始める。
「トキちゃん、今日は大活躍だったもんね」
「ああ、そーだな。でも、どーしたもんかな。時子の家の住所は聞いているから家まで背負って行く事は出来るけど」
もうそろそろ制限時間が近づいて来た。信二がどうやって時子を家まで送るか考えていると、望がひらめいたような顔をして信二に話しかける。
「あのさ、こう言う時は、ぴゅーんと飛んでいけばいいんじゃない? レビテーション、今朝現実世界で使ったんでしょ?」
「そうか! その手があった! 望、ありがとな! それじゃみんな、外に出るぞ。天堂、もう時間だぞ」
眠っている時子を背負った信二はつばさを網の前から引きはがすと会計を済ませて店の外に出る。
外はもうすっかり暗くなっている。店の外でいったん集まる5人。もちろん時子は信二の背中に背負われたままだ。
店から漏れる光が却って夜になったことを際立たせている。時たま吹いてくるそよ風が、食事で火照った信二達の体に当たる。
「それじゃ、今日はこれで解散だ。みんな、気を付けて帰れよ」
「今日はありがとね。これでこの間のはチャラにするよ」
「今日は御馳走になった。このお返しは近いうちに必ず」
「うん、お腹いっぱい食べたよ。司馬君、ありがとね」
「よし、みんな、それじゃあな。コール! レビテーション!」
信二がそう唱えると、信二の髪型が逆立ち始め、全身が青白い光に包まれる。髪の毛の色の青白い色へと染まる。
やがて「キーン、キーン」と甲高い音がし始めたかと思うと、時子を背負ったままの信二の体がふわりと浮き上がる。
「それじゃ信二、トキちゃんをよろしくね」
「もちろんだ。明日から時子は居ないけど、GWは特訓だからな。俺は明日もお前ん家に行くからな」
「臨むところだよ!」
普通に会話する信二と望。そんな2人に瑞穂が話しかける。
「おい、お前たち普通に話しているが、司馬は一体何をしたんだ?」
「うん、信二がこれからひとっ飛びしてトキちゃんを送っていくんだよ」
「信じられない! 人が空中に浮かび上がるなんて!」
いつもは飄々としているつばさも驚いている。
そんな瑞穂とつばさをよそに信二は空へと一直線に飛んでいった。
「うん、すっかり使いこなしているね。あたしはまだ怪しいから止めておくかな」
ぼそっとそう言った望に驚く瑞穂とつばさ。
「おい、本田もアレを出来るのか?」
「うん、一応は、ね。でも、あたしはまだ使いこなせていないから現実世界では使っていないよ」
「お前たち、仮想空間を使えるのか?」
「すごい! LMOSにしかない仮想空間が使えれば、色々無茶な事も試すことが出来るよね!」
つばさが興奮して望に尋ねる。
「そうだね。信二もあそこまで使えるようになるまで、仮想空間では何度も死んでるからね」
たまたま信二達と合流した瑞穂とつばさであったが、信二達の置かれた環境にただただ驚くのだった。
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一方、夜空に飛び出した信二と時子。
「夜に飛ぶと、街の明かりがキレーだな」
独り言のつもりで発した言葉だったが信二の背中で反応があった。
「本当、ですね。とても奇麗です」
「あれ? 時子、起きたのか?」
「ええ、信二くん、気がついたら空を飛んでるんですよ。びっくりして目が覚めてしまいました」
「あっ、すまん。せっかく寝ていたのに」
「いいんです。おかげでこんなにきれいな風景を見ることが出来たんですから」
信二と時子の眼下にはあらゆる建物から光が漏れ、幻想的な光景が広がっている。
「これからバンバンレビテーションを使っていくんだ。こんな風景もすぐに見慣れてしまうんだろーな」
「いいえ、今日のこの風景はきっと生涯忘れないと思います」
時子はそう言うと、信二にギュッとしがみつく。落ちないようにしがみつくというのもあるが、信二にしっかりくっついていたいという気持ちもある。
時子にしがみつかれた信二は少しドキドキしながら答える。
「そ、そーか。初めての風景だからな。それに今日の時子はカッコよかったぞ。明日実家に帰ったら自慢話ができるな」
「そうですね。父さんと母さんには思いっきり自慢することにします。私は東京でしっかりやっています、って伝えて来ますね」
「ああ、そーしてくれ。それに実家へ帰っても仮想空間で会えるんだから寂しくなんて無いよな?」
「そうでした、そうですよね。明日も落ち着いたら連絡しますから、よろしくお願いしますね。」
「ああ! もちろんだ!」
そう話しているうちに、街の明かりがグングン大きくなっていく。時子の家が近づいてきたので、高度を落としているのだ。
すぐに時子が下宿している親戚の家に到着する。
「信二くん、今日は本当にありがとうございました」
信二の背から降りた時子がそう言ってペコリと頭を下げる。
「いや、こちらこそ今日は楽しかったぞ。実家には気を付けて帰るんだぞ」
「はい。そうします。お土産もちゃんと買ってきますからね」
「ああ、楽しみにしているよ」
そう言って信二は手を振ってから自分の家へと向かって行った。
「本当に、今日は色々あった一日でした。最初こそ大変でしたが、最後はとってもステキでした」
時子にとっての長い長い一日は、こうして終わったのだった。