第42話 仲間の呼び方
エンボレベルⅡ、オークの討伐に成功した信二と時子は2人並んで歩きながら新宿駅へと向かう。
2人はこれから電車に乗り、飯田橋駅近くにある望の家へと向かう事になっているのだ。
元々は待ち合わせなどせず別々に向かう予定であったが、時子のエンボの討伐に信二が合流したため、そのまま一緒に行動する事となった。
「ところで信二さん、さっき助けて頂いたとき、|グラビティコントロール《重力制御》を使っていましたけど、あれってまだまだ実用化には至っていなかったですよね。それでよくオークを狙い撃ちできましたね。もし外していたらと思うと怖くなってきましたが・・・・・・」
「あー、あれな。この間仮想空間で望に突っ込んじまった失敗の反省から、|グラビティコントロール《重力制御》を元に空を飛ぶ事に特化したMAGICSを作ったんだ。名付けてレビテーションだ」
「レビテーションですか? |グラビティコントロール《重力制御》とどう違うんですか?」
「レビテーションは発動してからも、自分の行きたい方向に重力の向きと大きさを変える事が出来るようにしたんだ。|グラビティコントロール《重力制御》だといったんMAGICSを切ってからもう一度発動しなければならないから、そこが違う所だな」
「成る程。この間も|グラビティコントロール《重力制御》の弱点については話をしていましたね。でもよくこの短期間で修正出来ましたね。でも、レビテーションというよりは完全に飛び回っているような気もしますが・・・・・・」
「そーなんだけど、名前としてはレビテーションが一番似合っていると思ってな」
「そうかもしれませんね。実際の機能からすると『飛翔』とか『飛行』とかなんでしょうけど、何となくMAGICSっぽくないですね」
「だろ? でもこれ、本当は実際に使うのは今日望の家に行ってから仮想空間でテストして、それからと思ったんだけどな」
信二はそこで時子の事をチラッと見て、それから話を続ける。
「でも、両津さんのピンチに気が付いてさ。本音を言うとヒヤヒヤだったよ」
「そうでしたか。私がふがいないばかりに信二さんにも無理をさせてしまったんですね」
時子はそう言ってシュンとなる。
「いやいや、助けられる可能性があるなら、躊躇なんかしていられねーだろ? 仲間なんだからさ。それより両津さんがあの女の子を見捨てずに助けたのはスゲーと思うぞ。そんな人が俺の仲間になっていてくれているんだから俺も鼻が高いぞ」
「そう言って頂けると少しは気が楽になります。でも、今後は私も信二さんもこんなギリギリの勝負をしなくても良いようにしたいですね」
「そーだな。これからもいろいろ考えないとな。ともかく改めてよろしくな、両津さん。あと、これから一緒に行動するときは両津さんの家に行くよ。それなら両津さんが1人になる事はないだろ?」
それを聞いた時子は少しドキドキしながら答える。
「それなら、ぜひお願いします。今の私がいる住所は・・・・・・」
時子は信二に今の住所を伝える。
信二が住所の登録が終わるのを見計らって、時子は立ち止まって信二の方を見てこう言った。
「私も信二さんの仲間にして頂けるのでしたら、ひとつお願いがあるんですが」
「どーした? 喉でも乾いたか? 両津さんが行きたいなら望の家へ行く前にファーストフードでも寄っていくか?」
そう言う信二に対して、もじもじしながら時子が言った。
「・・・・・・その、『両津さん』っていうところです。望さんを『望』と呼ぶなら、私の事も名前呼びしてほしいな・・・・・・って」
「えっ?」
「この間、江沢さんと日暮さんに聞きましたよ。信二さんが『戦いのときは下の名前の方が呼びやすい』と言っていたって」
「そっ、そー言えばそんな事も言ったな・・・・・・実際そーだと思うし」
「それならっ! 私の事もそう呼んでくれませんか? 嫌なら、無理強いはしませんが・・・・・・」
少し上目遣いで信二の事を見る時子に対して少し緊張する信二。
「えっと、と、時子、こ、これでいーか?」
そんな信二に嬉しそうな顔をする時子。
「ええ、ありがとうございます、信二さん!」
「あのさ、と、時子、こっちが名前呼びするんだから、そっちだって『さん』付けは違うんじゃねーか?」
信二の言葉に今度は時子に緊張が走る。
「えっ! ああ、たしかに・・・・・・そうです、ね。・・・・・・信二くん・・・・・・でどうですか? 私が人の事を呼び捨てはさすがにちょっと・・・・・・」
「んー、確かに、と、時子が人の事を呼び捨てにするのはしっくりこねーな。うん、それでいーよ」
「ありがとうございます。信二くん!」
「よし、じゃあ望の家に行くぞ、時子!」
「はいっ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「信二、時子ちゃん、いらっしゃい。え? 時子ちゃん、エンボレベルⅡを討伐したの? すごいよ、それ!」
望の家にやって来た信二と時子は早速リビングに通され、ソファーに座って望と話をしている。
「いえいえ、望さんは初陣でレベルⅢだったじゃないですか。それには及びませんよ」
「たしかにあたしも討伐実績はついているけど、実際にアレを倒したのはそこにいるクシャクシャ頭の悪人ヅラだからね。時子ちゃんは実際に止めを刺しているんでしょ? そっちの方が凄いと思うけどね!」
「おいおい、クシャクシャ頭とは随分なもの言いじゃねーか。何だったら今からお前のその無駄にサラサラな髪の毛を燃やしてチリッチリにしてやろーか?」
思わず立ち上がる信二を時子がなだめる。
「信二くん、まあ、抑えてください。もっとみんなで仲良くしましょうよ。望さんもあまり信二くんを茶化すような事を言っちゃだめですよ。親しき仲にも礼儀あり、って言いますよね?」
「うっ、と、時子が言うなら」
そう言ってソファに座りなおす信二。その時、オレンジジュールを入れたグラス3つを持って、望の母である心音がやって来た。
かなりふくよかな体形であるが、はっきりした二重まぶたの大きな目、少し控えめな鼻、ちょっと大きな口など顔のパーツは望とそっくりだ。
望が将来母親と同じ体形になってしまうのではないかと密かに恐れているのは彼女の心の中だけの秘め事だ。
「裏で話を聞いていたけどさ、のんちゃんも少しデリカシーが無いんじゃないのかい? ちょっと人と仲よくなると口が悪くなるのというのがアンタの悪い癖だよ。信二君、ウチの娘がこんなのでゴメンね。あと、初めましてのそちらの嬢ちゃんは?」
「両津時子と申します。達芝学園高等部一年です。私も昨日スイーパー登録を行いまして、信二さん、望さんと一緒に活動する事となりました。今後どうぞよろしくおねがいします」
「あらあら、わざわざ丁寧にありがとうね。のんちゃん、アンタと同い年でこんなにしっかりしている子もいるんだから、ちょっと考えた方がいいんじゃないのかい?」
「ま、まあちょっとあたしも言い過ぎだったかな? って、アンタたち、いつの間にかに呼び方が変わっているんだけど?」
信二と時子へ食いつく望に時子があたふたしながら答える。
「わ、私も信二くんと望さんの仲間にして頂いたのなら、呼び方を変えて欲しいと私が信二くんにお願いしたんです」
「実際俺が望を呼び捨てで呼ぶよーになったのも『ウォッチマン』と戦った時からだろ? まあ、それと同じだよ」
信二の説明を受けた望はそれで納得したようだ。
「まっ、いいか。それなら、あたしも『時子ちゃん』じゃなくて、もっと親しみを持ちたいなあ」
ふむ、と少し考える望。少し間をおいて、ひらめいたという顔つきになる。
「じゃあさ、『トキちゃん』ってどう? なんだか可愛らしくていいよね?」
「望さん、それ、母が私を呼ぶ時のものです。ピッタリ一致しているのでびっくりしてしまいました」
「お母さんに呼ばれている名前なら抵抗感もないよね、『トキちゃん』?」
「望さんにそう呼んでもらえてうれしいです。それなら私も望さんの呼び方を変えていいですか?」
「もちろんだよ! それでどう言う呼び方にするの?」
「『のんちゃん』で」
「それって、さっきのお母さんの呼び方を聞いてた?」
「もちろんです。なんだか可愛いですよね。『のんちゃん』って」
「ああ、うん、トキちゃんなら歓迎だよ。」
時子に対して頷きながら答える望。
「分かりました。それでは、改めてよろしくお願いします、信二くん、のんちゃん!」
「おう、よろしくな、時子!」
「よろしく、トキちゃん!」
その時、リビングに髭面でがっしりとした体格の男が入って来た。
「望、友達が来ているのか? っと思ったら信二君じゃないか。」
望の父親である慧達がリビングにやって来た。
「師範、おはようございます。今日はこれから仮想空間で特訓なんだ」
「最近の若いもんはすぐそうやってバーチャル世界に入り浸るんだ。実際の体も鍛えておかんと、いざという時に動けないぞ?」
「確かにそーだけど、今日はMAGICSの特訓を・・・・・・」
「それはまた今度で構わんだろう。今日は俺がお前たちをみっちりと鍛えてやろう。望のチームメイトのよしみで料金はなしとして構わないぞ」
それを聞いた時子は簡潔に自己紹介をした後、おずおずとしながら慧達に尋ねる。
「あのう、それは私もなんでしょうか・・・・・・」
「両津さん、君は望と同学年と言う割には随分と細いな。望と一緒に活動するなら、MAGICSだけではなく、体も鍛えないとダメだ。折角だから、君も望や信二君と一緒に鍛えて行きなさい」
「は、はい」
慧達の静かだが威圧感のある雰囲気に飲み込まれた時子は思わず参加の意を示してしまう。
信二と望、そして時子はそのまま慧逹に道場へと引きずり込まれ、みっちり特訓を受ける羽目になったのだった。